第30話 竜の洞窟

 涼しい海風が吹く早朝のベランダで東の空を眺める。

 雲がかかり、山際がかすんでいるから向こうでは雨が振っているのかもしれない。


 僕ら『プラントハンター』と『アルバトロス』はイルヤ神のティランジュ遺跡を見つけるため、調査隊を組んでいる。調査隊最初の行き先はペンティア地域にあるメドゥーサヘッドの祭祀跡だ。


 それにしてもここペンティアはオクティアより緑が多い。

 涸れ川のある台地には畑が広がり、灌木が生えた草原が茂っている。

 あの山脈から流れる伏流水がここまで来ているのは間違いないけど、それだけで草原が生まれるとは思えない。

 やはり川には魔土に近い何かが含まれているんだろう。


「おはようザート」

「おはよう二人とも」


 リュオネとクローリスが隣の部屋から起きてきた。

 昨日ペンティアに到着した時は真竜が来たと、街が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 けれど同行していた首長の息子のレグロがビーコから降りて説明すると、一転して警戒していた人達が喜び合い、歓迎の宴が開かれた。

 そしてレグロに首長の客室を借り、一晩を明かして今に至る。


「ビーコも、おはようございまーす」


 クローリスがベランダの手すりに身体をあずけ、下に向けて手を振ると青緑色の小山から特徴的な顔が伸びて大きなあくびをした。


「よく眠れたかー?」

「ゥルルォン……」


 オルミナさんと違って僕には若干声が不満そうだという事しかわからない。

 まだ寝ていたかったんだろうか。


「いよいよ川の上流調査だね! 祭祀跡から何が出てくるのかな?」


 リオンの顔は好奇心で輝いていて、やる気がみなぎっている。

 心なしか耳や髪の毛、尻尾まで光をまとっているようだ。


 シャスカも行きたいとごねたけど、アルバ神が動けば敵が狙ってくるかも知れない。

 だからティランジュが見つかるまで、シャスカにはオスティアで待ってもらう事にした。

 護衛はスズさんとアルンがいるし、追加でバシルに連れられたジョアン叔父も来る予定なので、万が一アルドヴィンの聖遺物騎士が出てきてもしのげるだろう。



「それじゃレグロ、メドゥーサヘッドの祭祀跡まで案内をよろしくたのむ」


「はい、お任せ下さい!」


 褐色の肌に碧眼が特徴のレグロが『白狼の聖域』式の敬礼をした。

 誰だよ教えた奴。


「レグロ君もすっかりガンナー軍の一員ですね。良き良き」


 隣で笑顔のクローリスが口にした言葉にめまいがする。

 クランの敬礼を公式な軍の敬礼にするなよ……

 クローリスは普段からちょろちょろと動き回って開発部や文官の女性達と仲良くしているので軍になっても敬礼は同じ、と根回ししていたのだろう。

 まったく、いつクーデターを起こされ寝首をかかれるか、ちょっと心配になってくるな。



 日差しが強いティランジアの空だけど、水と風の二属性を持つビーコの背中の上は涼しくて快適だ。とはいえ、日差しは強いままなのでなるべく早く目的地には着きたい。

 ビーコの上で安全帯をつけて立ったまま、レグロと並んで前方の景色を眺めていると、行く先で涸れ川が二股に分かれていた。


「左の川筋に沿って進んで下さい。ここから見えるあの岩の先が俺たちが潰したメドゥーサヘッドの巣です。俺たちの間ではそこは『竜の洞窟』と呼んでいます」


「竜の洞窟?」


「竜が住んでいるわけじゃないですよ。行けばわかります」


 レグロが悪戯っぽい顔で笑う。そういうなら実際見るまできかないでおくか。

 あれ? ビーコ、右に進んでないか?


「オルミナさん? 左です、左に向かって下さい」


「え、あ、左ね、ごめん考え事してた」


 急いで声をかけると、オルミナさんは我に返ったように背筋を伸ばしてバイザーをあげてあやまってきた。

 オルミナさんは朝からこんな調子だ。

 シャスカの件をひきずって不機嫌、というわけでもない。ただ心ここにあらず、という具合だ。

 オルミナさんは悩みがあっても明るく振る舞って表に出さないタイプだ。

 それなのにどうしたんだろう。


「オルミナさん、そろそろ高度と速度を落として下さい。目的地の洞窟の前は開けた砂地になっているそうです」


「ん、わかったわ」


 今度は明るく答えたオルミナさんだったけど、やっぱりどこか無理している様に見える。

 そういえばオルミナさんにはまだイルヤ神と竜種の関係について話していなかったな。そろそろ話すタイミングを考えなきゃいけないけど、オルミナさんがこれじゃしばらくは無理そうだな。



「ここが祭祀場のあった洞窟です」


 ビーコを外に待たせ、レグロに先導され洞窟の中を進むと、人の手によって拡げられたとみられる二十ジィ四方の広い空間が現れた。

 反対側はさらにいくつも横穴が掘られていて、奥にさらに空間がある事がわかる。

 でも、それ以前に目の前にある巨大なものに皆の目は奪われていた。


「竜の骨がまるごと埋まっているなんて……」


「見事な化石、ですねぇ。ずいぶん長い間石に埋まっていたみたいです」


 喜びの色を隠せないリュオネと口をあんぐりと開けたクローリスが上を見上げた。

 僕らの正面の壁面に、彫刻画のように竜の骨が半ば埋まりその姿を現していたのだ。


 慌てて浄眼で周囲をみるけど、竜の墓場のように魔素が漂ってはいない。

 けどそのかわり、竜の骨から鮮やかな白い光が発されている。

 亜竜の骨とは比べものにならない魔素の密度だ。

 

