第69話【結婚式とウジャトの花】

 丘の上から眺める空の青は鮮やかで、かすれた筆致の白い雲の下に形を風に乱された綿の様な雲が見える。

 今日は暖かい日だけど、空を飛ぶなら防寒装備は必須だな。

 ビザーニャとブラディアの間を何度も行き来したお陰で、僕は空をみるだけで上空の冷たさをわかるようになってしまった。


 あの後、バーゼル帝国西部方面軍は儀礼的なあいさつだけして帰って行った。

 国境を接している彼らとは地理的に敵国である事はかわらないので当然のことだろう。

 皇国艦隊は再編され、ヒラフとマロウの遺体を皇国に運ぶ船団はムツ大使の信用する船員を乗せて白牛湾に錨を降ろしている。


 ブラディアに攻め込む海軍戦力を失ったアルドヴィン王国は迅速にブラディア王国と休戦協定を結んだ。

 けれど、オクタヴィアさんをはじめとする南方諸侯は休戦の申出を蹴り、今も南部アルドヴィンの領土を着々と削り取っている。

 アルドヴィン王国はしばらく彼らの対応に手一杯になりそうだ。


「リュオネを助けに来たときにはつぼみが多かったのにな」


 足元で咲き誇る、手の平ほどの六花弁の花を見つめる。

 一年中花を咲かせるウジャトだけど、今の季節が一番花の盛りらしい。

 薄紅色のおしべを囲む六枚の花びらは、光を受けると右手の指輪の宝石と同じブルーモーメントに輝く。


 さきほど美しく復活した神殿でご満悦のアルバ神様が言うには、花の名前を由来として教団はウジャトを名乗ったらしい。

 使徒としてはどちらのウジャトも栄えさせるつもりだ。

 白牛湾の皇国の船が帆とは別に大きな布を広げ始めた。

 多分皇国旗だろう。

 今僕が着ているのは、銀糸で刺繍された濃い赤のティランジアの正装だ。

 ビザーニャの首長から贈られた豪華な婚礼衣装を見て彼らも僕だとわかったんだろう。


「もう少し経てばリュオネが来るからちょうどいいか」


 リュオネとの出会いからまだ一年と経っていない。 

 にもかかわらず僕は、リュオネが生まれた時から側にいたんじゃなかったかと時おり錯覚する。

 それほど彼女を受け入れているし、自惚れかもしれないけど、彼女も同じだと確信している。


 かけだし冒険者の宿で食事後に僕に話しかけてきた少女は少し強引だった。

 法具を守るため孤独でいようと決めたのに、凜としてなお感情豊かな彼女と過ごす時間が心地よく、いつの間にか拒めなくなっていた。

 ティルク人を救いたいという情熱を支えたいと思ったのは自然なことで、クランを立ち上げて目標に向けて進むうちに家族を失ってから胸にあった空虚さも消えていた。

 そして今日の婚礼で新しく家族になってくれた彼女にはいくら感謝してもしきれない。

 そんな感傷を抱いていると、後ろから声をかけられた。


「おまたせ、ミコト様にしてもらってた儀式は終わったよ」


 振りかえった瞬間、白と蒼の基石で復元した歩廊の上に立つリュオネに目も呼吸も、全てを奪われた。


 蒼と金で刺繍された純白のギレズンをまとい、金糸の刺繍で飾られた純白のアリアヴェールが丘の風にあおられるのを押さえながら立つリュオネは、不敬ながら二柱の神さまより女神らしい。

 額には僕の母さんが婚礼の際につけたというヘッドドレスの青い石が輝いている。

 その姿をみて無意識につぶやいた。

 家族になってくれて、ありがとう。


「ザート? どうしたの?」


 疑問の言葉に反して何かを期待するようなリナルグリーンの瞳を見返すと、自然と頬がゆるんだ。 


「太陽の下で見るリュオネも綺麗だな」


 瞬間、リュオネの頬には紅がさすけれど、彼女はけっして目を逸らさない。


「ありがとう、ウジャトの花の中にいるザートも素敵だったよ。しばらく見とれてた」


 向けられる幸せな笑顔には、疑いのない信頼が見て取れる。


 しばらく重ねた身体を離すと、おもむろにリュオネはかがみ、ウジャトの花に顔を近づけた。

 じっと目をこらすリュオネの姿に出会った頃を思い出す。


「それも未来の庭に加えようか」


 リュオネの隣にしゃがみ、二人で選んだ株をナイフでそっとすくい上げる。

 未来の庭でこの花を見るとき、僕らはきっと今の気持ちを思い出すだろう。


「この花は特別だね。まだまだ増えていくんだけど」


「たしかに。きっと庭というより森になるだろうな」


 これから先のことを思うと、二人でつい苦笑いしてしまった。

 けれど、二人とも嫌だとは思っていない。

 むしろ楽しみでしかたないんだ。

 リュオネと寄り添いながら、蒼く光る花の群れと、その先にある双金牛の都を眺めていた。


「……のう、おぬしらいつまでそうしているつもりじゃ?」


「……もしかしてそのまま夕日までみるつもりやったん?」


 ふりかえればそこには蒼一色のトガをまとって半目でこちらをにらむシャスカと、皇国の衣をまとったミコト様の姿があった。

 さらに後ろには立ち会ってくれたエンツォ夫妻が控えている。


「まぁねぇ、気持ちはわかるのよ?」


「でも、集まってる下の奴等の事も考えてくれよ?」


 多分散々地下の神殿の中で待った上でしびれ切らしてでてきたんだろう。

 二人の顔にはちょっと疲れが見える。


「あの、僕らって、どれだけここにいました?」


「下を見てみりゃわかるだろ」


 エンツォさんが指さす崖から二人であわてて近づいてみると、着飾った姿の皆が広場全体に散らばってだらけていた。


「あ、クローリスがこっちに気付いたよ」


「まずいな、すぐに降りようか」


 指をさすクローリスに続いて次々とこちらを見る皆の声がこっちまで聞こえてくる。


「まあ待て、ここで慌てても今更じゃ」


「ゆっくり降りたらええよ。皆の声に耳を澄ませてみて?」


 階段の前にたった僕らは落ち着いて下の声をきいてみる。

 聞こえてきたのは数々の祝福の声で、文句なんて一つもなかった。


「まあそういうわけだ。転ばないようにゆっくり降りていけ」


「あらためて、二人ともおめでとう」


「ありがとうフィオさん! 行ってきます!」


 宿から見送るようにヒラヒラと手を振るフィオさんと後ろで笑うエンツォさん達にお礼をいって振りかえる。

 一際声が大きくなる中、リュオネと僕は微笑みうなずき、彼らの待つ広場へと続く階段を降りていった。


【七章エピローグに続く】


    ――◆ 後書き ◆――


ようやく主人公とヒロインが結婚しました。

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