第16話 古の民
宿に一泊したのち、僕等は拠点を作るコリーとバスコの船を待つ間、スズさんが目星を付けていた場所の一つに来ている。
「ここもオクティアと同じく、雨期には川となります。この近くなら畑作も可能かもしれません」
少し強い風が吹く中、オクティアから五デジィほど離れた海岸の丘の上で、スズさんが荒野を指さした。
ぱっと見た感じでは他との違いはない。
ただし、浄眼で見るとかすかに魔素の光が確認できる。
他の候補地にはなかった現象だ。やっぱり事前にスズさんが言った通り、ここが候補地の本命だな。
「ここも枯れ川なんですね……カレン、よく見つけましたね」
「チャトラに乗って上から見ればわかりますよ。オクティアの隣の枯れ川から別れた筋がここに来ているんです」
カレンが空を指さしてクローリスに補足説明をしている。
オクティアで畑作ができる理由は、枯れ川の底の水か雨期に畑に溢れる泥が関係していると考えられるけど、街の人も具体的な理由を知っている訳では無かった。
かわりに、聞き込みの時に興味深い話が聞けた。
ただ、その話のせいですこし困っているわけだけど。
「あの向こうが源流なんだね。ザート、私まだ竜の墓場ってみたことないから行ってみたいな」
川の源流には竜の墓場があるという話をきいてから、リュオネは機会があるたびに行きたいと言ってくる。
僕とシルトが竜の墓場に行ったときも結構ぐずったし、たまに押しが強くなるよねリュオネ。
「殿下、あれはあくまで言い伝えです。不確実な情報で魔獣が多い内陸に向かうのは危険です」
「危険ならなおさら行くべきだよ。それが狩人伯の仕事でしょ。だよねザート?」
にらみ合ったリュオネとスズさんの視線が僕に向かって突き刺さる。僕に振らないで欲しい。
とも言ってられないか。
「リュオネの言うとおり狩人伯にはこの新天地の開拓における危険を調査、排除する役目がある。内陸にはいつか行かなきゃならなかった。川の源流に竜の墓場があるなら戦いに必要な凝血柱も手に入るし丁度良い」
リュオネの顔がパッと輝き、隣のカレンと一緒に歓声を上げた。
カレンも竜使いとして竜の生態には興味を持っているからな。
「ただし、最優先というわけにはいかない。オクティア首長との話し合いが終わって、陸橋と拠点の基礎をつくってからになる。もちろん安全第一だから、準備をしっかり整えてからな」
コリーとバスコ達を待たせるわけにはいかないから、妥当なところだろう。
「拠点の建設予定地はこの場所で良いと思う。少し内陸を回って近隣の魔獣を狩りながらオクティアに帰ろう」
ガロニスの餌も必要だしね。本当に良く食べるよこいつら。
「それでは、このスクロールに印章を」
夕刻、赤く染まる霞んだ空の下、厚い日干しレンガの壁で造られた首長の館の屋上に僕達はいた。
バスコ隊が操るガンナー軍の軍艦二隻がオクティア港に入った後、僕達はブラディア王国使節団としてオクティアのヴァロフ首長と会談した。
といっても、スズさんが事前交渉を進めていたので会談は粛々と進み、友好条約はあっさりと結ばれた。
ブラディア王国は長城壁の建設と陸橋の使用を許可する見返りに、オクティアは拠点建設を認める。
そして、一番重要なガンナー軍の兵を常駐させ、帝国軍に補給の提供をさせない約束も取り付けた。
今後もこの条件を各港に呑ませ、港をおさえていく事でレミア海を勢力下に収めていく予定だ。
「いや、それにしても一瞬で壁を造ってしまうとは、貴国の法具には驚かされました」
かがり火がたかれる中、皆が座るテーブルの上にティランジア料理が並べられた所で、白く長いあごひげをなでながらヴァロフ首長がため息とともに法具の話題を口にした。
「この様なひなびた漁村では法具はおろか魔道具もろくに使いません。いずれの神の代に造られたものか訊いてもよろしいですか?」
「それは構いませんが、なぜそのような事を訊ねるのでしょう?」
表情こそ穏やかだったけれど、ヴァロフ首長の質問は少し奇妙だった。
魔道具と縁遠い生活を送っているのに、法具が造られた時代なんて専門的な事を普通きくだろうか?
法具の詳細なんて、それこそ法具回収を任務にしている聖遺物騎士ぐらいしか興味が無いはずだ。
リュオネ達も微妙な違和感に気付いたのだろう。
場の空気がわずかに張り詰める。
「お気を悪くされたのであれば申し訳ない。しかしバルド教と対立するブラディアの方々であれば訊ねても良いと思いおたずねしました。恐らくこの問いはティランジアの他の港町でもされるでしょう」
テーブルの上で両手を組み、祈るようにヴァロフ首長がつぶやく。
「それはなぜです? その口振りではティランジア人が法具の由来を知りたがっている様に聞こえますが?」
なにか事情があるのだろうか?
戸惑う僕達に、首長は闇夜に消えつつある水平線を見つめながら、どこかすがるような声で問いに答えた。
「我々の先祖はこの地から撤退するアルバ教徒の殿を務める騎士団でした。先祖は当時のアルバ神様の使徒から、再びアルバ神様が踏む日までこの地を守ってくれと頼まれたのです。以来、我々アルバ人はこの地で踏みとどまりアルバ神様の神具を持つであろう使徒を待ち続けているのです」
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