第31話 竜の言葉とは
オルミナさんにメドゥーサヘッド達への聞き取りを任せ、僕は他の魔物がいないか洞窟を見て回っている。
緩く上がる坂道を登ると四角く加工された部屋にでた。
魔獣の皮でできた寝床かソファ、やけに形の整った調度品、粗末な品と文明的な品が混在している。
この洞窟は所どころに人の手が入っているけど中でもここはひときわ精緻だ。
メドゥーサヘッド達が作った、というよりはティランジア人が作ったと考えるのが自然だろう。
「それにしても、こぎれいな生活をしていたんだな」
壁際の棚に重ねられていた皿の一つを収納し、鑑定してみる。
=
・古代の皿:イルヤ文明時代の皿。不壊の付与が施されている。
=
なるほど、魔物になっても先祖であるティランジア人の遺産を使ってきたのか。
それにしても、目の前の空間は質素だけど整っている。
荒れた部屋の住人の心は荒む。
魔物も同じなら、メドゥーサヘッド達は荒々しくてもゴブリンなどよりは理性的なのかもしれない。
魔獣の皮の椅子にそっと座ってみると、以外と座りごこちはいい。え
レグロによればこの巣を潰してから二ヶ月と経っていない。
にもかかわらず新しい集団が定住しているという事は、ここが他のメドゥーサヘッドの集団にとっても重要な場所という事がわかる。
このあたりは彼らと話しているオルミナさんから詳しい話が聞けるはずだ。
「ザート、向こうにはなにも無かったぜ」
僕が入ったのとは別の入り口からショーンとデニスが入ってきた。
「おう、こっちはあたりではないか。ショーン、少し休んでゆこう」
デニスは興味深そうに皮のソファに座った。
洞窟の反対側から調べていた二人と合流したから、僕達の探索は終わりだ。
「それなら水を出すよ」
「お、助かる」
水と氷を入れたコップを渡し、飲みながら周りを見渡す。
気になった品がいくつかあるので、浄眼をつかい神像の右眼に収めていく。
後で詳しく鑑定しよう。
もうオルミナさんはメドゥーサヘッドからの聞き取りを終えているだろうか。
「なあ、オルミナが竜の言葉をしゃべれるって言った時どう思った?」
棚をみていると対面のショーンがいつになく真面目に話しかけてきた。
「驚いたけど、腑に落ちもした。オルミナさんはビーコだけじゃなくて他の竜とも会話するように話していたから」
僕の言葉を聞くと、ショーンは頭にかぶっていた日よけの布をはずし、頭をかいた。
「悪かったな、黙っていて。本人でさえ詳しくはわかってねぇ、スキルじゃ説明出来ない力だから他人には話さねぇできたんだ」
「まさか、メドゥーサヘッドに通じるなんてわしらも想像せんかったがな」
魔物と竜種の話題になった。
オルミナさんはいないけど、竜種の秘密について話すには丁度良いタイミングか。
「メドゥーサヘッドは魔物だけど、竜種につながる存在なんだ。だから竜の言葉が通じても不思議じゃない」
それから二人に竜種の秘密について語ると、二人は驚きつつ最後まで聞いてくれた。
「イルヤ神の神種を食べた動物が竜種になって、竜種の肉を食べたティランジア人がメドゥーサヘッドになったなんてな。里じゃ竜の肉を食うのはタブーだし、すぐ海に流しちまうから全然わからなかったぜ」
「オルミナさんに今の話を伝えても良いかな?」
「いいぜ。オルミナも全部の竜種が好きってわけじゃねぇ。憎い相手もいるしな」
ショーンの予想外の言葉に面食らってしまう。
「憎い相手?」
僕の問いかけにショーンはコップをくるくると回した。
中の氷が澄んだ音をたてる。
「なあ、俺たちからも良いか? 里に来る前のオルミナの話なんだが」
「オルミナさんから直接きくのが筋と思っていたけど、いいのか?」
「そういう所かてえよな。本人が話しておいてくれって言ってたからいいだろ」
