第15話 オクティア港到着


 陸橋をつくる事にも慣れた頃、岬をぐるりと回りこむと眼下の砂漠の中に緑の帯が唐突に現れた。


「あれは畑ですよね?」


 確かに、よくみれば規則正しく畝が立てられている。


「本当だね。水はワジの伏流水をくみ上げてるんだろうけど、植物が生えないはずのティランジアで一体どうやって育ててるんだろう」


 リュオネの言うとおり、ティランジアの土は基本的に植物が生えない。


「ワジの周囲にしか緑がないんだから川が関係しているんだろうけどねぇ」


 ワジの本流は遠くに見える山脈から伸びているみたいだ。

 源流を遡ってみたいけど、ショーン達によればこの辺りの内陸部は野生のワイバーンが多く、ほとんど調査できなかったらしい。

 陸路を行こうにも地を這う亜竜種やイルヤの民がいるから内陸部の事はティランジア人もほとんど知らないんじゃないだろうか。


「オクティアに着いたら首長に会う前に何日か休むから、その間に訊いてみよう。さ、馬車を止めるから降りてくれ」


 オクティアまでこのまま陸橋をつなげる訳にはいかない。

 陸橋や街を囲む長城壁はこちらが拠点を構えるのをオクティアに認めさせる上で重要な交渉材料なのだ。

 ここからはガロニスに直接騎乗して向かう。



「陸路で魔獣に乗って魔物のテリトリーを抜けてきただと? 馬鹿な事を言うな!」


 農地につづく道をたどりオクティアの門につくと、ショーンとおなじ位の年齢の兵士にいきなり絡まれた。

 これまでの道中を思い返す。

 走って亜竜と戦ってメドゥーサヘッドの集落を確認して亜竜と戦ってメドゥーサヘッドと戦って野営して夜襲を受けて……

 うん、よく考えたら普通の冒険者でもやらない行程だよね。行商人がいないのも納得の過酷さだ。


「ザート、こういう時は自分の身分を明かせば話が早いんじゃないですか?」


「あまり大事にしたくないんだけど、どうしたものかな」


 とにかく通さないと言われて仕方なく上に確認しにいった兵士を待つことにする。

 ビザーニャなんかは比較的出入りが緩かったので深く考えずに来てしまった。

 今後は街への入り方を考えなきゃな。


「おーい、その方達は大丈夫だ。ブラディアから来た冒険者だそうだ」


 上の判断を仰ぎにいった年かさの兵士が手を振って戻ってきた。

 そして後ろには見知った顔が。


「……相変わらず詰めが甘いですね」


 苦笑するカレンを隣に従え現れたのは【白狼の聖域】参謀のスズさんだった。



「じゃあ後二日もすればコリー隊が乗ったバスコ達の戦艦も到着するのか」


 オクティアの街並みは日干しレンガで出来た淡い紫色の建物で出来ている。

 建物の隙間を縫うような道を通り抜けた広場の一角にある大きめの宿屋の部屋で、合流した僕達六人は食事をしながら情報交換をしていた。


 聞けばスズさんは三日前にはオクティアに到着して僕達を待ってくれていたらしい。

 予定より二日も早いので、遅れたのが申し訳なくなってくる。


「それにしても、もう首長との会談のアポも取ってあるなんて、さすがスズさんだな」


「先触れであれば普通、です」


 眉間にしわを寄せつつ香草と白身魚のスープを口にするスズさん。


(ねぇ、スズはなんで不機嫌なの?)


(ですよね、いつも以上に怖い顔をしてます)


(あはは……皆さんを迎えに行くべきかさんざん迷ってましたから。仕事としては迎えに行くべきだったんでしょうけど、せっかくの新婚旅行を邪魔したくなかったんですよ)


 なるほど、心配な一方で気も遣うべきか迷っていたのか。

 内緒話をしていたリュオネ達をスズさんが睨んだけど、カレンはどこ吹く風とばかりにへらりと笑い返した。

 小柄だし繊細な外見のカレンだけど、意外と肝が座ってる。

 隣で挙動不審になっているクローリスとは違うな。


「首長にはブラディアの特使として閣下が来ると伝えてありますが、予定通り、バスコの艦が到着してからの方が良いでしょう」


「そうだな。相手は仮にも都市国家。それなりの体裁は整えた方が交渉もしやすい」


 同盟と言えば聞こえは良いけど、実質は属国化だ。

 ブラディアの方が圧倒的に力が上とはいえ、強引に事を進めたくない。

 余計な禍根を残して帝国に内通されてもまずいからな。


「ところであの魔獣はどうしたんですか? すごくおとなしいし乗りやすそうだったんですけど」


 それまでそわそわしていたカレンが我慢できなくなったのか質問してきた。

 やっぱり竜使いとしては使役できる魔獣の存在は気になるんだろう。


「可愛いでしょ。あれはガロニスっていう名前でメドゥーサヘッドの騎兵隊が乗っていた魔獣なんだよ」


「ちなみに肉食です」


 クローリスが目の前の魚料理をみて恨めしそうな声をあげる。

 後で神像の右眼にしまってある肉料理をあげるから、早まってガロニスから魔獣の肉を盗ろうとするなよ? 


 カレンはリュオネ達からガロニスの話を目を輝かせて聞いている。

 あいつらは今、馬とは別に門の外側にストーンウォールで作った囲いのなかだ。

 魔獣の肉を渡した時に門番の顔がひきつってたけど大丈夫かな?


「ティランジアでは馬を維持するコストが高いだろうなって思ってたんですよ。ガンナー軍の騎兵は是非ガロニスを採用しましょう!」


 カレンの言葉に賛同する三人。


「スズさん、うちの騎兵といったらハンナの隊だけど、彼らはガロニスに乗り換えるかな?」


 僕の問いにスズさんは少し険しい顔をする。


「彼女らは馬に愛着がありますからね。今ハンナはジャンヌと共にティルク人の生活する第三新ブラディアを守っていますから、こちらに来なければならなくなった時までは保留でも構わないでしょう。もちろん、拠点に常駐する兵士達が乗るためにガロニスは多く飼育する必要があるでしょうけど」


「そうか。まあ、それ以前にガロニスをどこで捕まえてどうやって調教するか調べなきゃいけないんだけどね」


 さっきの門番の反応からティランジアでもガロニスに騎乗する習慣は無いようだから、手探りで調べるしかないな。

 そんな事を考えていると、スズさんがじっとこちらを見ているのに気がついた。


「ところで、ここに来るまでに拠点の候補地は見つけたんですか」


「すいません、見つかりませんでした」


 地理的な問題だから無かった事について謝る必要はないんだけど、つい反射で謝ってしまう。

 僕の顔を見てため息をついたスズさんは制服の下から一枚の地図を取り出した。


「空からですが、閣下達を待っている間にカレンとおおよその候補地を見繕っておきました。最終決定はご自身で海岸を歩いて決めてください」


「ありがとう、やっぱりさすがだね」


 笑顔で地図を受け取ると、まなじりを下げたスズさんがため息をついた。

 スズさんってなんだかんだいって面倒見のいいお姉さんだよね。

 口には出さないけどさ。



     ――◆ 後書き ◆――

お読みいただきありがとうございます。

気に入っていただけたら是非★評価、フォロー、♥をお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る