閑話【アルドヴィン南方戦線(3)】



 夕刻を待つ色あせた青空に向かい砂ぼこりや煙が舞う。

 旧リモージュ領の農村地帯、かすかな緑で色づいた灰褐色の大地で煙を上げて沈黙しているのはアルドヴィン軍のブリュー砦だ。


「もとより要衝ではないとはいえ、あっけないものですなぁ」


 オーギュと共にくつわを並べて進むペルセドが防御柵の残骸をながめながらつぶやいた。


「砦の兵よりもそこから荷を運び出す兵の方が多かったのです。アルドヴィン兵に初めから防衛の意思はなかったのでしょう」


「よほどこの荷が大事だったのでしょうな」


 ペルセドが目尻にシワをよせて笑う。

 手にあるのは弾丸。

 自軍の斥候が持ちかえったアルドヴィンの荷の中身だった。

 がれきの隙間から見えてきた土塁と木で作られた柵門を見てオーギュはかすかに笑う。


「アルドヴィンが鹵獲を恐れて銃を最前線に出さなくなったため得る事は諦めていましたが、収容所で銃の弾丸を製造していたのだとすれば我々にとって僥倖です。今後は積極的に収容所を開放していきましょう。弾丸の製造方法がわかるかもしれません」


 ティルク人収容所が弾丸製造の拠点であるのなら、まだ敵陣にある収容所を急襲すれば弾丸か、あるいはその製造方法、更には銃本体が手に入るかもしれない。

 南方諸侯連合にとっては願ってもない朗報だった。


 柵門の前でオーギュ達は部下とともに馬をとめ、そのまま下りた。

 目の前の柵門の隙間から見えるのは老若男女、種も様々な獣人達の集団だ。

 アルドヴィン軍はこの砦を放棄する際、ティルク人の報復を恐れて封鎖したようだ。


「我々はリンフィス諸侯連合軍です。代表者と話をさせてください」


 オーギュが端的に要件を伝えると、群衆の中から一人の老いた虎獣人が突き出されるように前に出た。


「代表をしているファン……だ」


 下を向き膝を突く虎獣人はとても後ろで彼をにらみつける群衆の代表には見えない。

 しかし、構わずオーギュはファンに問いかけた。


「そうですか。我らはこの柵門を開く事はできますが、貴方達はこの後どうしますか?」


 穏やかだがよく通るオーギュの声に応じて顔をあげた柵の向こうの老人は探るような目を向けてきた。


「我らはブラディアを併呑したバーゼル帝国とアルドヴィン王国の戦いに巻き込まれた被害者だ。どちらの国にも生きる場所はない。願えるなら貴方の国に住まわせていただきたい」


 思わぬ返答にオーギュは思わずペルセドと顔を見合わせた。


「アルドヴィン王国と戦っているのは王国となったブラディアです。バーゼル帝国ではありませんが、貴方達はそう教えられてきたのですか?」


 オーギュの問いかけにはため息がまじっていた。

 目の前のティルク人らが皇国軍の保護を拒んだ集団だというのはわかっていたが、今の言葉で彼らがアルドヴィン側の何者かに騙されていた事が察せられた。

 ファンの顔が後悔とも羞恥ともとれる感情を表しなにか言おうとしたが、たちまち後ろからの罵詈雑言にかき消される。


「やっぱりあの商人に騙されてたじゃねぇか!」


「だから皇国軍についていかないのかってきいたのに!」


 それまでの疑念がオーギュの言葉で裏付けられたからか、ティルク人達はファンを一斉になじり始めた。

 しばらく続いた非難の嵐がおさまると、黙って見守っていたオーギュ達の前に一抱えほどある木箱が五つ運ばれてきた。


「私はロベールともうします。我々はアルドヴィン王国にこれをつくらされていました」


 本当の代表者らしい壮年の猫獣人が開けた箱には小指の先くらいの棒がぎっしりと詰まっていた。


「ご存じかもしれませんが、これは銃の弾丸です。我々が差し出せるのは隠し持っていたこれくらいですが、どうか閣下の国につれていってください」


 ロベールにあわせて群衆が一斉にひざまづいた。

 その態度にオーギュは首をかしげた。


「ブラディアでは今も皇国軍に保護されたティルク人難民が生活しています。我々はブラディア王国と同盟を結んでいるので船で行き来もしています。貴方達は別れた同胞と再会したくはないのですか?」


 少なくないティルク人を船で移送するのは手間ではあるが、難民保護を主導している皇国軍の白狼姫とガンナー伯に恩をうるため、オーギュは最初から船を出すつもりでいた。

 しかし返ってきたのはティルク人達の困惑の表情だった。


「その……我々はそこのファンに騙されていたとはいえブラディアにむかった者達と決別しております。今さら顔を合わせてもお互いうまくはいかないでしょう。それならばいっそ新しい場所で暮らしたいのです」


「……イグニスカン将軍、こやつらは連れ帰っても使えませぬぞ」


 戦場以外では快活な笑みをうかべているペルセドが無表情のままオーギュに忠告する。

 オーギュにもそれはわかっていた。安きに流れ、自分達の非から逃げている彼らを連れ帰るメリットはない。

 彼らが弾丸の製造法をしらない事も、弾丸を差し出した事から察する事ができる。製造方法を知っていればその自分自身を売り込むはずだからだ。


「決別という話ですが、貴方達の中に家族と別れたものはいますか?」


 穏やかなオーギュの問いかけに群衆の中からちらほらと少なくない数の手があがってきた。


 しかしそれを見たオーギュはたちまち憤怒の表情になり、その燃え上がった怒りを隠す事なく群衆に無言でぶつけた。


「お前達は意見を違えたといえ、家族との再会より見栄を選ぶのか!」


 魔術士然としたオーギュに似つかわしくない本物の炎のようなオーギュの怒気と轟雷のような怒号にティルク人達は顔を伏せ手足をこわばらせた。


 オーギュは数秒、怒気とは対照的な凍てつくほどの視線をティルク人達に向けていたが、おもむろに怒気を収めた。


「港までは護衛をつけます。その先は好きにすればいいでしょう。我々にとって貴方達は不要です」


 まだひれ伏しているティルク人の群衆に言い放ち、後の事を控えていた腹心に任せ、オーギュはその場を後にした。


「将軍、どうせブラディアまで送るのに、なぜあのような妙な言い回しをしたのですかな?」


 後ろを歩くペルセドに訊ねられ、オーギュは足を止めずに少し振りかえった。


「自分が何を欲し、誰に欲されているのか考える機会を与えたつもりです。我々にとっての彼らはガンナー伯に恩を売る商品でしかありません。その商品が言葉一つで”まし”になるのであれば言わない理由はないでしょう?」


 いつもの快活な笑みで己の言葉を聞いているペルセドに対して肩をすくめると、オーギュはみずからの馬の鐙に長靴を乗せた。 



    ――◆ 後書き ◆――

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