一つ笑うと、ショーンはオルミナさんから聞いたという彼女の過去を話し始めた。
「オルミナはでけぇバトロシアにビーコを含む子供達と一緒に育てられた。それ以前は人と住んでいたらしいが、記憶が曖昧でその人らが親だったかわからねぇらしい。ビーコ達とは最初から言葉が通じていたそうだ。バトロシアから魚や木の実をもらって育ったらしいがオルミナが六歳か七歳くらいの頃、バトロシアが大けがをして帰ってきたんだ」
僕は余計な口を挟まず、三人のコップに水をつぎ足した。
「バトロシアはオルミナを巣から出して、子供達と巣にこもった。仲間はずれにされたと泣いていると、そこに大きくなったビーコがやってきた。ビーコは何も言わずに驚くオルミナを背に乗せてその場を離れたらしい」
ショーンはそこまで言って目をつぶった。
巣の中で何があったか、オルミナさんがなぜ追い出されたのか、今のショーンならわかっているからだろう。
「で、後ろから聞こえた竜の鳴き声にオルミナが振り向くと、見た事もない巨大な黒い真竜が巣に向けて降りていった。オルミナはそいつがバトロシアを襲った奴だとわかったが、ビーコは親に言われた通り南に向けて逃げたらしい……。で、俺たちの里の近くでいきだおれていた所を親父に拾われて、今に至る」
ショーンの結びの言葉が遠くに聞こえる。
オルミナさんはわかっていなかっただろうけど、ビーコ達ひな鳥はバトロシアではなかった。
親鳥はビーコ達兄弟を呼び寄せた時、自分の身体を食べるように言ったのだろう。
そして、亜竜のバトロシアになれたのがビーコだけだった、と想像できる。
それと、親鳥を襲った黒い真竜だ。
黒という色は海、空、陸。どこにいても目立つ。生き物としてそんな色は不自然だ。
でも存在しないとは言えない。僕は黒い真竜が存在していた事を知っている。
これについては帰ってからシャスカと話し合うか。
「それにしてもオルミナさんが食べていた食料が気になるな。魔素やイルヤ神の神種に侵されていない魚や木の実なんてこの大陸であるのか?」
頭を整理しようとした僕は天井を見上げて固まった。
「どうしたザート?」
「椅子に問題でもあったか?」
「上を見てくれ、地図だ」
見上げた先には、装飾された大陸の地図があった。
船乗りが作った地図にあるティランジア大陸に近いけどそれより細かい。
そして、そこには内陸についてもいくつか印と文字が描かれていた。
ティランジア人が作ったとしか考えられない。
「なあ、ショーンの里ってどこにある?」
「南西に湾があるだろう。あれがビザーニャならその北東だ」
ショーンのさす場所から北に目を動かす。進めば進むほど内陸に入る。
途中に湖がいくつかある。魔素におかされていない湖なら魚もいるかもしれない。
でもそんな内陸に外からきて移住するメリットなんてない。
あり得るのは、元からこの場所に住んでいた人間、つまりティランジア人だ。
頭に浮かんだ考えが僕の内心のためらいを押し流していく。
これまでの認識が急速に書き換わっていく。
そもそも、なんで”竜の言葉”というものがあると思い込んでいた?
逆に、メドゥーサヘッドの言葉を竜が話している、と考える事も出来るじゃないか。
メドゥーサヘッド、つまり神種と魔素に侵されたティランジア人の末裔の言葉を、竜が、話す。
ティランジア人が話す言葉、つまり神が話す言葉を神種を得た事で動物が話すのは十分にあり得る。
おもわず椅子の背に深くもたれた。首筋が亜竜の鱗にあたるけど構う余裕は無い。
考えれば考えるほど、この結論にたどり着いてしまうのだ。
オルミナさんが、ティランジア人の生き残りという結論に。
――◆ 後書き ◆――
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