第03話【シリウス・ノヴァでの新しい生活(3)】

 開き直るシャスカを神殿の入り口に残し、左手に開かれた柱廊に向かう。

 崖に沿った柱廊の奥に進み、神殿を迂回し、その裏側にある居館に入ると、そこにあるのは僕が造った通りのむき出しの壁、なんの彩りもない灰色の壁、仮で作った簡素な階段だった。

 途中見た祭壇の装飾の豪華さと比べると一層寂しさが感じられてしまう。


 無言で神殿入り口まで戻った。


「な、なんじゃ。我の判断はまちがっておらぬぞ!」


 やはり引け目は感じているらしい。

 目を向けると不安そうな顔をしている。


「まあ、言いたいことはあるけど、シャスカ達はどこで寝泊まりしていたんだ?」


 兵舎、ではないだろうからエンツォ夫妻のところだろうか?


「なんじゃ、奥まで見ておらんかったのか。生活するのに支障が無い様にそれぞれの居室は整えてもらっておるぞ」


 なにか期待外れのような顔をしたにシャスカが肩を落とした。

 

「シャスカ、なにか企んでないか?」


「よいよい、どうせお主も今日からここに住むのじゃ。あせらず先に視察を済ませてくるが良かろう」


 ヒラヒラと手を振るシャスカに不信感を覚えたけど、問い詰めるタイミングも逸したのでおとなしく従うしかない。

 でも絶対なにか隠してるよな。


「まあ、考えてもしかたない。丘を下って星形城塞に行くか」


 神殿の前の斜面に広がる伸びをする。

 眼下には一面、穂が出る前の若いオーツ麦の畑が広がっている。


「うん、きちんと育っているな」


 株の一つを抜いて手に取ってみる。

 まだ茎は頼りないけど、麦の株はしっかりと根をはっている。


「ええ。ですが、悪い報せがあります。近隣で採取した土に作物の種を植えてみましたが、水があるにもかかわらず発芽しませんでした。やはりティランジアの土地が荒れているのは水不足の問題ではなく魔素の不足が原因のようです」


 そうか……それはちょっとまずいな。

 荒れ地は魔砂が不自然なほどなく、浄眼で見ても一切光がなかった。

 僕が魔砂を採った土地でも浄眼の精度を上げれば淡く光る事を考えると、荒れ地には微少な魔素すらなく、そのために植物が生えない可能性が高い。


 これからブラディアがレミア海を掌握するためにいくつも自活できる植民都市を造らなくてはならない。

 ワジがあるから井戸を掘れば水は得られるけれど、微少な魔素を土に与える方法を考えなければ。

 全ての植民都市にブラディアの土を蒔いてまわるわけにはいかない。


「ビザーニャは貿易都市だけど、郊外には畑もあったはず、他の街も似たようなものだ。魔素が残っていた場所に都市を造ったのか、なんらかの方法で魔素を蒔いたのか少し調べないとな」


 今後についてスズさんと話しながらオーツ麦の畑の間の塹壕の切れ目をぬう様に下りていく。

 畑が尽きた先には平らにならしておいた台地があり、建物が既にいくつも立っていた。


「半島の市民が農地に城外の農地に向かう道が貫通していますが、星形城塞の内側は基本的にガンナー軍が使用します」


 外側に突出している各陣地から伸びる道は城塞の中央広場で交わり、そのまわりを兵種ごとに分けた兵舎が囲っている。

 広い敷地を生かしてほとんどの兵舎を平屋か二階建てまでに収めている。

 その中でも一際多い建物の後ろに回るとワイバーンが食事をする光景が広がっていた。


「今後増えるワイバーンのために、竜舎の敷地はかなり広くとりました」


 独立戦争では空からの爆撃の有効性が実証されたため、ワイバーンの重要性と危険性はさらに高まっている。

 そのため僕達はスカウトのため、ティランジアに点在する飛竜の集落にバシル達を派遣している。


 竜種を繁殖させる事は難しい。

 基本的にはどの竜種を操る集落でもショーンの出身地のように捕獲した上で飼育する。

 それを繁殖させ増やるようにしたのだからアルドヴィンの学府の能力は恐ろしい。

 

