第27話 ティランジア人の伝説
ティランジアへの
左側にリュオネ達、右側に首長とその護衛、そして背後の祭壇兼玉座にご満悦で座るシャスカを配して話を始める。
まずは行政からだ。
「各港の行政ですが、皆さんに代官としてこれまで通り治めていただきます」
誇りを持って務めてきた立場を保てたので安心したのか、みんな胸をなで下ろしていた。
これはリュオネ達との話し合いでも早い段階で決まっていた。
港をこれまで守ってきた首長達から取り上げるのは筋違いだし、住民も混乱する。
ブラディアのグランベイの様に、税金を狩人伯領に納めてもらうほうが良いと判断した。
「次にこの地域の中心なんですが——」
「それは第一の名を冠する私の所でしょう」
「モニアは外れではないか。十港の中心にあるデシアの港が中心だ」
「ディアの港に外国船が入れるおかげで皆の港に物資が行き渡るのではないか」
僕の話が終わる前に激しい論争というか、言い合いが始まってしまった。
みなさんいいお年だし、話は最後まで聞いてくれないかな?
「……どの街からも離れた港をつくりますので、良い名前があれば教えてください」
スズさんの一喝でどの首長も黙ってしまった。自分達の早とちりにきまずそうにしている。
でもおかげでどの都市がどの都市に従っているかがわかった。
だいたい勢力は地域別に三つに分かれているみたいだな。
「次に新しい軍港について話しますが、何か質問はありますか?」
首長らを見渡すと、一人から手が上がった。
「あの、ガンナー様。でしたら一つお願いがあるのですが」
手を挙げたのはモニアの首長だ。
「十港がウジャト教団の領地になったという事で、恐れながら、我々を騎士に叙していただけないでしょうか。十騎士港と名前も変えましたし、なにより叙爵は先祖以来の願いなのです」
豊かな白髪をたらし、深く頭をさげるモニアの首長。
たしかに、自らを騎士だと言いきかせながら死んでいった彼らの父祖達の誇りと無念は想像してあまりある。
それでも筋は通さなければならない。
「僕はウジャト教団の使徒ですが、今の立場はブラディアの狩人伯です。勝手に爵位を与える事はブラディア王への不忠となります。ですので——」
首長達から落胆のため息がもれた。さっきもそうだったけど、ちょっと話は最後まで聞いて欲しい。
それからシャスカ、お前もため息ついただろう。神様なんだから聞き分けなさい。
「ですので僕が陪臣を持てるか、ブラディア王に一度伺いを立てます。僕も皆さんが騎士爵になれるよう努力しますので、しばらく待ってください」
辺境伯には陪臣を持つ権利が認められていたはずだから認められるとは思う。
それでも直接出向いて許可をもらうのは当然の礼節だ。
「最後にお願いですが、現在竜騎兵が地図を作っていますので、これから新しい軍港をつくる上で適した場所があれば教えて下さい」
防衛のため、十騎士港全てに、大型戦艦が入れる軍港を作る。
ただし、合意ができても工事ができる邪神の祭壇は二台しかない。
地域の中心に新しい港湾都市をつくり、周辺の制海権を得てから造る事になるだろう。
新しい港ができれば船で人や資材を運び込む事ができる。
具体的にはガンナー軍、エンツォさん達【クレードル】の元冒険者達、それに冒険者になったティルク難民だ。
漁業が中心の小さな港町を軍事拠点にするに、人手はいくらでも欲しい。
――◆◇◆――
「で、戦争の展開によっちゃブラディア国民全員を受け入れる可能性があるわけじゃんか。だから計画した面積じゃ足りないと思って涸れ川沿いの土地を中心に長城で囲む面積を増やしたんだ」
翌朝、コリーの案内で皆で新しくできた拠点を見て回った。
拠点は海岸線に沿って通る街道を挟む二つの地区でできている。
海側はもちろん軍港だ。整備用の施設も備えた掘り込み港が出来ていた。
コリーの小隊の練度は確実に上がっている。
内陸側には何も建設されていない、長城壁に囲まれただけの土地がある。涸れ川の地下水脈から水をくみ、土に魔土を混ぜれば農地ができる。
「これなら涸れ川に作る農地も安全じゃ。よく気付いたのうコリー」
シャスカが褒めるとコリーが発達した犬歯を見せて笑った。
一方、十騎士港の首長達は長城壁からの景色にため息をついていた。
「軍港は時間がかかりますので、まず壁で囲んだ農地を作る予定です」
「これだけの土地が農地に変わるのであれば、我々の暮らしはどれほど楽になるか」
「しかし良いのですか? 軍備より食料を優先しても」
護衛から心配する声が上がる。気持ちは嬉しいけど、これも理由あってのことだ。
