第01話【シリウス・ノヴァでの新しい生活(1)】

〈於:シリウス・ノヴァ〉


 ティランジアの春は短く、柔らかく霞んでいた空の色はもう夏の色だという深い青に変わりつつある。

 柔らかい風の中で挙げたリュオネとの結婚式がついこの間とは思えないほど変わってしまった。

 もちろん、僕はティランジアの気候に詳しいわけじゃない。

 知っているのはビザーニャとここ、シリウス・ノヴァだけだ。


「ガンナー閣下」


 竜騎兵隊の詰め所から出てきたスズさんの声に意識を呼び覚まされる。


「大丈夫、海の戦艦を見ていただけだから。寝てないから」


 スズさんの一件冷たく見える切れ長の目が全くの素であって実はそこまで怒っていないとわかった今でもつい言い訳をしてしまう。

 部下に萎縮する貴族というのも格好が付かないから早めに直したほうが良いよな。

 なにより素で振る舞っているのに怖がられてはスズさんも良い気がしないだろうし。

 目を伏せて軽くため息をつくスズさんをみて思う。


「ブラディア本土と何往復もしてお疲れなのはわかりますが、これから現場の視察に行くんですから顔を引き締めて下さい。結婚式を挙げて呆けている場合じゃありませんよ」


 黒い耳をピンと立てたスズさんから厳しい声が飛んできた。

 前言撤回。

 やはり怒ってらっしゃる。


「気をつけるよ。だから団長って呼んでくれ。身内に閣下とか呼ばれると落ち着かないよ」


 右眼の指輪からビーコのブレスを少しだけ出して周囲の空気を冷やす。暑さでゆるんでいた意識を強制的に醒ます。


「で、新しく編成した竜騎兵隊の運用はうまくいきそう?」


 岬から港にでる階段を下りながらスズさんに訊ねる。

 アルドヴィン海軍からイエローワイバーンを鹵獲したため、ブラディア王国のワイバーン部隊は規模を大きくした。

 僕達【白狼の聖域】の竜騎兵隊もそれは同じで、イエローワイバーン四体からなるカナリア隊の編入により数が倍増している。


「そうですね。ブラディア本土との連絡移動網として運用する体制は整いました。これまでの数分の一の時間で移動ができますよ」


 僕達【ガンナー軍】は第三審ブラディアにゾフィさん率いる文官と、ティルク人を守るジャンヌ隊、ウィールドさん・ミンシェンがいる技術開発部を置いている。

 そして元領都だったブラディア要塞にマーサさん率いる冒険者組とシルト、それにハンナ、オットー、ポールが率いる皇国組の一部を置いている。


 自らの領地を手に入れるためにティランジア開拓に着手する僕達だけど、彼らとの連携は必須だ。

 これからティランジアに城塞都市を増やしていけば必然的にこちらに置く兵力も増えるだろうけど、アルドヴィンとまた交戦する事になれば最低限の守備兵力を残して本土に向かわなければならない。


 そして兵を輸送するには艦隊がいる。

 ブラディア艦隊と皇国艦隊はレミア海を掌握するために動いているため協力はあおげない。

 だから独自の海軍兵力を持つ必要があった。


「おう、団長、とスズ参謀殿」


 沖で帆を張る訓練をしている戦艦を眺めていたバスコがこちらに手を上げてニヤリと笑った。

 それに併せてスズさんが顔をしかめる。

 ガンナー軍の方針で、身内で呼ぶ時には氏ではなく名前で呼ぶ事にした。プライベートと呼び名を変える手間を省くためだ。

 上下関係に厳しいスズさんはいい顔をしなかったけど、バスコやエヴァは面白がってスズさんやスズ参謀と呼んでは怒られている。


「どうバスコ、新しい船に不具合は無かった?」


「まったく問題ないぜ。ってか新造艦も同然だ。よく修理できたな」


 バスコがため息とともに真っ白な帆を張る二隻の群青色の帆船に目を向けた。

 あの二隻の戦艦の正体は、僕が神像の右眼の力で復元したアルドヴィンの戦艦だ。


「魔力の通る経路が傷つくから二隻しか復元出来なかったけど、材料はまだあるから、順次増やしていくよ。新しく募った新兵の訓練はどのていど進んでる?」


「そうだな……船を動かすだけならもう俺たち無しでも出来るが、戦闘となるとな……」


 新しい戦艦の乗員はバスコ小隊だけでは当然足りないので、居住区のティルク人と冒険者組から人を募ったのだ。


「まだ海戦をする可能性は低いから確実に教育してほしい。畑を広げるとか他にしてもらう事もあるしね」


 しばらく話した後、バスコ小隊の隊員が来た所で話を切りあげその場を後にした。


「ここが他国の商船などに見つかる前には仕上がって欲しいものです。後二隻、三隻は欲しいですね」


 冗談かと思って振りかえると、そこにはいたって真面目な顔で愛用の革張りのファイルに目を落としているスズさんの姿があった。

 神像の右眼の中で船をくみ上げるのって大変なんだよ? 結合するのにもバカみたいに凝血石を使うし、足りない部品は一から作らなきゃいけないし。

 鬼かな?



    ――◆ 後書き ◆――

お読みいただきありがとうございます。


第八章、新たな舞台はティランジア。まずは以前に用意した後、隠ぺいしていた拠点を再整備する所からはじまります。


未開の地開拓、新しい魔獣との戦闘、そして発掘……

八章では色々する予定ですが、まずは搭乗人物達の新しい生活の様子を楽しんでいただければ幸いです!


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