「だぁんちょー!おかえりー!」


 竜舎ではボリジオの随伴兵だったアマンダがイエローワイバーンに餌をあげながら手を振っていた。


「ただいまアマンダ。ウノーと仲良くできてるか?」


 海戦中に鹵獲したワイバーンにウノーと名付けてアマンダはかわいがっている。


「ごらんのとーりだよ。良好良好ー」


 差し出された練り餌を器用に舌で絡め取って食べていたウノーがこちらを見て、くるぅ? と鳴き、首をかしげた。

 可愛い。

 多分まだ若い個体なんだろう。

 わからない事の多い新種のワイバーンなので、魔獣が専門のメリッサさんに研究してもらっている。


「メリッサ特務中尉は今どこにいますか?」


「あ、今だと竜騎陣地にいますー」


 竜舎からみて一番近い星形城塞の突端部が竜騎陣地だ。


「メリッサさんいます……うぉっ⁉」


 陣地内にあるメリッサさんの研究棟のドアを空けると魔素をともなった風が吹き付けてきた。

 スズさんと急いでリッカ=レプリカを展開する。


「危ないじゃないですか、急に入らないで下さいよぅ」


 出迎えたのはメリッサさんではなく、魔素に満ちた空気、瘴気内でより長く活動できるように改造したリッカ=レプリカを着たエヴァだった。


「こんなところで何してるんだエヴァ?」


 見た目は白衣を着た医者なんだけど、ところどころにのこるシミが禍々しい。

 クリーンの魔道具があるんだから使って欲しい所だ。


「ううーん、メリッサの共同研究者ってとこかしらぁ?」


 白衣解剖台の上にあるメドゥーサヘッドの腕を持ち上げて妖艶な笑みをうかべるエヴァを見て、スズさんが苦々しい顔をする。


「メリッサ特務中尉が竜種の繁殖について研究するために薬学、解剖学に通じているエヴァの協力を頼んだのです」


「私が得意なのはクスリとごうも……解剖だけじゃないわぁ。異界門事変で団長がやって見せた魂魄の再反転についても研究中よぉ」


 今拷問って言おうとしたよねこの人。

 人間関係を壊さないために拷問担当者は身分を隠すのが常識なんだけど、隠す気ないのかな?

 

「あ、ガンナー様! 帰る日を教えていただけたらお迎えにあがりましたのに」


 それまで僕達に背を向けて作業をしていたメリッサさんが急にバタバタと駆け寄ってきた。

 集中して僕達に気付いていなかったんだろう。

 集中するとまわりが見えないメリッサさんの性格はもう把握している。

 そして、なぜ僕を迎えに行こうとしたかもわかっている。


「ガンナー様、ツノヘビの死体をまたいただけますか?」


 遠慮がちな上目遣いとは裏腹に、メリッサさんの目は早く出せと訴えかけてくる。


「もう実験で使い終わったんですか」


 空いている解剖台の上にとぐろを巻いた五メートル程度のツノヘビを出しなが訊ねる。


「はい! 大事に使って、問題ない所はカナリア隊のウノー、ドース、トレス、カトーに平等に食べさせました!」


 うーん。骨はあげていないし、神像の右眼で分離しない限り竜の種も顕現しないみたいだから良いけど、共食いさせ続けたら何が起こるんだろうか。ちょっと怖いな。


「そういえば、まだ魂が残っている状態の肉体をたべさせた事はなかったわね。団長、今度瀕死の竜種をとってきてくださる?」


 顎に人差し指を当て上目遣いをしてくるエヴァ。

 やめてくれないかな。エヴァの見ため以前に、竜種に生きた同族を食わせてみようという発想が怖いよ?



    ――◆ 後書き ◆――

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