「岩に埋まっているのは多分真竜の骨だ。竜骨が信仰の対象なのか」


 しばらく周辺を警戒しつつ調べたけど、怪しいものは無かった。改めて正面の竜骨に近づく。

 竜骨の前には平らで大きな祭壇らしきものがあり、その周囲にはなにやら色々なものがある。そして中心には、確かに人骨があった。


「これがレグロの言っていた骨か、確かにメドゥーサヘッドの骨でもないし、古代の骨、という感じでもないな」


「はい、ここにしかないものです。周りの物も含めて、これまで潰したメドゥーサヘッドの巣にはありませんでした」


 ここはメドゥーサヘッドにとって特別な場所、ということか。


「リュオネ、この祭壇みたいに祭祀を行う文明はあるか?」


「ううん、私が知る限りはないよ。用途だけど、ぱっと思いつくのは生け贄かな……でも骨だけっていうのが気にかかる」


「ここで肉をさばいたんじゃないって事ですか? 考えたくないですけど」


 顔をしかめるクローリスの問いかけに、改めて骨を見た。

 確かに血痕や骨に肉片はついていない。土に埋めたか、酸の水につけて洗ったか……酸?


「ガンナー様、この先にも道があるので光魔法で明かりをつけておきますね」


 疑問が言葉にならないまま唸っていると、竜の洞窟に感心する僕らに気を良くしたのか、レグロが竜骨の下に立ち、無邪気な笑顔で振り向いていた。


「気をつけてくれよ。ショーン、レグロに付いてやってくれ」


 一言声をかけて、祭壇の調査を再開した。

 浄眼にはなにも移らなかったので大丈夫だとは思う、そう思ったのがいけなかったのか。


「レグロ!」


 ショーンの叫び声に反射的に盾剣を取り出し駆け付けると、十匹くらいのメドゥーサヘッド達がレグロの首に刃物をつきつけショーン達とにらみ合っていた。


「ザート、やつら突然上から飛び降りてきやがった」


 忌々しそうにハルバードを構えるショーンの言葉に上を見上げる。そこはちょうど竜骨の裏側だった。

 自分のうかつさに歯がみする。

 奴等の影が竜骨の魔素に紛れたせいで浄眼で捕らえられなかったんだ。

 頭目らしいメドゥーサヘッドがしきりに何かを叫んでいるけれど、僕らは何を言っているのかわからない。


 とりあえず、レグロは返してもらうか。

 浄眼の視界を使い、レグロとメドゥーサヘッドがもつ刃物の間に鉄板を……


「ヒグ……ッ!」


 神像の右眼から鉄板を取り出す直前、メドゥーサヘッドが刃物の腹をレグロの首に強く押しつけた。

 メドゥーサヘッドのどれを顔とみていいかわからないけど、敵意は明らかに僕に向けられている。

 今までのメドゥーサヘッドとは違う……僕と同じく、魔力の起こりを感知しているのか。

 厄介だ、と思った瞬間、メドゥーサヘッドの後列が何かを振りかぶり前にでた。


「後ろに下がれ!」


 高速の投げ槍を法陣で受けとめつつ後ろに下がる。

 今の動きでレグロとの距離が開いてしまった。

 拙いな、助ける選択肢がまた少なくなっている。


「ザート君、私が注意を引きつけるからその隙に魔弾で撃って」


 攻めあぐねていると、僕の後ろにいたオルミナさんが前に出て小声でささやいてきた。

 敵は攻撃を吸収した僕らを警戒しつつ、側面に回りこんできている。

 理由を訊いている時間はない。


「頼みます」


 オルミナさんがすぅ、と息を吸い込んだ後、沈黙の中、メドゥーサヘッド達が明らかに動揺し、お互いに顔を見合わせてオルミナさんを見た。


 レグロに刃物を押し当てていた個体も同様だった。

 その機会を逃さず、手を緩めた相手の眉間に風弾を撃ち込み、絡み合う蛇ごと頭部を爆散させた。

 直後、ショーンがレグロを抱え、戻る背中をリュオネのロック・ウォールが守る。

 押し寄せるメドゥーサヘッド達にクローリス達の銃口が向けられ、魔弾が放たれた。


「ザート⁉」


 法陣でクローリス達の魔弾を収納すると同時に浄眼を使い、風魔法のエアロフィストをメドゥーサヘッドの腹にたたき込んでいく。

 至近距離で牽制用に使うエアロフィストだけど、数を撃てばそれなりのダメージになる。

 死角から至近距離で滅多打ちにされたメドゥーサヘッド達はなすすべ無く地面に倒れ伏した。


「こいつらから情報を引き出さなきゃいけないんだ。だからクレイや鋼糸で拘束しておいてくれ」


 頷いたリュオネが土魔法を使い始めたのを見て振りかえった。


「できますよね、オルミナさん」


 あの時メドゥーサヘッド達が動揺したのはオルミナさんは何かを語りかけたからだ。

 思わずお互いの顔を見合わせたのは仲間の声か確認したからだろう。

 オルミナさんがなぜ彼らと話せるのかはわからないけど、そう考えるのが自然だ。


 僕の言葉を受けて、オルミナさんはゆっくりと息をはいた。


「多分、ね。私も初めてだからびっくりしたわ。メドゥーサヘッドって竜と同じ言葉を使うのね」



    ――◆ 後書き ◆――


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