第14話 生態系に介入してしまう
照りつける午前中の太陽の下長城壁を造りながら進んでいく。
狩りをして凝血石を補充しながら進んでいるけど、血殻はゆっくりと減り続けている。
やっぱりティランジアを長城壁で結ぶのはコストがかかるな。
「うーん」
「何を難しい顔してるんです?」
御者台でガロニスを操るクローリスが振りかえって訊ねてきた。
色々試した所、ガロニスは騎乗も馬車の牽引もできるのがわかった。
ここティランジアでは馬の資料より魔獣の肉の方が手に入りやすい。
今後は積極的に捕まえて、ある程度馬と入れ換えていこうと思う。
「ああ、今長城壁をつくりながら進んでいるけど、血殻の減りが思ったより激しいんだ。何か節約する方法はないかな?」
「え、それなら陸橋にすれば良いじゃないですか。安全な道を造るのが目的で魔獣を防ぐ必要はないんですよね?」
ちょっとクローリスにドヤ顔されてモヤッとしたけど、確かにそれは正論だ。
海と陸を行き来する魔獣の活動を阻害しないという意味でも連続したアーチでできた陸橋が望ましい。
崩れるリスクはあるけど、仕方ないか。
「皆、ちょっと礼盤の再設定するから適当に休憩しててくれ」
「わかった、終わったら一緒に休もうね」
そういって去るリュオネ達を見送る。
今日皆が着ているのはギレズンではなくよりシンプルなシャロワというワンピースだ。
涼しいからと着ているんだけど、上半身が光沢のあるぴったりとした薄い生地なのでちょっとだけ目のやり場に困る。もちろんリュオネの姿が一番困る。
ちなみに僕もサミズを着ている。理由は当然暑いから。
いつ戦いになるかわからないティランジアでこんな無防備な格好ができるのも、いざという時にはリッカ=レプリカに換装、服が入れ替える事ができるからだ。本当にミンシェンの技術には驚かされる。
「さて、じゃあアーチか」
必要なのは地面に接する基礎石、アーチを造る輪石と要石、その上に積んで道を造る壁石の三種類だ。
ブラディア要塞を造るときに辺境伯軍の工兵科に教えてもらったけど、顕現させた構造物は造ってしばらくは空間に固定されて動かない。
だからアーチを造る上でも一々足場を組まず、上を走るだけで造ることができる。
まるで虹の蛇の上を渡るおとぎ話みたいだな。
そんな事を考えている内に設定が終わった、僕も少し休むか。
「ザート見て、虹が出てるよ!」
胸壁の上に座っていたリュオネの指さす先をみると、確かに丘と渓谷の上に虹が架かっていた。
綺麗なもんだな。
「んー?」
荒れ地の茶色と空の青で疲れた目を虹の色で癒していると、隣の胸壁の上でクローリスが首をひねっていた。
「どうしたのさクローリス」
「リュオネ、この世界では太陽の向きに関係なく虹ってできるんですか?」
「ん? アルドヴィンでは太陽の反対に出てたはずだけど……確かに今太陽が真上なのに虹が出てるね」
言われて見れば確かに妙だな。
「まあ、ティランジアでは当たり前かもしれないし、次の港町で訊いてみるか」
地図の上ではティランジアの都市国家の一つ、オクティアに突き当たる。
連絡役のカレンさんとはそこで落ち合う事になっている。
オクティアの首長が同盟に賛同してくれればいいんだけど。
「団長、海から魔獣が来てるよ」
振り向くとデボラが指さす、長城壁を少し戻った所の沖が騒がしくなっていた。
「あれは……襲われているのか?」
いくつもの小舟に乗ったメドゥーサヘッドが海中に武器を突き込みながらこちらに逃げてくる。
「皆、念のため、」
リッカ=レプリカに……着替えてますね。さすがです。
それぞれの得物をもって武装している三人を見て僕も盾剣をとりだした。
長城壁の上で観察していると、魔物はメドゥーサヘッドにヒレがついたような姿をしているのが見えた。
あれも凋落したイルヤの民の一種なのか。
彼らが戦っていたのはキラーゼーレの大軍だった。
キラーゼーレは大して強くないけど、あれだけの大群に海上の小舟を囲まれれば逃げるしかないだろう。
なんとなく魔物を応援する気持ちでいると、彼らが岸に着くことができた。
けれど彼らの目の前にはさっき僕が造った長城壁が立ち塞がっている。
右往左往するイルヤの民達。
「なんだか申し訳ない気持ちになってきました……」
「大丈夫、もうすこし戻った所にはエンジェルドリスでも通れる穴を空けてある」
そう、海と陸を行き来する魔獣が通れる道を造ってある。クローリスの世界にはそういうものがあるらしいから造った。これならティランジアの勢力図を変えずにすむ。
そう思った矢先、魔物の集団の先頭が黒い影に呑まれた。
海中から巨大なタイラントオルカが突進してきたのだ。
道を塞がれ立ち往生したイルヤの民に海中からつぎつぎとタイラントオルカが突進していく。
集団は瞬く間に呑まれてしまった。
「……ザート、たった今魔物の勢力図が書き換えられたんですけど」
クローリスがぽつりとつぶやく。
うん、そうだね。これはちょっと予想外だったな。
「ま、まあ多少の犠牲は仕方ない。そのうち残りの魔物が学習するさ。それより、せっかく大量の魔獣がいるんだ、倒すぞ! 三人は陸に揚がったタイラントオルカの群れを仕留めてくれ!」
気まずい雰囲気を振り払うように指示をだし、僕は得物を逃して波間を漂っているキラーゼーレに目を向ける。
よし、エンジェルドリスの営巣地でできなかったアレをやるか。
刃を横に倒した盾剣を前に差し出し集中する。
六面を法陣で覆った縦横三十ジィ、深さ十ジィ程度の空間を海上のキラーゼーレにかぶせていく。
やっぱりまだきついな。他に気をくばる余裕がない。
「ぐぅ……レナトゥスの、牢獄!」
気合いで全面の法陣から下位土弾の弾幕を射出。着弾した土弾から発現したロックニードルがキラーゼーレを串刺しにした。
その証拠に海面がみるみる血で染まっていく。
「よし、『収納』!」
血の海を残して物を全て収納しおわると、思わずため息とともに身体を胸壁にあずけた。
目の前で混乱したキラーゼーレの生き残りが沖へと逃げていくけど、追い打ちする必要はない。
浄眼の視界にうつる文字によればキラーゼーレを百十六体仕留めたのだから十分だろう。
ふと視線を感じたので後ろを見ると、ガロニスが馬車ごと身体をこちらに向けてじっと見つめていた。
僕が神像の右眼を使う時はだいたい魔獣を倒している時だ。
その後、死体から凝血骨を分離した残りを餌としてあげている。
ガロニスはそれを学習していたのだ。
「ほんと頭良いよな、お前等……」
なぜこいつらがティランジア人の家畜になっていないのか不思議に思いながら、肉塊をを二つ取り出して彼らの前に出すと、一気に食べ始めた。もちろん、食前のお祈り(頭突き)は必須だ。
――◆ 後書き ◆――
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