第23話 竜種が栄える、その後のティランジア


 神器内の空間に戻った後、さっきよりも激しい疲労感に思わず膝をついた。


「魔法陣が現れてしばらくとどまったからのう。帰る前にしばらく休むがよい」


「そうするよ……とにかく色々な情報を手に入れたな」


 戦争の発端がイルヤ神とアルバ神の個人的な争いであること。

 イルヤ神がアルバ神と心中するためにバーバル神と手を組んだ事。

 竜の種がイルヤ神の神種である事。


「あとは神像の両眼の使い方か。シベリウスの『ヴァジュラ』を見て思い知らされたよ。僕なんてまだまだなんだな」


 灼けた柱の再現はおそらくできる。シベリウスが発現に時間をかけていたからだ。

 あれだけ強力な攻撃を右眼の中に収納し続けることは現実的じゃない。

 シベリウスは時間をかけ、あの場で神器の外から力を得て作り上げたんだ。

 となると、方法は限られてくる。でも理屈がわかっても実行できる手段が使えなければ意味がない。


「『ヴァジュラ』を収納、排出するには右眼だけじゃ無理だ。右眼に魔素を供給する左眼が経路に含まれている必要がある。両眼は右眼の能力を桁違いに引き上げる使い方の事なんだろう?」


「その通りじゃ。気に病むな、お主はよくやっておる。魔力操作においてはあのシベリウスより優れておるくらいじゃ。精進すればじきに両眼を使えるようになるであろう」


 小さい鳥のなぐさめに黙って肩をすくめる。


「なんでイルヤ神は最後に自分の神種をばらまいたんだろうな」


 神が力をわけたものが神種であるならば、作った分だけ力を失うはず。

 半透明になるほど自身を弱体化させてまでしたかった事はなんだろうか?

 ティランジア大陸を竜種の楽園にする事、とは思えないんだけど。


「さあのう。気が触れた神の考える事は我にもわからぬ。だがあの時イルヤがバーバルに送った魔素は相当な量であった。あれがティランジアの荒廃につながっているとみて良いじゃろう」


 なるほど、ティランジアは魔素が少なくて、奪い合っている状態だからな。

 それにバーバルの世界が魔素で満ちているのは他の世界から魔素を奪っているからというのもわかった。


「さて、そろそろ帰るか。ぼちぼち回復したじゃろう」


 シャスカの言葉にあわせて立ち上がる。二回目だから身体も慣れたのか、かなり楽になった。

 後は身体から伸びる青い光をたどっていけば覚醒することができる。

 次からは一人で潜る事になるけど、アルバの記憶はこれからも探る必要がありそうだ。

 とはいえ、蛇神の祭壇みたいに関係するものが無いと望む記憶にたどり着けないんだよな……ん?


「どうしたのじゃ?」


「いや、まだ他の神の記憶をたどれるみたいだ」


 取り出した蛇神の祭壇の部品から赤い光がさっきとは別の魔法陣につながっている。

 カイサル以外にイルヤ神に関わったアルバ神がいるっていう事だ。


 記憶を見られる時間は少ないだろうけど、一応見ておきたい。


「あまり無理をするでないぞ」


 シャスカに釘をさされつつ、僕は現れた二つ目の動く魔法陣に手を触れた。

 

   ――◆◇◆――


 魔法陣に触れ、闇が晴れるとそこはどこかの貴族の庭園だった。

 中央の小さい丘の上に建つ白いドームと柱でできたフォリの周りには可愛らしい花々が咲きほこっている。


 一見ロマンチックに見えるけど、こういった場所は密談に使われる事が多い。

 フォリに着くと、テーブルには穏やかな笑みをたたえる褐色の肌をした老婦人と、豊かな暗青色の髪を結い上げた妙齢の貴婦人が同じ髪色の子どもを抱いて座っていた。


「そうですか、ティルクは器の一族の中で元気にしているようですね」


「はい。エンリケも手厚いもてなしを受けて土産もいただいたと喜んでおりました」


 母親らしい女性が口元に手をやりくすりと微笑んだ。どことなくリズ・リゼ姉妹に似てるな。


「ですが……」


「途中で立ち寄ったティランジアの惨状ですか……」


 それまでのなごやかな雰囲気が消え、二人の顔に憂いが浮かぶ。膝の上の子どもがむずがりだしたので母親は控えていたメイドに息子をあずけた。


「かの地を探索した信徒と船長エンリケが十騎士団の街で聞きとった話によれば、沿岸部の土はリヴァイアサンに食い尽くされ、魔砂も残っていない有様で、植物は育たず、礫砂漠が広がっているとの事です……」


 そこから続いた二人、アウトレイ=アルバと公爵第二夫人ソフィアの話から、この時代のティランジアの状況が明らかになった。

 アウトレイはカイサルからかなり下った時代のアルバ神のようだ。既にアルバ文明は消滅しているらしい。

 どうやらサロメが最後に放った大量の竜の種により、ティランジアは現代のような竜種に支配された土地になったようだ。


 僕の想像どおり、竜種は既存の動物が竜種を取り込み生まれるため多種多様で、海竜種、地竜種、飛竜種に別れるらしい。

 それらは互いに食い合う『なりそこない』の魔物魔獣を食って凝血骨に魔素を貯めていくという。


(シャスカ、二人の話に出てくるなりそこないってなんだ?)


