第13話【リュオネの手料理】
僕達がメドゥーサヘッドの集団から十分に離れた頃には日がだいぶ傾いてきた。
左に夕日を見ながら整地した上を祭壇を乗せた馬車で走る。
「ザート、二時の方角に良さそうな崖がありますよ」
スコープを覗いていたクローリスが声を上げる。
目だけそちらに向けると、確かに海側が崩れて崖になっている小高い丘が見えた。
「よし、今日はあそこで野宿をしよう」
本来なら竜騎兵隊が作った地図に記してある拠点候補を野営してまわる予定だった。
けれど最初の拠点候補だった廃墟がエンジェルドリスの巣になっていて、メドゥーサヘッドの餌場になった以上あそこは使えない。
次の拠点候補にたどり着く前に途中で一泊する必要があった。
安全な場所というのであれば長城のまわりでも全く問題はないんだけど
「初心忘るべからず、だよ。私たちはただでさえ経験が少ないんだからこういう機会は逃さない方が良いと思うんだ」
リュオネ殿下たっての希望で普通の野営をする事になった。
「よいしょっと」
馬車の後部にたたんでいた幌を伸ばして簡易な天幕にする。
横に布を追加すれば簡易な休息所の完成だ。
普通の幌馬車であれば中で休むだけで済むんだけど、馬車には祭壇が乗っていて、上で寝るには高すぎて落ち着かない。
「ただいまザート」
ガロニスの羽毛を一通り堪能したリュオネが石を抱えて戻ってきた。
風向きを確かめてから見繕ってきた石を積み上げてかまどを作っていく。
リュオネの思う普通の野営って凝血石も体内魔力も枯渇した状態って事かな?
不安に思っていたらクレイで皿を作り始めた。どうやら石積みかまどは趣味だったらしい。
「それじゃザート、ここに食材と水を置いといてくれる? 後はやっておくから」
「じゃあお願いするよ。僕は馬とガロニスに水と餌をあげてくる」
今日の料理当番はリュオネだ。
繰り返そう。料理当番はリュオネだ。
初めてパーティを組んだ一年前を思い出す。
あの頃のリュオネはミレットを水と一緒にかんで食事にする様な子だった。
あの後少しずつ料理を覚えていって、今ではスズさんが泣いて喜ぶほどの腕前だ。
「おーい団長、水があふれてるよ」
デボラの声で我に返って目線を空から馬の前の水桶に移せば、水が溢れて馬が不愉快そうに土をけっていた。
ごめん馬、ちょっと感慨にふけりすぎたみたいだ。餌を多めにするから許してくれ。
「油断した。さて、次はガロニスか。肉食っていう事だけど、なにを食べるんだ?」
「団長の法具にしまってある肉を試していくしかないね」
「そうだな。よし、任せたぞクローリス」
ガロニスをなでくりまわしていたクローリスを呼び、魔獣の肉をひとかたまり取り出して渡す。
「よーしよしよし、キラーゼーレの肉ですよー」
血の滴る肉を目の前の平たい石の上に置いていくのを四体のガロニスは行儀良く動かずに見ている。
やはり家畜としては優秀みたいだな。
ティランジアでは馬じゃなくてガロニスを移動手段にしたほうがいいかもしれない。
「はい、いいですよー」
——「「「「ッパァン!」」」」
クローリスが合図として手を叩くと同時にガロニスの頭突きが肉どころか下の石まで切り割った。
最初の一撃に続き、一口大になるまでガロニスは肉に対して頭突きを繰り返していく。
「……」
「変形した角って、包丁だったんだな……」
「すごいね! 調理する魔獣なんて大発見じゃ無いかな⁉」
いつの間に来たのか、隣ではしゃいでいるリュオネ以外は茫然としている。
とりあえず微動だにしないクローリスは回収しておくか。
ガクガク震えているクローリスの腕をとって起こそうとする。
「大丈夫かクローリス、戻るぞ」
「ザート……」
かがんだ僕の首にクローリスの細腕ががしっとからみつき、容赦なく締め上げる。
安心させようと頭をなでても、僕が立ち上がっても全然離れる様子が無い。
クローリスの身体強化の練度もあがったなぁ、などと思いながら仕方なく足を持ち上げてそのままリュオネ達の所に戻った。
「ちょっと二人とも、剥がすの手伝ってくれない?」
クローリスがまっ赤な顔をしながら腕をほどいたのはリュオネの料理が仕上がる頃だった。
火を囲み、リュオネの料理を前にして座る。
「今日はザクロメジをおき火の中で蒸し焼きにしてみました」
ティランジアの都市近郊で木陰を作る白バショウの葉を開くと、湯気とともにザクロメジの鮮やかな赤が目に飛び込んできた。
「おお、うまそうだねえ」
確かに、リンガベラをはじめとした香辛料の香りが食欲をそそる。
「ピタや焼いた貝のスープもあるからね」
そう言うとリュオネが灰の中から平たいパンを取り出した。
「ありがと、もらうよ」
受け取ってふたつに割って食べる。うん、ザクロメジの塩加減と良くあってる。
「どれも美味しいよ。野営で美味しい食事が食べられるのは嬉しいな」
「本当に美味しいですよ!」
さっきまでガタガタ震えていたとは思えないくらいの良い笑顔でクローリスも二枚貝を入れたスープを食べている。
「殿下はいい嫁さんに……もうなってたか。団長は果報者だねぇ!」
ニヤリとわらって半目でこちらをみるデボラ。
「ああ、良い人を妻に持つ事ができて嬉しいよ」
その含みを持たせた笑みを正面から受けとめてやる。
料理の腕が上手いから良い嫁さん、という訳じゃ無い。
最初は何も知らなかったリュオネが、野営でも美味しい料理は大事だという僕の主張を理解して、料理がうまくなる努力をしてくれた事が嬉しい。
互いの気持ちを尊重するだけじゃなく、理解するための手間を惜しまないでくれたのは本当に嬉しい。
僕自身もそうありたいと思う。
リュオネに目を移して微笑むと、狼耳をペタッと伏せた柔らかい笑顔が返ってきた。
――◆ 後書き ◆――
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