第08話【ティランジア最初の遺跡】

 北門をくぐって長城の上をしばらく進むと、行く手に広場が見てきた。


「団長、ここから坂になってるけど、下りて良いんだよね?」


 馬の手綱を握るデボラが振りかえって訊いてきた。


「ああ。地上から長城を作るから下りていいぞ」


 立ち上がって御者席の後ろにある、祭壇の使用者が座る礼盤に入って操作を始めると、祭壇が通り過ぎた端から坂道がせり上がり長城となっていく。

 規格を統一するため、コリーが設定した長城のサイズは変えない。


「でもこの先で道は途切れるんじゃない? 道が無いところを進んだら祭壇がガタガタ揺れて長城もガタガタになると思うんだけど?」


 虎耳を動かし尻尾と一緒にデボラが首をかしげる。


「そうならないために、祭壇が通る前に人の手で荒く舗装するんです! ですよねザート?」


 クローリス、自信が無いなら最初から言わせてくれ。


「そう、コリー達は土魔法を使って岩をとりのぞきながら路床を作って、その上に祭壇で長城壁を作っていったんだ。ただ、僕は神像の右眼があるからこうする。右をみてくれ」


 そう言いながら僕は右手の荒れ地を浄眼の視界に収めた。


「え、斜面に平地ができた⁈」


 ”視界内にある物を鑑定し、出し入れする”という浄眼の機能を応用して、削った斜面の上に岩を取り除いた土を成型して出した。

 ただ、浄眼は無造作に使えば際限なく鑑定結果を視界に送ってくるし魔素も食う。


「調整がむずかしいけれど、法具を使えばこういう事もできる。法具を使いこなすためのいい練習になるから旅の間ずっとこの作業をしていく予定だ」


 振りかえるとデボラが少し引きつった顔でこちらを見ていた。

 なんでだよ?


「ねぇ、団長っていつもこんな事をしてるの?」


 こんな事?


「そうだね、急いでいる時は別だけど、大体どうすればいろんな技術の練度をたくさん高められるか、っていう基準で作業の仕方を考えてるよね」


 デボラの疑問にリュオネが答えてくれる。

 リュオネに意図を直接言ったことは無かったけど、すでに見抜かれていたみたいだ。少し照れる。


「時々ザートがSなのかMなのかわからなくなりますよ」


 それに引き換えクローリスは人をどういう目で見ているのか。

 お前の中には加虐か被虐しかないのか。


「じゃあ、そろそろ道も尽きるから始めるか。デボラは御者を続けて。僕は道づくりと祭壇の操作に集中するから、手はず通りリュオネとクローリスは索敵と撃退を頼むぞ」


 こうして長城壁をつくりながら僕達はティランジアの荒野を進んでいった。


「リュオネ! レッサードレイクが来ます!」


「わかった、援護お願い!」


 祭壇から飛び降りたリュオネが二時の方角から土煙をあげて来るレッサードレイクを迎え撃つ。


「ファイアバースト!」


 クローリスの魔弾がレッサードレイクの足元に着弾し、そこから一気に爆炎が起こる。

 身体が浮いた亜竜は悲鳴を上げながら転倒した。


「セッ!」


 軽やかに跳躍したリュオネが上を向いた亜竜の腹めがけて逆鉾を突き立てようとするけど、亜竜も尻尾で勢いを付けて素早く起き上がった。

 逆鉾が亜竜の固い外皮にはじかれる。


「リュオネ下がってください!」


 口を大きく開けるレッサードレイクの体勢を見たクローリスが銃身に対して直角についた扇状のマガジンを瞬時にスライドさせて発砲した。

 獲物を丸呑みにしようとした亜竜は目の前に突然出現したロックパイルに驚いただろうが、吸気のブレスは止められない。

 自ら吸い寄せる形でロックパイルを飲み込んだ亜竜はそのまま腹を貫かれた。


「とどめ!」


 先ほどよりマガエシの出力を上げたリュオネが今度こそ亜竜の外皮を切り裂いて首を落とした。

 うん、二人とも危なげなく倒せたな。


「ただいま!」


 ミンシェンが作ったマジックボックスに死体をいれたリュオネがもどって来て祭壇に飛び乗った。

 ここまで馬車は歩みを止めていない。


「大丈夫でした? なにか不手際とか無かったです?」


「ううん、全然! やりやすかったよ!」


 シリウス・ノヴァで連携確認はしていたけど、移動しながらっていうのは初めてだったからな。

 二人とも成果にほっとしているようだ。


「んー、これは負けていられないねぇ……」


 御者席で動きをみていたデボラさんがため息をついた。対抗心に火が付いたらしい。


「デボラはメドゥーサヘッドみたいな魔物が出た時に加わってくれ。その間は手綱はクローリスが握るから」


 対人スキルを多く持つデボラには武器を持つメドゥーサヘッドに当たってもらうのがいいだろう。

 とにかく、色々なパターンの戦いを経験しておきたい。

 未知の領域では何に足をすくわれるのおかわからないからな。


 数度の襲撃を受けたけれど、ほとんどがメドゥーサヘッドなどの魔物か偶々陸に上がっていた海棲魔獣の群れだった。

 危なげなく対処し、今日の野営予定地に着く。


「ここは……廃墟ですよね?」


 太陽が傾きつつある今、地面に下りたクローリスが倒れた石柱をブーツの先で蹴りながら訊ねてくる。


「ああ、シャスカの何代か前のアルバ神が倒したっていうイルヤ神の時代の廃墟だろうな」


 海まで続くなだらかな丘は遠くからみれば普通の丘のように見える。

 けれど、丘の頂上はまるで火口のようにえぐられている。

 多分戦争の際に大規模な魔法が使われたんだろう。

 ここで大事なのはここに草が生えていることだ。


「ちょっと待っててくれ。まず内側を綺麗にするから」


 穴のふちに立って深呼吸し、指輪をした右手を前に差し出して視界を浄眼に切り替える。

 青い視界でみると、穴はうっすらと白く光っていた。


「やっぱり、いくぶんか魔素が残ってる」


 昔モルじいさんに魔砂は古戦場で見つかると教わったけど、魔砂より細かい土に入り込んだ魔素も同様に古戦場に多くある物なのかも知れない。

 今すぐどうこうできる話じゃないけどティランジアに農地を確保するためにはこの問題も解決しなくちゃな。


「さて、それはそれとして調査は始めるか」


 青い視界の中で更に青い立方体、立体方陣を映し出し、土のなかに沈めていく。

 こうすれば神像の右眼に完全に取り込む前に鑑定結果を見る事ができる。

 直後、土の中の遺物の情報が脳内に流れ込んでくる。


「くぁ……ちょっと多いかな」


「ちょっと、大丈夫ザート?」


 めまいでふらついた身体をリュオネに抱きとめられた。

 ちょっと欲張り過ぎたかもしれない。

 足を踏ん張って一度立体方陣を引き揚げる。


「ハハ……ありがとうリュオネ、やっぱり少しずつ回収していこうか」


 ひさしぶりの本格的なトローリングで張り切り過ぎたかも知れない。

 まだ時間はあるし、ゆっくりやっていこう。


「……ん?」


 立体方陣を急に引き揚げた拍子にいくつか回収したもののなかに気になる文字を見つけた。


「卵の……殻?」



   ――◆ 後書き ◆――

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