「僕がアルバ神帰還の宣言をした時に言ったでしょう。食料生産を担ってもらいたいと。皆さんの主食はレムジア双大陸の穀倉地帯から船で来るでしょう。けれど僕達は帝国と対立しています。もし帝国に双大陸近辺の制海権を握られ海上封鎖をされれば簡単に飢えてしまう。兵站の確保は急ぎ解決しなければいけない課題なんです」
「今まではレムジアの商人から言い値で買い入れるほかありませんでしたからな。メドゥーサヘッドからの襲撃に怯える事もなくなるし、わし等にとっては良い事づくしです」
さりげなくシャスカを前に出して後ろに下がるのに合わせ、首長達が頭を下げた。
僕はシャスカの使徒だからこういう所は間違えちゃいけない。例え上機嫌なシャスカが無遠慮に背中を叩いてきても笑って受け流さなきゃ行けない。後でおぼえてろよ。
それにしてもメドゥーサヘッドか。丁度良いからきいてみるかな。
「ティランジアの魔物であるメドゥーサヘッドやその亜種なんですが、あの魔物達が元はなんだったか、騎士団には伝わってますか?」
「元がなんだったか、ですか? 確かにあやつらは魔獣に乗り武器以外の道具も使いますが……」
返ってきたのは困惑の表情だった。
ウジャト教国軍が撤退するまではティランジア人は魔物ではなかったはずだけど、どうやら長い歴史の中で記憶は消えてしまったらしい。
後ろを振りかえるとシャスカが黙ってうなずいた。話しても問題ないみたいだ。
「メドゥーサヘッド達の祖先は、かつて貴方達の祖先が戦っていたティランジア人です。長い長い時をかけて変化していったんです」
「そんな……人が魔物に変化するのですか?」
「ある種の魔獣を習慣的に食べると変化します。皆さんは魔物を食べないので心配する事はないでしょう」
魔獣を食べるのはタブーで、どんなに飢えても食べないと食事の時に聞いている。
ティランジア人が魔物に変わった事は忘れ去られても、魔獣や竜種を食べていたティランジア人と魔物の関係はタブーという形で記憶に残ったのかも知れないな。
僕の言葉にそろって安心した表情をうかべている首長達をみていてふと疑問が浮かんだ。
ティランジア人が魔物になったのは竜種を食べていたからで、『ティランジア人だから』ではない。
なら、竜種を食べなかったティランジア人は?
「皆さんの間では、ティランジア人はどうなったと伝わっていますか?」
「海辺から来た魔物に追われるように内陸に逃げたと伝わっていますその後の事は……」
ヴァロフ首長が困ったように他の首長を見るけど、互いに顔を見合わせているばかりだ。
もし生き残りがいたら、と考えたけど、やっぱりわからないか……
「あの……」
情報は無いと結論を出そうとした時、一人の護衛が前に出てきた。
コリーと同じくらいの背格好のおとなしそうな護衛が身を固くしながら一礼する。
「俺はペンティアの首長の息子でレグロっていいます。以前に魔物の巣を潰した時、そこに人の頭蓋骨がまつられているのをみました」
人骨が、まつられていた?
祖先の骨だろうか。
竜種ならまだわかるけど、食べる対象の人の骨を魔物があがめるとは思えない。
メドゥーサヘッドの頭蓋骨は人より明らかに大きく、穴もあいている。間違えることはないだろうな……
「ガンナー様の『魔物がもとはティランジア人だった』って話を聞いて考えたんです。ティランジア人がまだ生きていて、メドゥーサヘッド達がティランジア人と自分を同種だと思っていたら、あがめる事もありえるんじゃないかと……」
話しているうちに自信がなくなってきたのかレグロはだんだん背を丸めてしまった。
確かに突拍子もない話だけど、どうだろう。
こういうのはリュオネの専門分野だ。
「リュオネ、どう思う? 保存された先祖の頭蓋骨という可能性もあるけど……」
「うーん、メドゥーサヘッドは賢く社会性をもっている。竜種を食べないと決めたティランジア人はいてもおかしくはないし。調べておいた方が良いんじゃないかな」
リュオネの事だ。統治する上で早めに調査する必要があるという意味で言っているんだろうな。
「レグロ、その骨は新しかったか?」
「はい。この辺りは風葬で先祖の骨も見慣れていますが、それよりもずっと新しかったと思います」
レグロがこちらが関心をもっている事に気付き大きくうなずいた。
ペンティアの内陸部か。なるべく早くに調べておく必要があるな。
――◆ 後書き ◆――
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