第29話 アルバトロスへの依頼

 食事が始まり、少人数用の小ぶりな食堂が一気に賑やかになる。


「クローリス、お主ムスタルが苦手なのか?」


「正直あんまり好きじゃないです。野菜の酢塩漬けって身体に悪そうじゃないですか」


「贅沢言うな。俺の里じゃ野菜っていやこれだったんだぞ?」


 領主の館でもある神殿には一般クランメンバーや信徒が入れる大食堂の他に、厨房の横に小さな食堂が作られている。

 人数が少ないのに大食堂を使うのは寂しいし、今日のように、たまには自分で作って食べたいからだ。


「そういえばショーン、十騎士領周辺の地図を作ってくれてありがとう。お陰で十の街で一気に畑を作る事ができる。収穫できるのはまだ先でも領内の食料問題は解決しそうだよ」


「おう。地図作りはブラディアで慣れてたからな。新人達に教える丁度良い機会だった」


 素揚げしたポルトを口に放り込んでショーンが笑う。


「それにしても驚かされたぜ。狩人伯としてティランジア沿岸の街と同盟を結ぶからって地図作成を頼まれてたはずが戻ってみりゃ一気にその街がまるごとガンナー領になってたんだからな」


 だろうね。僕も予想外だったよ。

 でも十の港町がウジャト教騎士団の末裔と知った時点で領地にするのは決めていた。

 これからシャスカが信者を得てバーバル神に対抗しようというのに、アルバ神としての正統性を疑われる様な事をするわけにはいかなかったのだ。


「再征服ってのをぶち上げたのはどれだけ本気なんだ? 今はアルドヴィンと休戦状態になっちゃいるが、また戦争が再開した時に撤退したら最初からやり直しになるんじゃないか?」


 エールの入ったジョッキを置いたショーンの質問で、場のみんなの視線がなんとなくこちらに向く。

 ショーンのいう事ももっともだ。再征服する、という一言だけではわからない。何のために、何を、どこまでするのか。

 特に重要になる竜騎兵隊の兵種長のパーティでるアルバトロスには知っておいてもらう必要がある。


 『ガンナー狩人伯』としての僕はアルドヴィンとの戦争のためレミア海の制海権確保、ティランジアの各都市国家との同盟、空白地の開拓および領地化を目指している。

 そして『白狼の聖域の団長』としての僕はティルク難民の保護を目的としている。

 さらに『ウジャト教団の使徒』としての僕は信徒を増やしてシャスカのアルバ神としての力を増やし、バーバル神に対抗できるようにしなくてはならない。


(改めて数えてみると仕事の多さに嫌になるな)


 内心ため息がでる。とはいえ、できない事じゃない。

 ゴブレットのワインを空にして、手元のナプキンで口元を拭ってから口を開いた。


「再征服は本気だよ」


 再征服といってもティランジア大陸のほとんどは無人だ。

 竜の脅威と作物が育たない荒れ地のせいでどの国の人間も沿岸部に交易の中継地としての港をつくる以上の事はしてこなかった。

 大規模に内陸を開拓できるのは蛇神の祭壇で長城壁を作って魔物の襲撃に対抗し、リュオネのマガエシで土地を富ませる魔土を作れる僕達だけだ。


 ただ、それだけに土地を富ませた後のティランジアは他国にとって魅力的だ。

 ほぼ確実に他国の侵略を受けるだろう。

 だからその時のために『開拓』ではなく『再征服』と言って、こちらに正統性がある事をあらかじめ宣言しておくのだ。


「でも本当の目的はこの大陸を治めていたイルヤ神の調査なんだ」


 続きがあるとは思っていなかったのか、ジョッキを再び持ち上げようとしたショーンの手が止まる。


「イルヤって蛇神のか? あのシャスカの先祖と戦ったっていう」


「先祖ではない。我自身じゃ」


 いぶかしげな顔をするショーンにシャスカが憮然として訂正する。


「古代ティランジアを治め、アルバ神に破れた蛇神イルヤはまだ生きているようなんだ。で、そのイルヤ神はアルバ神との戦いに負ける直前にバーバル神と取引をしている。内容はわからないけど、あのタイミングならアルバ神を害する目的だったのは確実だ。イルヤ神の神殿があったティランジュ遺跡に向かってそのもくろみを調査する事はアルドヴィンと戦う上ではかなり重要なんだよ」


 それに、ティランジアには竜の墓場がおそらく相当の数存在する。

 竜の凝血骨を手に入れれば戦略物資の血殻が相当確保できるはずだ。


 ティランジアを領地化するレコンキスタは狩人伯として戦略物資の獲得、クラン団長として難民の定住先の確保、教団の使徒してバーバルを背後に持つイルヤという脅威の排除を目的とする僕の総合的な行動指針と言えるだろう。


「あー、領地の事はわからねぇけど、とにかくティランジアの征服は本気で、一番の目的はどこにあるかわからねぇイルヤ神の遺跡を調査してそこに敵がいたら倒す、って事で良いんだよな?」


 細々と説明を始めた僕に手を振り、眉間を人差し指でほぐしながらショーンがため息をついた。

 やっぱり一息に話しすぎたか。


「うん、おおざっぱな方針はそんなところだ。それで、アルバトロスには遺跡に向かう調査団の輸送をになってほしい」


 内陸を進むという事は、陸なら地竜種、空なら飛竜種の縄張りを通るという事だ。

 真竜も当然いるだろう。となれば空中での戦闘は避けられない。

 やはりこの仕事は他の竜騎兵には頼めない。


「ぬぅ……ティランジアの奥地か。どう思うショーン」


 デニスが唸るのも無理はない。ティランジュへの道を探しつつの調査だ。竜使いのパーティとして、踏破できるか悩むのもわかる。


「できるのはアルバトロスしかいないんだ」


 誠意を込めてショーンを見つめると、黙っていたショーンが浅黒い肌に映える白い歯を見せて笑った。


「だよな。俺たちしかできねぇのはわかってる。やるよ。だからそんな真面目くさった顔すんな」


 そういって空のジョッキをぐいと差し出してきた。


「うん、ありがとうショーン」


 ショーンの目の前に法陣を浮かべ、冷たいエールをジョッキに注ぎいれ、僕もゴブレットをかかげて乾杯した。


    ――◆ 後書き ◆――


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