第34話 バレット島での休暇

 遠くに紺碧を望み、近くの翠光に目を細める。

 軽やかな潮風が草を編んだ屋根の下を通り、強い日差しによりくっきりと浮かんだ影を揺らしている。


「なぁ義弟。せっかく休暇に来ているのに日陰で寝ているだけではもったいないとは思わんか?」


 隣のデッキチェアに寝ているアルンが気だるげに声をかけてきた。


「その言葉は自分にむけるべきだろう。僕は夜の間は蛇神の祭壇で要塞港を作っているんだ。昼の内に休んでおかないと体力が持たない」


 僕達は今、十騎士領の沖合にあるバレットという島にいる。

 島に来た第一の理由は帝国に対抗するための補給基地を作るためだ。

 そして第二の理由は、


「カレーン、あなたまだ育つの?」 


「もう、やめてくださいよぉ!」


「ボリジオ、お前どこまで泳いできたんだ?」


「外海を泳いできた。クローリスの改良したエアバレルはすごいな。水圧を相殺する機能のお陰で流されないし、苦しくならない」


「去年より性能上がってんじゃねぇか……」


 夏の休暇だ。

 目の前のラグーンにはアルバトロス達竜騎兵の他にもバスコ隊や【クレードル】出身の冒険者組の姿もある。


 今ガンナー軍はコリー隊を中心に十騎士領内の長城壁や要塞都市を建設している。

 夏の暑さは厳しいので基本夜に活動しているけれど、それでも精神的な疲労は蓄積していく。


 だからこうして沖に航海にでて気晴らしをしているのだ。

 ここに港を作ってそのまま滞在していたコリー達は皆晴れやかな顔をしていたので相当リフレッシュできただろう。

 もちろんその工事を引き継いでいる僕とリュオネや他の人達も普段と違う環境を目一杯楽しんでいる。


「いつも空や陸からは眺めておったが、海の中を泳ぐのがかように楽しいものとはしらんだわ!」


「シャスカはあっという間に泳げるようになったよね、驚いたよ」


「前世の記憶が関係しているんでしょうか?」


 中でも生まれて初めて海で泳ぐというシャスカが一番楽しんでいる。

 金糸で模様を描いた紺色の水着を来て跳ね回る褐色の姿は見ているとつい口元がほころぶ。


「義弟よ、水着を遠目に眺めながらにやけるのは感心せんぞ。見るなら私を堂々と見るがいい」


 身体を起こして飲み物を飲んでいたアルンが上半身をこちらに向けてきた。

 クローリスがタンキニとか呼んでいたオランジェの皮のような色をした水着に身体を包んだアルンは全体的に小柄で、ある意味クローリスより幼くみえる。


「で、どうだ」


「ああ、よく似合っていると思う。アルンの白い肌を見るとやっぱりリュオネと姉妹なんだなって思うよ」


 質問に答えると、アルンは半目で忍び笑いをしていたのを一転させ、どこかすねたような表情になった。


「つまらんぞ。初めて女性の水着を見た昨年の義弟はそれはもう慌てふためいたと聞いたのだが」


「その話をどこから?」


「クローリスだな。女性陣は大抵知っている」


 ニヤリと口元に笑みを浮かべるアルンを見て思わず額に手を当てた。

 覚悟しろよクローリス、軍の機密保持のためにもその軽い口を後で引き締めてやる。

 僕がクローリスへの処罰内容を考えていると、ふとアルンが思いだしたように人差し指を立てた。


「ときに義弟。我らは直接このバレットに来たので見ていないが、十騎士領をまとめる中核都市はどれくらいできあがっているんだ?」


「ああ、大まかな土台はできあがっているよ。後はコリー隊以外の工兵が建物や砲台を作っている」


「コリー隊は今何をしているんだ?」


「枯れ川をさかのぼるように長城壁をつくっているよ」


 竜の洞窟で写したイルヤ人の地図をアルンに手渡す。


「なるほど、ではいよいよ内陸に踏み入るのだな」


 アルンが鋭い目で地図を見る。

 そこには【アンギウム】と名付けた中核都市のある三角州を起点に、内陸の高原地帯まで伸びる枯れ川を強調する赤い線が走っている。

 事前にアルバトロスと見てきた感じでは地図の通り、湿原のような緑が広がっていた。

 黒い真竜どころか亜竜すら現れなかったのが気になるけど、遭遇しても困るので降りることなく戻った。


「そこからティランジュまではどう行く?」


「湿原では長城壁を作りにくいし、なるべく保全したいからその手前で進路を北に向けるよ」


「イルヤ人がここまで詳細な地図をどうやって作ったのか興味深いが、それよりティランジュにはザハークという黒い真竜がいるのだろう? そいつと戦う事になった場合勝算はあるのか?」


 アルンがためらうこと無く作戦のリスクを指摘してくる。オルミナさんのかたきの黒い真竜はザハーク自身か、それに類する存在だ。

 全身に傷を負っていても金級冒険者並みの強さだったカイサルの精鋭をあしらっていたあの真竜に襲われれば、一般兵はもとよりコリーやバスコ達兵種長クラスでも危ない。

 本当はブラディア要塞からハンナやオットー、それにシルトを呼びたいけど、向こうは向こうで偵察隊が小競り合いをしている。休戦を守るためにも穴をあける訳にはいかない状況だ。


「エヴァとメリッサが竜種について研究している。それに僕がカイサルの記憶で見た古代の銃の再現を技術開発部に頼んでいる。それを元に作戦を立てておけば勝算は十分にある」


 話していると、ここが抜けるような青空の平和な島にもかかわらず自然と顔が引き締まる。

 竜種は骨に魔素を貯めれば竜の墓場に行く。

 黒い真竜がその法則から外れ、古代からずっと魔素をため続けていたのなら、カイサル達が戦った時よりも強くなっているかもしれないのだ。

 そんな事を考えていると、海の方から唐突に大声が聞こえてきた。


「ザート、夜も昼も働いてなにがバカンスか!」


「アルンさん、せっかくサティさんに捕まえてもらったんだから遊びましょう」


 シャスカ達がデッキまで来て僕達をしかりにきた。

 皆がそれぞれに文句をいいつつ僕達を外に出そうとする。


「じゃあ行こうか。ザートが仕事を始めたら皆が羽根を伸ばせなくなっちゃうよ?」


 去年とはまた違う水着をきたリュオネが僕の腕をがっしりと抱いた。

 待って、ちょっと待って当たってる!

 夫婦だからとかそういう問題じゃない。

 無邪気な笑顔で僕の平常心を刈り取りにかかる白狼姫に、僕はなすすべなく照りつける太陽の下に引きずりだされた。


「去年は神像の右眼を使い水中で踊っていたらしいではないか。神器を遊びに使うとはけしからん、我にもせよ!」


 引きずり出されるのを待ち受けていたシャスカが反対の手にぶら下がってくる。

 そんな僕らを見て他の団員もゲラゲラと笑っていた。

 うん、そうだよな。大事な戦いの前だからこそ楽しめる時に楽しまなきゃな。


「よし、遊ぶか!」


 リクエスト通り、まずシャスカを背負って水中を泳ぎまわった。

 さらに皆も楽しめるように神像の右眼で色々な波を作って団員全員を楽しませてやった。


 夕食後、団員みんなが疲れて寝てしまったので夜の仕事ができなかったけど、これこそ休暇という感じだ。

 僕は満足して一人月に照らされる海辺でグラスを傾けた。

 



    ――◆ 後書き ◆――


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