第33話 イルヤ人の生き残り
食事を終えた後はそれぞれ好きな飲み物を用意し調査結果について話し合った。
「一度潰した巣だからと油断して捕まるとは。軍に加わるのであれば、そのレグロという子供にはきつく言いきかせねばなりませんね」
スズさんが鬼教官の顔をしていらっしゃる。ごめんレグロ、君を助けることは無理そうだ。
「それでオルミナさんが竜の言葉で捕まえたメドゥーサヘッドから情報を聞き出したんです」
オルミナさんの話では、会話し始めてからは彼らは仲間を殺されたにもかかわらず始終協力的だったらしい。
「なるほど、異能についても驚きましたけど、オルミナはなぜ竜種の言葉が敵に通じると思ったんですか?」
たしかに疑問に思うよな。
スズさんに訊ねられたオルミナさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は前にビーコがメドゥーサヘッドのはぐれ個体を倒す前に”おねえちゃんこいつらまずいし、後で他の肉ちょうだい”ってつぶやいた時に相手が震えだしたから、もしかして通じてるかもって思ってたの」
「ビーコに自分の事をおねえちゃんって呼ばせてるんですね……」
クローリス、そこは今問題じゃないだろう。場が変な雰囲気になる前に話を進めよう。
「オルミナさん、メドゥーサヘッド達は祭壇に並べられていた骨の人物を”神の使徒”と呼んであがめていたんですよね。
「ええ、彼らの氏族は代々信仰の対象にしてきて、昔この地に移住した時に祭壇に安置したらしいの。以前ここにいたメドゥーサヘッドの集団はこの場所を守る役目をもっていたらしいわ」
「なるほど、その骨はあたり一帯のメドゥーサヘッドの氏神だから、すぐに新しい集団がやってきたわけですね。団長、その骨は?」
「ああ、鑑定はしたけどエヴァ達に解析させるために、持ってきてある」
鑑定は万能ではない。様々な角度から見てわかる事もある。
竜種に関する研究といえばメリッサとエヴァが飛んでくる事は間違いない。
新しく作る十騎士領の中核都市には大きめの研究施設を作らなきゃな。
「古くはありますが、我々ティルク人やアルバ人と変わらないようですね」
祭壇から拝借してきた黄色く変色した大腿骨をスズさんがじっくりとながめる。
「鑑定ではイルヤ人の骨と出たよ。年代は千年以上前、までしかわからなかった」
「鑑定ならバシッと二千二十一年前! とか出して欲しいですよねー」
グランベッリとラクシュを混ぜたカクテルを飲みながらクローリスが口をとがらせる。そうはいうけど、普通の鑑定では年代なんかでないからな?
「そのあたりはエヴァ達に任せましょう。なにか年代をはかる方法を知っているかもしれません」
結局それが手堅いか。スズさんが返してきた骨をしまって、僕はカップの中で温くなったメティ茶を飲み干した。
居館とはうってかわって装飾もない殺風景な神殿を遠くに見て、僕とリュオネは長城壁の側塔にいる。
今夜は二人きりで話す、というわけではない。
「来たぜ」
食事を終えた後、ゆったりとした服に着替えたショーンがやってきた。
後ろのオルミナさんも着替え、髪を下ろしている。
「悪いね、こんな所まで」
「ちょっと散歩したくらいなのに、気にしないでよ」
こっちの表情が硬かったせいか、オルミナさんが吹き出して笑う。
明るい笑顔を見ていると気持ちが揺らぐけど、ティランジュに向かう以上この問題は今のうちに片付けていた方が良い。
一つ腹に力を込めて単刀直入に話を切り出す。
「ショーンからオルミナさんの出自について聞いたよ。それについてこちらからもオルミナさんに聞いてもらいたい事があるんだ」
その後、僕は竜種について隠す事なくオルミナさんに話した。
メドゥーサヘッドが神種の影響で変化したイルヤ人である事。
竜種が神種を取り込んだ一代限りの生物で、神種の影響で人と同じくイルヤ神の言葉を話しているだろう事。
——そして、メドゥーサヘッドがあがめる『神の使徒』は神種の影響を受けていないイルヤ人である事。
生あたたかい海からの風が長城壁の上をなでていく。
ここまで言って察しろ、とは言えない。
僕は一つ息を吸い、一連の告白を結ぶ言葉を口にする。
「沿岸の植民者が入り込めない大陸の奥地でビーコと育ち、最初から竜と会話できたオルミナさんはイルヤ人の生き残りという可能性が高いんです」
ペンティアの草原が海風になでられる音が響くなか、誰も口を開かない。
北の山地を眺めるオルミナさんの横顔をリュオネとみる。
彼女が何を思っているかはわからない。
「なんとなく言えなかったんだけど、私、竜の洞窟でメドゥーサヘッド達から『神の使徒』って呼ばれていたの」
オルミナさんの口からぽつりと言葉が漏れた。
「どういう事か聞いても言葉が通じる人は神の使徒だ、としか返ってこなかったんだもの、こまっちゃった。でも、今ザート君が言ってくれた推測のお陰で理解できたわ。なんとなく秘密にしてたけど、自分でもどこか気付いていたのかもね」
最初の言葉を漏らした後、次ぎ次ぎと言葉がオルミナさんから発される。
最初は苦笑、そして含み笑い、最期にはいつもの笑い声とともに語られる言葉はただ明るかった。
「それにしてもイルヤ人かぁ……なんかかっこよくない?」
得意げに両手で明紫の髪をかき上げるオルミナさんを呆れたようにショーンがみる。
「かっこいいって話じゃないだろうがよ。お前っていう例外がいるならイルヤ人の集落があるかも知れねぇんだ。その人らがアルバ神の勢力である俺達と対立しないとは限らねぇだろ」
ショーンが眉間に皺を寄せ少し真面目な調子で話したけど、オルミナさんは笑顔をくずさない。
「言葉が通じるんだから私も通訳をするけど、対立するなら戦うしかないでしょ。私はショーンと育って【白狼の聖域】に入った【アルバトロス】のメンバーよ? 同族でも関係ないわ」
からりと笑ったオルミナさんを心配してショーンがまだ色々言っているけど、多分大丈夫だろう。
「良かったね」
隣にいてくれたリュオネが微笑んで二人を見ている。
オルミナさんの同族と戦う事になるかも知れない。これだけは言わなければならなかった。
いざという時に何かの拍子で気付いてしまったオルミナさんに傷ついたりしてしてほしくない。
使徒というアルバ神の勢力のトップである僕では言い辛い事をショーンが代わりに言ってくれて良かった。
二人で言い合っているなか、こちらの視線に気付いたショーンが肩をすくめて笑った。どうやらわかった上で言ってくれたみたいだ。
たよりになる先輩に助けられ、肩の荷が下りた僕は深くため息をついて石壁にもたれた。
――◆ 後書き ◆――
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