第17話 再征服《レコンキスタ》の正統性



 強い日差しを光魔法でさえぎりつつ、チャトラに乗った僕らは自分達が作った長城の上を通り南下している。

 オクティアの首長の話を聞いてから、僕らは拠点建設をスズさんとコリーに任せて一度シリウス・ノヴァに帰還することにしたのだ。


「おお、久しぶりの緑ですね」


 眼下の庭園をみてクローリスがつぶやく。


「そうだ、城塞内の畑で育てている麦がどうなっているか竜舎に降りたら確認して置いてくれるか」


「ザートはどうするの?」


「一足先にシャスカと話をしている」


 そういって僕はチャトラの背から飛び降りた。

 一月と空けていないので館は綺麗なままだ。それでもちょっと懐かしい。

 空を蹴って領主の庭園に飛び降りると、回廊を駆け抜け神殿に飛び込んだ。


「シャスカ!」


「ザ、ザート⁉ お主オクティアの拠点建設はどうしたのじゃ⁉」


 神殿前庭につくった緑生い茂る庭園の流水の中で沐浴していたシャスカが大きなしぶきを上げて立ち上がった。


「シャスカ、はしたない」


「む、すまぬ」


 後ろに控えていたフリージアさんが持っていた布でシャスカの身体をくるむ。

 褐色の肌が濡れた布地から透けていた。ほんとに控えて欲しい。


「急に戻ってきてすまない。オクティアで新しい事がわかったから確認したくて戻ってきたんだ」


 話をするのはここじゃ拙いな、何しろアルバ神とイルヤ神の戦争の話なのだから。

 どこがいいか考えを巡らせていると、どこか不満げな顔をしたシャスカが髪をぬらしたまま立っていた。


「なんだシャスカ、ちゃんと身体を拭かないと、暑くても身体に毒だぞ」


「のうザート、お主、我の裸体を見たのに一言もないのか?」


 声が怒気を孕んでいる。そうか、シャスカも女の子なんだから裸を見られて恥ずかしいに決まってる。


「急に入ってごめんな、今度は正面から入るよ」


 正面は衛士隊の皆が守っているのだから、きちんと取り次げばこんなことは起きなかっただ。館の主だからといって傍若無人に振る舞うのは僕のやり方じゃない。

 などと考えていたらシャスカから怒りの言葉が飛んできた。


「ちがう! 前々から言っておるが、お主は使徒のくせに我に対する畏怖敬慕の感情が薄い! 我の美しい裸体を見たのなら言葉の限りをつくして賛美すべきではないのか!」


 なるほど、欲しかったのは謝罪じゃ無くて礼賛か。

 その態度では神さまも何もない気がするけど、ここで言い争っても仕方ない。


「確かに、一瞬しか見ていないけど、シャスカの身体は綺麗だったぞ。実に神々しい光景だった」


「う……む、改めて言われると照れるの。じゃが良し! 今後もその調子で……わぷぅ!」


 顔を赤らめつつも尊大に無い胸を反らしていたシャスカの頭を、新しい布を持ってきたフリージアさんが乱暴にふきはじめた。


「話は身体を拭いてからにしろ。ザート、この神さまを乾かした後に行くから先に館で待っていてくれ」


 フリージアさんの風魔法でシャスカの髪がはためいている。手慣れたものだ。


「わかりました」


 さすがに身体を拭く場にいるわけにはいかない。

 猫のような不満げな声を背中に受けながら僕は回廊に向かった。


 館の上階にある作戦室で待っているとシャスカとフリージアさんにジョアン叔父を加えた三人、ついでに神殿で寝ていたアルン、それにチャトラに一緒に乗ってきたリュオネとクローリスも入ってきた。

