第11話【メドゥーサヘッドの社会性について】


 準備を整えた所で馬にまたがり、僕達はメドゥーサヘッドの集団の追跡を始めた。

 幸いこちらを振りかえる事も無く急ぎ足で進んでいる。

 早く巣の仲間達に知らせて残してきたリマキナを取りに戻りたいのだろう。


 点在する黒い岩の間を縫うように進む一団を見失わないように進む。

 だんだん周囲に岩の数が増えてきて、谷底のような地形になった。


「奇襲を受けそうな嫌な地形だねぇ……」


「そうだな。索敵スキルを使って魔獣にも気をつけてくれ」


 僕が浄眼で周囲を定期的に見ているけど、万が一という事もある。

 それに他の三人は僕と違って索敵のスキルを持っている。

 斥候役じゃなくても使って練度を上げて欲しい。


「あの岩陰、あやしいですね」


 クローリスが指さした先には平たいテーブルのような一枚岩が横たわっている。

 確かに、あの下には魔獣らしき魔力が浄眼で見える。

 歩くに従って甲高い金属がこすれるような音もしてきた。


「私に任せて」


 リュオネが馬を下りたので僕達も止まって様子を見守る。

 リュオネが背負っていた逆鉾を地に突き立て、柄に指をそっと添える。

 すると、リュオネの前にある地面からマガエシの翠の光が音も無く吹き出してきた。


 リュオネがコトガネ様から習った破魔風、という技は広範囲の地面からマガエシを吹き出し、地面の敵の魔素を抜き弱体化させる。

 岩陰の魔力が小さく、ぼんやりとなった所にリュオネが飛び込み、一匹の大きな蛇を鉾にさして戻ってきた。


「みてみて、こんな魔獣だったよ」


 小走りに走ってきて満面の笑みでこちらに見せてくる。

 たしかに見た事のない、人の腕ほどの蛇の魔獣だ。リマキナのような気持ちの悪さはない。


「へー、凶悪な牙をもっているな。さっきの音の正体はこれか」


 蛇の喉の辺りを触ると玉のような感触があったので揺らすとスズのように先ほどの金属音が鳴った。


「本当だ、どうなってるんだろ」


 これは竜騎兵隊が現地民から聞いたクロタロスっていう魔獣だろうな……っと、今は追跡中だ」


「リュオネ、これはしまっておくから帰ってから観察しようか」


「そうだね。他にもいないかな!」


 再び馬に乗ったリュオネは辺りをキョロキョロと見回している。

 ティランジアは植物を見つけるのは難しそうだけど、見た事もない魔獣がたくさんいるからリュオネも退屈しないだろう。


「デボラさん、大蛇の顎の下をなでて笑い合う夫婦ってどう思います?」


「クローリス、返答に困る事きかないで」


 後ろで二人が何かこそこそと話しているけど、索敵に集中してくれないかな。



 そのまましばらく行くと、斜面にできた石造りの街の廃墟が見えてきた。

 その場で馬を下り、遠見の魔道具を使い様子をうかがう。

 斜面の下から上へと見ていくと複数のメドゥーサヘッドが歩いているのがわかる。

 廃墟には魔獣の皮の様なもので屋根が作られていて、ゴブリンなどの魔物の巣、というよりは貧民窟のようだ。


「魔物が数百体は居そうだな」


「普通に火も使ってますね」


「火を使っているどころか屋台で何か焼いてます。ちょっと美味しそう」


 ちょっとまて、なんでそこまで見えるんだ?

 隣に目をむけると、クローリスが肘くらいある魔道具をのぞいていた。


「クローリス、それどうしたんだ?」


 チラリと視線だけこちらにむけたクローリスが口元をニィとつり上げる。


「これは遠距離狙撃用の遠見の魔道具です。まだ試作中なので私しか操作できません」


 なんだその機先を制したと言わんばかりの笑みは。

 確かにちょっと使わせて欲しいとは思ったけどさ。


 まあ、クローリスが屋台を見たというのだから、彼らの世界にも職業というものがあるのだろう。

 思えばメドゥーサヘッドの武器はブラディアの魔物の武器よりかなり洗練されていた。

 そこからある程度推測していたけど、やはりティランジアの魔物の文明度は高いのだろう。

 人数と文明度がわかれば十分だ。


「よし、戻るぞ」


 馬にまたがり、馬の首を返して元来た道を戻る。


「あいつら倒さなくて良かったの? ちょうど斜面だから有利に戦えたけど」


 デボラが僕に馬で追いつきつつも未練があるように後ろを振りかえっている。


「あいつらは社会性がある魔物だ。多分近隣の別の集落とも何らかの交流はしているだろう。テリトリーがあるってことだ」


「私たちがあの集団を倒すと、またこの辺りの魔物の勢力図が変わって、この後に拠点を築いて守る人達が困るって事だよ」


 帰り道では、リュオネに補足してもらいつつ、デボラとクローリスに調査の方針などを説明しながら営巣地に戻った。


「ザート、ここで野営は無理ですよ、ね?」


「団長、ここに奴らが戻ってくる前にとっとと先に進まない?」


 馬を祭壇に繋ぎ直しているとなにやら二人が必死な形相をしている。

 変なことを訊くなぁ。


「臭くて無理だよ、当たり前だろ?」


 こちらが答えるとふたりが露骨に安堵の表情をうかべた。


「良かったー、あの粘液の中で野営するって言い出したらさすがにちょっとアレでしたよ」


 心底ほっとしたという様子でクローリスがため息をつく。

 アレってなんだよと訊いても首をふるばかりだ。


「団長達、さっき蛇と戯れてたじゃない。だからゲテモノの隣で寝ても平気なのかなと思って」


 らちがあかないと思ったのか、デボラが先に理由を説明してくれた。


「え! 私そんなことないよ、普通に嫌だよ⁈」


「いやいやいや! 殿下にはそんな事は考えてませんから!」


 リュオネが抗議すると、デボラとクローリスがそろって首を振った。

 なるほど、消去法で考えると、僕限定で二人とも失礼な事を考えていたんだな。


「ふたりとも、しばらくクリーン無しで過ごす?」


 僕の言葉にクローリス達が青ざめる。

 クリーンは水魔法中位の魔法だけど、練度が高くないとまともに綺麗にならない専門性の高い魔法だ。

 僕は魔力操作の練度でごり押しして使えるけど。

 二人とも緊急時のスクロールは持っているだろうけど五枚も無いだろう。


「ちょっとそれは横暴じゃありません⁈ デリカシーがないですよ!」


「人を汚いもの好きみたいに言っといてなにがデリカシーだ!」


 不毛な泥試合はリュオネがメドゥーサヘッドの大軍を見つけるまで続いた。

 



   ――◆ 後書き ◆――

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