第10話【竜種に関する一考察】



 敵の死体を収納し終わると同時に散っていた皆が戻ってきた。


「大丈夫⁈」


 最初に駆け付けたリュオネがさっきの体液がついてないか、僕のまわりを回ったり身体をペタペタさわったりしている。

 一通り触って無事を確認したら納得したのか大きく胸をなで下ろした。


「よかったぁ。鉄も溶かす体液なんてかすっただけでおおごとだよ」


「本当だよ。あんなのがいるなんてティランジアはブラディアよりよっぽど危険な場所だねぇ」


 デボラも遅れて来てぼやく。

 ティランジアは港のある都市周辺と内陸へと続く街道以外は岩と砂で覆われた砂漠なので、かなりの土地が未開拓だ。

 開拓のために冒険するのは簡単ではないと思っていたけど、予想以上に困難かもしれない。


「それで、敵の正体は何だったんです?」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 収納した死体を鑑定した結果を左手の本に表示させる。


==

・エンジェルドリス(軟竜種・死骸):単為生殖するリマキナを素体にした亜竜。酸液のブレスは範囲は狭いが危険。

・竜の種

==


 飛竜の墓場にくわえて新しい竜種の営巣地もある以上、ティランジアは竜の大陸といえるな。

 ただ気になることがある。

 エンジェルドリスがリマキナを産んでいたかもしれないという事だ。

 鑑定してもわからなかったので推測に過ぎない。

 でも大量の卵があるところに来たことや素体がリマキナであることから十分考えられる。


「敵はエンジェルドリスという亜竜種だった」


「あんな頭をしていたのに竜だったんですか……」


 たしかに単眼で顎がないのだから竜らしくはないか。


「でも地竜だって顎はないだろ?」


「地竜は竜と名前はついているけど竜種じゃないよ」


「え、そうなの?」


 皆が議論している中、一人場から離れ、リマキナの死体の山を見る。

 やはり姿形は似ていない。

 でも、やはりそれでもエンジェルドリスは本質的にはリマキナなんじゃないだろうか。

 姿形、能力が別の生物と言えるほど変わっても、竜種の本質は素体の生物のままなんじゃないだろうか。


 竜の種は子に引き継がれない。

 おそらくこの考えは正しいだろう。

 ワイバーンはいくら育てても子どもを作らない。

 それは素体が増え、その一部が変化した結果彼らが生まれるからなんじゃないか。

 竜種の子は竜種になると無意識に思い込んでいたけど、竜種が一代、その個体限りの姿であるなら色々納得できる。


 そして同時に恐ろしくなる。

 貝の魔獣でさえ竜種になるのだから、竜種というのは、実は恐ろしく種類が多いのではないだろうか?

 

 考えにふけっていると、遠目に見ていた三人が何か動揺するのが見えた。

 浄眼を使うまでもなく、多数の魔物の気配が近づいてくる。


「海側に隠れるぞ!」


 駆け寄ってきた三人と合流してエンジェルドリスが通ってきた道を通り円の外に出て振りかえり地面に伏せる。


「うえ、ベトベトします」


「後でクリーンかけるから黙って伏せてくれ。作ったマントが早速役に立つぞ」


 以前クローリスが趣味で作った色の変わる布は偽装用の装備として採用されている。

 神像の右眼からおもりのついた布を取り出し、シーツのように伏せながら頭からかぶる。

 他の二人に続きクローリスも慌てて引っ張り出してかぶった。


「これ、近くに来られるとわかるんじゃないの?」


「ああ。だけど銃を持っているなら近づく必要はないだろ……来たぞ」


 自然と声を潜めていると、内陸側からつぎつぎとメドゥーサヘッドが顔を出してきた。


「うぇっ、多いですよ? あれ、二十体はいるんじゃないです?」


 シリウス・ノヴァの狩り場での経験から、メドゥーサヘッドは四、五体で狩りをしているようだった。

 それをお考えたらあの集団は明らかに多い。


「リマキナの方に行くね……」


「鑑定の通り、奴らはリマキナを食べるんだな」


 死体にむらがったメドゥーサヘッドは嬉々としてリマキナを丸呑みにしていく。

 でも、彼らの胃袋よりもリマキナの死体はずっと多い。

 メドゥーサヘッド達はなにか相談を始めた。


「あれ、袋だよね?」


「何か急いでるように見えます……」


 彼らはリマキナの死体を背中に背負っていた袋に乱暴に入れていき、入りきらないものは放置して足早にその場を去って行った。

 

「あいつらはあれ以上荷物は持てないだろう。巣まで寄り道せずに帰るだろうから、このまま追いかけよう」


 メドゥーサヘッドの集落の調査をするまたとない機会だ。


「ザート、その前にやってもらいたい事があるんですけど!」


 身体にかけていた布を剥いで丸めていると、クローリスから不機嫌な声が聞こえてきた。


「なんだよクローリス……ああ」


 振りかえると、皆の身体がエンジェルドリスの粘液で汚れていた。

 特に一番のくぼみにいたクローリスがひどい。さっき約束したし、綺麗にしなきゃな。


「悪かった。よく我慢したな」


 クリーンを何度かかけて皆の汚れをとる。

 汚れる事に冒険者はためらいはないけど、感覚が麻痺しているわけではない。

 もちろん僕だって汚いのは嫌だ。綺麗に出来る手段と時間があるならしておくべきだろう。



   ――◆ 後書き ◆――

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