 皆がそれぞれに席に着く。

 何も言わないのにフリージアさんがお茶を淹れているのにも慣れた。

 さっきシャスカの身体を拭いている時も思ったけど、無口なわりに家庭的というか、世話好き気質なんだよね。


「それで、オクティアとの同盟で何か問題でもあったのか?」


 テイが注がれたカップが皆の前に行き渡ったところでアルンが今回の帰還の理由を訊いてきた。


「いや、オクティアとの同盟は無事に結べたんだ」


 僕の返答を聞き、事情を知らない四人が首をかしげる。


「でも会食の席でもっと重要な話を聞いた。オクティアを含む十の港町は、かつてティランジアに攻め込んだアルバ教徒の騎士団が作ったらしい。撤退の理由を僕は聞いていないけど、殿を担った騎士団は当時のアルバの使徒から土地の防衛を命じられたらしい。だから騎士団の子孫のオクティア市民は今も魔物におびやかされながらティランジアに留まっているらしいんだ」


「土地の防衛って、支援も無しにか? 命令した当時の使徒も大概だが、今まで守ってきたオクティアの末裔も律儀だな」


 ジョアン叔父が感心半分、呆れ半分と言った様子で腕組みしてため息をつく。


「しかしこれは朗報だな。十の港町がアルバ教騎士団の末裔であるなら、少なくとも守っている都市国家はアルバ神に捧げられるのが道理。さらに言えばティランジアをアルバ神が支配する名目としても使える。将来的には十の港町といわずビザーニャやその先の国際港も支配することができるな」


 アルンが悪い顔をしている。彼女の頭の中はもう国盗りの陰謀で占められているだろう。

 最近だらけた姿ばかり見ていたけど、この人はリュオネの姉であると同時に諜報担当の第八の兵種長なんだよな。


「ま、まてまて、我が力を得るためにティランジアの信徒が増えるのはうれしいが、国まで欲しいわけではないぞ?」


「信者を得るには国の為政者となるのが効率的なんだが……」


 予想外に大きな話をされて焦ったのかシャスカが慌ててアルンの話を遮ってきた。送り出す時は征服してこいとか威勢の良いことをいっていたのに、意外と慎ましい性格なんだよな。小心者とも言うけど。


「なるほど。いずれにせよ、今の話を聞いたからザートはシリウス・ノヴァに戻らざるを得なくなったわけだな」


 それまでテイを口にしていたフリージアさんがカップを置いてつぶやいた。

 他のみんなもあわせてうなずく。話が早くて助かるよ。


「どういうことです?」


 いや、一人だけわかっていない子がいた。

 なぜこの子はオクティアで現場に居たのに理解出来ていないのか。


「ザートはレミア海の制海権を握ろうとしているブラディアの先兵としてオクティアの首長には会ったのであって、アルバ教の使徒という身分は言っていないでしょ? アルバ神を待っているという彼らに使徒の身分を明かさずに、後になってシャスカの使徒だって言い出したらおかしな事になるよね?」


 リュオネ先生の説明にクローリスがコクコクと頷く。


「でも、ザートはあの場では使徒だと名乗るわけはいかなかった。ティランジアとアルバの戦争の知識を首長に訊かれても答えられないから」


「確かに、それだと話がこじれてしまいますね」


「僕が円滑にアルバの使徒を名乗って騎士団の末裔の街を領地にする。そのために戦争の知識をシャスカから聞いて、急いでオクティアに戻る必要があるんだよ」


 そう、コリーとスズさんがゆっくり拠点をつくって時間を稼いでいる間に僕はシャスカから二柱の神、二つの世界、二つの大陸が争った記憶をシャスカから聞いてアルバ神の使徒としてオクティアの首長の前に立たなければならない。


「なんだ義弟やる気ではないか! ティランジアを手に入れればアルバ神の威光も不動のものとなる。そうすれば中立を決め込んでいる南方の一部諸侯も味方につくだろう」



 ティランジア支配の正統性を得られる千載一遇の機会にこの場の全員が盛り上がっている。


 だというのに、当事者のシャスカがまったく騒いでいない。むしろ固まっている。


「どうしたんだシャスカ? もっと喜ぶところじゃないのか? 信者が増えるんだぞ?」


 話しかけても、首をすくめたままカップをのぞき込んだり、挙動が不審な事この上ない。

 何度目かの逡巡の後、上目遣いにこちらを見たシャスカがぽつりとつぶやいた。


「のう、ものすごく言い辛いのじゃが、我、当時の記憶を持っていないのじゃが……」


 ……今なんて?



     ――◆ 後書き ◆――

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