第02話【シリウス・ノヴァでの新しい生活(2)】

 港から陸にむかうとコリーが坂を階段状に削って家の土台を造っていた。


「お疲れコリー、もうほとんど出来てるじゃないか」


「あ、団長帰ってたんだ。自分達も住むところだからって元【クレードル】の人達が手伝ってくれたからな。今は団長が出しておいた材料をつかって家を建ててるよ」


 坂の上を見てみれば、完成した土台の上にこの辺りの丘から掘り出した、白色の光帯層と灰色の石木層の基石でできた家がいくつも出来ていた。

 土魔法を使って作業しているのは元冒険者の人達だ。エンツォさんが【クレードル】に所属していた人に声をかけたらあっというまに集まってしまった。

 さすが面倒見の良さに定評のあるエンツォさんだ。


「丁度良いからクランハウスに寄っていこう」


 コリーと別れて湾に沿って伸びる灰色の石が敷かれた道を進み、横長の五階建ての建物に入った。

 一階は倉庫になっているので直接二階に入る階段を上る。


「あら、ザート君おかえりなさい」


 ティランジアのゆったりしたワンピースのギレズンを着こなしたフィオさんに迎えられ、エンツォさんのいるホールの先にある広いカウンターに向かう。

 酒を出す場所のはずなのに書類が置いてあったり、まるでギルドのカウンターみたいだ。


「ザート、戻ったか」


「ただいまマスター。もう内装も仕上がっているなんてすごいね」


「そっちが外装を用意してくれたからな。それに、引っ越しも二度目となると手際も良くなるもんだ」


 犬歯を見せて笑うエンツォさんの機嫌はよさそうだ。

 昔の仲間が集まってくるんだから当然といえば当然か。

 この建物はグランベイの商会倉庫のように船荷を入れておく狩人伯直轄の建物だ。

 第三新ブラディアのシリウスと同じく管理はエンツォさんに任せることにした。


「エンツォさん、元クレードルの民兵の方々から何か不満は出ていますか?」


 スズさんに訊ねられ、ウルフェルをジョッキに注ぎかけたエンツォさんの手が止まる。

 

「スズさんに言っても仕方ないんだが、沿岸部は魔素が無い土地だから魔獣がでなくて張り合いがない、とこぼしている奴等がいるな」


 なるほど、募集の要件に腕がなまってない人って書いていたから血の気の多い人が多いんだろうな。

 ブラディアより強い魔獣が多いティランジアで自衛してもらうために必要な条件だったからしかたないけど。


「その人達にはもうすぐ出番があるから待って欲しいと伝えておいて」


 立ち去ろうと踵を返そうとした僕達をマスターが呼び止める。


「まてザート、ウルフェルを飲みたくて寄ったんじゃないのか」


 ゴトンという音とともにジョッキが二つ置かれた。

 ちょっと飲んでけという圧を感じる。


「酒の匂いをまきながら視察なんてできないよ……あ、ちょうどいいところに」


 ビーコの世話が終わったのか、アルバトロスの三人にウルフェルを押しつけてその場を後にした。


「すぐ飲ませようとするんだから油断も隙もない……じゃ、スズさん次の場所に行こうか」


「はい、では一度坂を登りましょう」


 坂を登りきると、半島の尾根にでた。

 この場所は有事に敵が登れないようにツルツルにしているけど、普段は不便だから木の板と柵を設置している。

 風に気をつけながら半島の根元に目を向けると、半島の付け根から少し北側によった崖の上に白く大きな列柱に支えられた青いドームが見えた。


「皆、ただいまー」


 柱の間を通り、南に向かって開かれた大扉から入るとティランジアとおなじ白と紺のタイルが敷き詰められた床が広がっていた。

 壁だけで天井はなく、右側の水路を廻らせた庭園に明るい光がさしている。


「タイルってもう出来てたんだ。コリー達は仕事が早いな」


「……その奥までできあがっています。シャスカ様がどうしても、と」


 歯切れの悪いスズさんの言葉で察してしまった。


「なるほど、ミコト様が帰る前に自分の立派な神殿を見せておきたいと駄々をこねたんだな」


 噂をすれば、中庭の奥から軽快なサンダルの足音が聞こえてきた。


「どうじゃザート! 我の神殿は美しかろう!」


 褐色の手足を伸びやかに動かし、短衣をまとったシャスカがジョアン叔父とフリージアさんを伴ってやってきた。

 腰に手を当て胸を反らすシャスカに思わず毒気を抜かれてしまう。

 でもそれじゃだめだ。言うべき事は言わないと。


「うん、よく出来ていると思う。で、これを造るのにコリー達は何日寝なかったんだ?」


 この建物の神殿部は【白狼の聖域】も【ガンナー狩人伯】のどちらも必要としない、純粋にアルバ教、ウジャト教団のために造ったものだ。

 それを優先するなんて神さまとはいえ公私混同というものだろう。


「う、なんじゃその目は。いっておくがあやつらを酷使などしておらんぞ⁉ 喜んで作業しておったぞ!」


 怒られる気配を察したのか何やら言い始めた。

 隣の二人に顔を向けると、ジョアン叔父が首にかけている神像の左眼の革紐をいじりながらため息をついた。


「確かに、ティルク神様に披露するからってコリー達は張り切ってやったし、俺らも徹夜はさせてねぇ」


「え、それならなんでこの神殿全部完成しているのさ?」


 コリー達がいつのまに成長してたとか?

 首を傾げている僕に対してフリージアさんが親指で後ろを指した。


「全部は完成してない。神殿部を優先するかわりに狩人伯の居館はほとんど手を付けてないんだ」


「せ、選択と集中というやつじゃ!」


 悪い事をしたという自覚はあるんだろう。シャスカの腰は若干引けている。

 うん、まあシャスカへの説教は後でするとして、とりあえず今夜僕はどこに泊まったら良いんだろう。

 




    ――◆ 後書き ◆――

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