第32話 ティランジュ遺跡と思われる場所

「おー団長おかえりー」


 竜の洞窟から帰った僕らは、出発する時には影も形もなかった長城壁の上に降り立った。

 そして今、壁を作った張本人達を前にしている。


「コリー、いくら何でも速すぎじゃないか? ディアとエクシアの農地を囲む外郭も作ってきたのか?」


 ビーコから降りた僕は目の前でそろってドヤ顔をしている一団の隊長に向かってきいてみた。


「なんだよ、ただいまぐらい言ってくれよ団長。せっかく神殿まで作って待ってたんだから」


 コリーが横に鎮座している蛇神の祭壇を叩いてニヤニヤ笑っている。

 たしかに、工兵達の後ろには見慣れた建物がそびえていた。

 シリウス・ノヴァのそれより小規模だけど、同じ様式の神殿だ。


「うん、ただいま。神殿も作ってくれてありがとう」


 まったく、いつの間にこんな真似ができるようになったんだ。

 部下が育つのは嬉しい事だけど、僕より上手くなっているんじゃないか?


「あれって悔しい顔でいいのかしら」


「ですです。葛藤しているから変な顔になってますけど」


 おいクローリス、誰の顔が変だって?


「へへ、団長から借りたガロニスに乗った奴らに下地をつくらせながら祭壇を走らせたんだ。小隊ならではの連携だろ?」


 なるほど、練度の高い工兵が連携して作業すればここまで早くなるのか。

 僕一人じゃ追いつけない早さだ。これが集団の強みか……


「ああ、みんな着々と成長しているみたいだな。これからもよろしく頼むよ」


 ねぎらいの品としてホウライ酒と水樽を取り出して渡すと小隊は歓声をあげて自分達の兵舎に帰っていった。

 レグロにも小樽を持たせると嬉しそうに自分の館へと走っていった。


「あいかわらずザートがつくった水は人気だね」


「ああ、海水から塩を抜いただけなんだけどな」


 各拠点には井戸ができるまでのつなぎとして僕が海水から作った水を備蓄してあるんだけど、水魔法で作った水や井戸水より美味しいと軍の中で評判になっている。


「海水には塩以外にも色々栄養が入っているんですよ。だから美味しく感じるんです」


 クローリスが胸をそらして異世界知識を披露してくる。

 感心するアルバトロスを前に得意げだけど、クローリスがこれを言うのは三回目だ。一緒にいる身としてはそろそろいたたまれなくなる。


「じゃあ神殿に入って休もう。もうすぐ暗くなるしな」


 そう言って上を見上げると、一匹のワイバーンが旋回していた。


「お、マコラだ」


 ショーンが言う間にもぐんぐん近づいてきたマコラは一切の無駄の無い動きで神殿前の空間に着地した。

 ボリジオがはしごを降ろす前に、後ろに乗っていた人影は軽やかに鞍を蹴って飛び降りた。


「コリーがもうペンティアに到着しているとは驚きました」



 神殿の居館内にある小食堂で食事をしながら報告にやってきたスズさんと情報を交換する。

 ボリジオはスズさんを降ろした後、オクティアに帰っていった。


「団長が呼ぶように言われた人員はアルンが集めています。オクティアで合流するまで待機するように伝えてあります」


 スズさんは報告を終えると肉をたっぷり挟んだピンズに豪快にかぶりついた。

 あいかわらず小さい口なのによく入りますね。


「うん、こちらは竜の洞窟で貴重な情報が色々得られたからね。目的地に入るまでそう時間もかからないと思う」


「いつもは慎重な団長が珍しく言い切りますね」


 スズさんが首を傾げながらメヒジョンの酒蒸しの大皿に手を伸ばす。


「見たらきっと驚くよ、なんて言ったってイルヤ文明時代に描かれたティランジア大陸の地図を見つけたんだよ!」


 隣でスープを口にしていたリュオネが一枚の地図を取り出して汚さないようにしながらスズさんに見せる。


「これは……精巧ですね」


「洞窟の天井に描かれていたのを写した。本物と変わらんできだと思っとる。色が違う部分は竜騎兵隊が調査した現在の街だな」


 目を見張ったスズさんの視線が地図の上を行き来するのをみて、地図を描き写したデニスが腕を組んで補足する。


「イルヤ人が使った文字だから名前はわからないけど、大都市らしい場所が数か所ある。どれかがティランジュと考えて良いだろう。地形も描かれているからその場所に向かって計画的に長城壁を伸ばすつもりだ」


 数か所、と口にしたけど、最初にめざす場所は決まっている。

 それは大陸の北西よりの内陸部、山脈と思われる土地の中にある、印がついた場所だ。

 ほかの場所と何が違うか。それは印の場所から南に進んだ場所に湖が点在しているからだ。

 地図が描かれた後、長い時が経っている。湖が今もあるかは確証がない。

 それでも、地形が変わっていない限り雨はその土地に降り注ぐはず。

 竜種が魔土を食い尽くしていないなら、水があれば魔獣がいても植物も動物も、人も生きていける。

 

 そこに魔土がある、と考える根拠はある。

 クローリスと笑い合って食事をしている姿をそっと見る。

 彼女とビーコの故郷はあの辺りにある。幼い彼女が育った土地には水と動物がいたはずだ。

 ティランジュ遺跡に行く前に彼女にその風景を見せたら、何を思うだろうか。



    ――◆ 後書き ◆――


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