(うむ、アウトレイの記憶の断片で思いだした。捕食により神種の一部を取り込んで身体を変化させた個体じゃ。一定数おればそやつ等は魔物や魔獣として自然繁殖する。例えばお主の話にあった『凋落したイルヤの民』がそうじゃ。イルヤ人が食うに困り竜種を食したなれの果てであろう)


 なるほど、竜種の肉を食べたからか……ビーコにあげている亜竜の肉は僕が収納する時に竜の種を分離しているから大丈夫だけど、人には絶対あげないようにしなきゃな。


(リヴァイアサンが土を食べるのも初耳だ。沿岸部で作物が育たなくなった原因はあいつらだったのか)


 リヴァイアサンはとにかく大食らいで、基本的に海棲魔獣を食らっているけど、餌が取れない日が続くと沿岸部の土から魔素をこし取るらしい。どおりでれき砂漠ばかりが広がっていると思ったよ。


「けれど、こうして竜種の観察記録を見ると、やはり竜種がまるで血殻を集めているようですね」


「はい。十器士団の話では陸竜種も死ぬ時は一定の場所を墓場として死ぬようです。そして屍のほとんどは飛竜種に捕食されます」


「そして大型の飛竜種は東に向かって飛び去る……アルバの記憶によれば、東にはイルヤ神が眠るティランジュがあります」


「そこに向かっている可能性はありますが、今の戦力では竜種のはびこる大陸の奥地にはいけないとの事です」


 ソフィアが悔しそうにうつむくけれど、僕は他のことが気になった。

 アウトレイはイルヤ神が眠っていると言ったか?


(シャスカ、イルヤ神は滅びてなかったのか?)


(うむ。殺されておれば魔素を持った新しい神が大陸に降り立つ。それが無いという事はいまだイルヤはティランジア大陸の主神として存在しているという事になる。どのような姿かは知らぬがな)


 シャスカはどこか冷たい顔でつぶやく。

 イルヤ神がこの世界にとどまっていて、そこに魔素が凝縮された凝血骨を持つ飛竜種が向かう……何か胸騒ぎがする。

 それはアウトレイ達も同じようで難しい顔をしている。


「移民の一部が飛竜種を家畜化しようと試みていたそうです。それが成功すればティランジュへの調査も可能になるやもしれません」


「わかりました。いずれ、ティランジュに向かい、カイサル以来のアルバの悲願として、イルヤ神を打ち倒します。そのためにも、その移民と、要塞の十騎士団にできるだけ援助をしてください。エルフ達に国を奪われたため、たかがしれていますが、古の約束を守っている彼らを見捨てる事はできません」


 アウトレイは一瞬だけ自嘲したけど、すぐに自らの弱気を恥じたのか外の庭に目を向けた。


「それならば、エンリケが良い仕事をしてくれましたよ」


 ご報告し忘れました、と茶目っ気のある笑顔でソフィアが手元の袋から翠色に光る砂状のものを取り出した。


「これはティルク神の使徒の一族が魔物を倒した時に生まれる『魔土(まと)』と呼ぶものです。エンリケはこれをティルク神からたくさんもらったそうです」


 アウトレイが興味深そうに首を傾げる。いつの間にか戻ってきた子どももメイドの腕の中で首を傾げていた。


「ティルクではこれを肥料として畑にすき込むそうです。魔土を十騎士団の街で土に混ぜた所、麦が生えてきたとエンリケが嬉しそうに話していました」


「それは良いお土産をもらいました。すぐに十騎士団に送りましょう」


 そこでソフィアは居心地が悪そうに飲み物が入ったカップに手をかけた。


「それが……エンリケは戻るも手間だからと、そのまま十騎士団の街に必要な分の魔土を置いてきたそうです。アウトレイ様への贈り物であるのに勝手な事をと怒ったのですが、神様ならそうするだろうから、と笑うだけでした。我が兄ながら、勝手で申しわけありません」


「ふふ、主の意図をくんで自ら動くとは、私は良い使徒を持ちましたね」


 恐縮するソフィアにアウトレイが微笑む。

 深刻な話の後に場の空気が和んだところで、生け垣の向こうからカイサル軍のマントと同じ青色のローブを着た一団がやってきた。

 それを見た二人はかるく頷きあう。


「アーヴルより迎えが来たようですね。公爵邸での生活は素晴らしいものでした。ソフィア、達者で暮らしなさい」


「ええ、きっとまたお目にかかります」


「かみしゃま、さおうなら!」


 ソフィアに再び抱きかかえられた子どもが無邪気に手を振る。


「ええ、カール。また会いましょうね」


 アウトレイは顔にしわを刻んでなお衰えない美しい笑顔でカールの頭をなで、去っていった。


(なるほど、これでオクティアを説得するための情報は十分そろったな)


(そうじゃのう。これでティランジアの都市国家を領土にできる。それにしてもさすが我じゃ。老いてなお美しい)


(シャスカもああなれそうか?)


(むぅ、少しだけ自信がないのじゃが……)


 弱気になるシャスカを肩にとまらせて、僕は暗青色の髪をしたソフィアとカールの二人をもう一度見てから視界の端に現れた魔法陣に手を触れた。



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


答え合わせをすると、ブラディア辺境伯初代はカール=ソフィスです。

この子どもは後に辺境伯になるわけです。

カールは新たに家を興す時母親のソフィアにちなみました。

お母さん子ですね。


アウトレイ=アルバの名前はオードリー・ヘップバーンです。

美老女代表といった所でしょうか。


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