第26話ティランジア十騎士団への演説(後)

 


「のうザートよ、やはりこやつら処しても構わぬかのう。力を失った我とて人一人を異界に送る事程度はできるぞ?」


 自らの神格を疑われ、シャスカの機嫌がかなり悪くなっている。

 普段バカな事を言っているシャスカだけど、しっかり神様らしく逆鱗は持っているらしい。

 雰囲気が変わったシャスカを前に首長らが慌てて膝を正しているけど、シャスカの射殺すような目つきは変わらない。


「お主等に我がカイサルであった頃の記憶をいってきかせてもよいが、お主等が知らない可能性もあるな。ザート、シベリウスのヴァジュラをレミア海にたたき込んでやるが良い」


 できるか! 剣呑にもほどがある。あの灼熱の柱を海に落とせば海が煮える。それどころかあれの作り方を考えれば落下の衝撃で津波が起きてもおかしくない。それに両眼もろくに使えない僕は遠距離に法陣を展開する事もできない。ヴァジュラを放つのは二重の意味で不可能だ。


「お待ちください! アルバ神様の再臨を疑った事、まことの罪深きことと存じます。何卒お怒りをお鎮めください」


 ヴァジュラという言葉を聞いた後、首長らはいっせいに顔を伏せ実を床になげうった。

 神に向けての最上位の敬意らしい。

 シベリウスのヴァジュラの事も言い伝えに残っていたみたいだな。

 信じてもらうための二つ目の証拠も用意していたけど、どうやら出す必要はないようだ。


「皆さんのお気持ちはわかりました。話を進めたいので身体を起こしてください」


 なるべく穏やかな声で首長らを起こす。シャスカはまだむくれているけど、怒りは鎮まったようだ。


「皆、祖先の伝承により存じているかもしれませんが、古の時代、カイサル=アルバとサロメ=イルヤとの間に起こった戦争の最後、イルヤ神は戦いに負けたにもかかわらず悪神となりこのティランジアを荒廃させ、危険な魔獣や竜種がはびこる土地に変えました」


 身を起こし膝を揃えている首長らは熱心に耳を傾けている。

 

「戦に勝ち、ティランジアを治める正統性をもつカイサル=アルバはこれを深く憂い、力を取り戻したのちに再びこの地に戻り、悪神イルヤを討つ誓いを立てました。我々は、その誓いを果たすためこの地に戻ってきたのです!」


 平和な辺境の民のようだった首長らの顔つきがみるみる神に殉じる覚悟を持つ騎士の顔へと変わっていった。


「我々ウジャト教団はこれよりティランジア大陸を再征服する! かつてカイサル=アルバが征服した領土を回復し、悪神の旧都『ティランジュ』をめざす!」


 僕の宣言に呼応した首長らの護衛達が歓声をあげた。気が遠くなる時間、漁民に身をやつしてもこの地に留まり神の再臨を待ち望んでいた自分達の信仰が報われた事に感動しているのだろう。

 すっかり機嫌の良くなったシャスカを見ていると、互いに抱き合う護衛達の間をぬってヴァロフ首長が前に進み出てきた。


「我らが十の港と兵士全て、約定通りウジャト教団に捧げます。ヘルザート様がお持ちの兵には及ばないでしょうが土地の案内程度はできます。何卒戦列に加わらせてくださいませ」


 首長ら十名が再び身体を倒すのに護衛達も続く。


「もちろん、歓迎します。が、領民全てを兵士とするわけにもいきません。また、男手がいなくなればこれまでの生業としてきた漁も満足に行えないでしょう」


 僕の指摘に水を浴びたように固まる首長達。自分達が戦に行けば残された者の生活が出来なくなるのが海の民の弱みだ。

 でも僕も彼らを絶望させるために言葉をかけたわけじゃない。


「そこで、老人、女子どもの皆さんには土地を耕してもらいます。この土地で戦うための食料を育ててください」


 首長らの顔の落胆が困惑に変わる。


「ヘルザート様、お言葉ですが、見ての通りティランジアの土地は植物もろくに生えません。麦どころかアワを育てるのも難しいのです」


「ええ、それについても考えてあります」


 ヴァロフ首長の問い答えるかわりに横をみると、リュオネがこくりとうなずいて一歩出た。


「私はリュオネ・ミツハ・アシハラ。ヘルザート・ガンナー・シルバーウルフの妻にしてアルバ神が盟友ティルク神の使徒の一族、ホウライ皇国の皇族の一人です。一つティルク神の奇跡をお目にかけましょう」


 間髪いれず、法陣からレッサードレイクの首を取り出してリュオネの前に置く。


 首長らが驚くなか、リュオネが背負っていた逆鉾を留め具から外し、何気ない所作でマガエシを使いレッサードレイクの首に刃を突き立てると、頭蓋は翠色の砂に変わり崩れ落ちた。

 首長らは驚愕の色を顔一杯に広げて見つめている。


「今リュオネが生み出した翠色の砂は魔土といい、草木が生える土にかすかに含まれているものです。これを土にすきこめばティランジアの土でも作物を育てることができます」


 砂を袋に入れ皆に渡すと大きなどよめきが神殿に響く。

 魔土の効果はシリウス・ノヴァで実証済みだ。かならず期待に応えてくれるだろう。

 

 それにしても……


「リュオネ、さっきの名乗りで僕の妻だって言う所、段取りになかったよね?」


 素朴な疑問を向けると、リュオネは耳を伏せた。


「だって、神様としての初仕事だって張り切ってたシャスカを見てうらやましくなったんだもん。私も知らない人の前でザートの妻って名乗るチャンスだと思ったから……もしかして駄目だった?」


 そんな事をいって上目遣いに見つめてくる。

 駄目だなんてことはない。自己紹介で私はこの男の妻だ、と堂々と宣言されて嬉しくない夫がいるだろうか。


「いいや、そんな事はない。堂々と名乗ってくれて誇らしい気持ちになったよ」


 心から笑いかけるとリュオネはやっぱり恥ずかしかったのか赤く染まった、こちらが溶けてしまうような笑顔で笑った。

 うん、本当は僕も恥ずかしかったけど、この場では言わないでおこう。





    ――◆ 後書き ◆――


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