第18話 神様の記憶の隠し場所


 待て待て、まてまてまて。


「シャスカ? 記憶が無いというのはどういう事なんだ?」


 あまりに予想外の事実に少し間抜けな声が出てしまった。

 他の皆もあまり理解が追いついていないみたいだ。

 皆から注目され、シャスカは居心地が悪そうに癖のある黒髪を指に巻き付けていたけれど、観念したのかつまんでいた髪を離した。


「順番に話すと、我は高位の存在とは言え、数千、数万年の記憶を全て覚えているわけではないのじゃ。お主らとて、己が八歳の頃の一年と成人した今の一年では記憶の重みが違うであろう? 万年の記憶を持つ神もおらぬではないが、彼らは時間の感覚が人間とは違うため、人の立場でものを考える事はせぬ。人の営みに寄り添えるのは我やミコトのように継代し若さを保つ神だけじゃ」



 そうか、同じ神でもあり方は様々なんだな。


「なるほど、歴代の皇帝陛下は産まれてすぐに経典を読むと聞いているが、それは記憶を取り戻すためだったのだな」


 アルンが合点がいったとばかりに頷いているけど、それならうちの神さまはどうなんだ?


「シャスカは記憶もなく神をしていたのか?」


「失礼な、自らを神と自覚する程度の記憶は持って生まれてくるわ。我、というよりアルバの神は生まれ落ち一人で動ける頃になるとウジャト教団に赴くのじゃ」


 憤慨したようにシャスカが鼻を鳴らす。


「ウジャト教団が神像の右眼を奪われたせいで、この仕組みがバルド教に利用されちまったんだ。傀儡になったウジャト教団を訪ねてきたアルバ神はこいつを含め学府の四精霊機関に代々捕まるはめになっちまった」


 ジョアン叔父の言葉にシャスカは苦い顔をした。


「ジョアンの言うとおりじゃ。幽閉された後のアルバ神は使徒も得られず、記憶も戻らないために神界に訴える事もできず、言われるまま奴等の地で開かれる異界門の封印をするためだけに使われておったのじゃ」


 予想外の言葉に場の空気が沈む。神として教団に赴けば、そこはバルド教に乗っ取られて、人としての一生を幽閉されて過ごさなければならなかったなんて。


「まあ、我についてはこやつとフリージアが上手くやったお陰でバルドのくびきから逃れる事ができたがのう」


 二人に向けたシャスカの視線には心からの信頼が込められていた。


「それで、シャスカ様はどういった方法で記憶を取り戻すのですか? 今からでも可能なのですか?」


 アルンが話を戻す。こういうとき空気を読まない子は有り難い。


「うむ、記憶については問題ない。アルバ神歴代の記憶が格納されているのは——その中じゃ」


 悪戯が成功したような笑みを浮かべつつシャスカが指さした先には、テーブルの上に置いていた僕の右手があった。


「神像の右眼の中?」


 皆が驚く中、僕はため息をついた。だろうね。

 この神と対になる神器は文字どおり神の器、ある意味この世界における神と同等とも言える。

 ティルク神のように絶対安全な血族の元に生まれないのであれば、神器の中に情報をしまうのは不自然じゃない。


「むぅ、ザート、もうすこし驚かぬか」


「右眼は俺より使いこなしてるんだぞ? だいたい察していたんだろ」


「何でも自分でしおってからに。かわいげが無い使徒じゃのう」


 不満げなシャスカをジョアン叔父がなだめる。

 今日はなんだかシャスカから駄目だしばかりされている気がする。使徒にかわいげを求めないでほしい。


「神像の右眼は鑑定もするし物質や加工品の再構成もする。これは情報を扱う機能がないと出来ない。だったら情報だけ収納していてもおかしくないだろ? それにシャスカとジョアン叔父の魔人としての身体、魄は神像の右眼の中にあったのに僕は知覚できなかった。だから神像の右眼の中にはまだ僕が知らないものも入っていると想像できる。違うか?」


 こちらの推理を一気にまくし立ててやると、シャスカは目を見張って頷いた。


「ザート、もしかしてかわいげが無いって言われてすねてない?」


 溜飲を下げていると、リュオネに何か呆れた顔をされた。そんな風に見えるんだろうか?


「うん、すねているように見えるよ」


 笑顔で心の声にまで返されてしまった。


「これはすねてますね。ザートは寂しい時は口数が増えます。ついでにちょっといじめっ子になります」


 クローリスが恨みがましい上目遣いでこちらを睨んできた。ちょっと何を言っているのかわからないな。


「二人とも良く見ているではないか。義弟、お前は十分かわいいぞ」


 アルンがニヤニヤとしながら僕らを眺めている。

 場がなんだかむずがゆい。何で僕がいじられなきゃならないんだ。


「とにかく、さっき僕が言ったことが当たっているなら、神像の右眼から代々のアルバ神の記憶を引き出す方法を教えてくれ。それがないとティランジアの騎士団を味方に出来ない」


 満足げに口の端をあげているシャスカ達に向き直り強引に話を戻す。

 むこうもこれ以上話をひっぱるつもりはないようで、一つ咳払いをすると真面目な顔になった。


「うむ。まず記憶を引き出すには使徒の能力がそれなりに高くなければならんのじゃが、まあザートならいけるじゃろう。場所を移動するぞ」


 シャスカは立ち上がり出口へと向かった。

 なるほど、場所が重要なのか。

 部屋を出て少し歩くとシャスカが振り向いた。ここは……


「お主が作ったこの祭壇の上で瞑想するのじゃ」


 シャスカの横にはブラディアの地下やライ山火口にあったのと同じ形の祭壇があった。

 神殿の外側を作った時にシャスカに言われた通りに作ったものだ。

 僕は思わず首を廻らせ、祭壇の前に拡がる空間を見渡した。

 ここで瞑想しろってのか……

 


    ――◆ 後書き ◆――


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