第68話 ザートに遺されていたもの
喧しい嵐が式の段取りの相談をするために別室に入った瞬間、大きなため息がでた。
こっちに残ったのは男ばかり。
必然的に男側が式に向けてやる事を相談する場となったので、話ができるバーカウンターに移動する。
僕がカウンターに入って改めて皆の飲み物を用意した。
つまみは皆が好みのものをさっきまでいたテーブルから持ってきている。
「疲れた……」
「今からそんなでどうするよ。結婚式本番なんてこんなもんじゃねぇだろ?」
ショーンが呆れながらナッツをつまんで白く濁った蒸留酒のストゥラクを飲む。
「祝福されたのは純粋に嬉しかったさ。でも休戦になったとしても、やっぱりのんびりとは準備できないよ。そもそも戦った後の処理自体まったく手を付けてないんだから」
「そういうのはある程度は文官や幹部が受け持ってくれるだろ。というか、ザートがやるより早く終わるんじゃないか?」
「うぐ……まあ、確かに」
ショーンの指摘は間違っていない。
僕だって学がないわけじゃ無いけど、数えで十六歳でしかない僕とゾフィーさん達とでは経験に差がある。
急場の今は任せてしまった方が良いのだろう。
自分の分の果実酒をグラスに注いで一口飲む。
「他に何か心配事はないのか?」
デニスが食べやすいようにカットしたフルーツをとりわけて茶色い粉をかけながら訊いてくる。
フルーツにもドワーフの土(岩塩)かけるの? いいけどさ。
「さっきシャスカが言っていた神殿の修復かな。どうせなら神殿を整えて、そこでミコト様達に結婚の契約を見届けてもらいたい」
「でもバルド教徒はどうするよ? 丘の上の神殿を建て直すなんて派手な事をすればシャスカの事がばれるんじゃねぇか?」
ショーンが言っているのは魔弾を作っていたバルド教の施設にいた教徒の事だろう。
サティの話ではあそこはもう稼働していないらしい。
あそこで働いていた獣人達も、すでにシリウス・ノヴァに避難している。
「下から見てばれなきゃ良いんだ。今までの経験から神殿は丘の地下に埋まっているか、最初から地下に作っているんじゃないかと思ってる。式が邪魔されなければ後でばれても平気だ。実際見てみなきゃわからないけど」
「ふむぅ、なら丘の下調べはわしがしておくぞ」
「じゃあ俺は知り合いにこっちで調達できそうなものを調べとくぜ」
二人に感謝すると、自分達の予行練習に丁度良いと返された。
「あと立会人を頼まなきゃな」
「そりゃエンツォ達だろ。バーベン伯爵とか他の六爵がやりたがるだろうが、ジョージはまだ結婚してねぇし、こういうのは一般人にやらせる方が角が立たねぇ」
ジョアン叔父の言葉に他の三人もうなずいている。
一瞬で決まってしまった。
「あと皇国式でいくなら必要なのは家に伝わる宝飾品だな。俺の場合は……」
小さなグラスについだホウライ酒を飲み干したバスコが急に言いよどんで周りを見回した。
ショーン達も首をふるだけだ。
そうか、バスコ達にはちゃんと話してなかったか。
「ええと、たまにジョンさんの事をジョアン叔父って呼んでたから気付いていたかもしれないけど、僕は元々はジョンさんと同じアーヴル伯の一族なんだ。冒険者になったのは、両親を亡くした後に世話になった一族に迷惑をかけて追放されたからなんだよ。家伝のものは、持ってないんだ」
困ったね、となんでも無い事のように笑いながら口にしたけれど、自分の言葉に改めて己の境遇を思い知らされる。
どれだけ強くなっても、爵位を得ても、赦されても、家を興しても、味方になる血族が周りに一切いない喪失感は埋められない。
両親が死んだ時、ウェーゲン家を継ぐのが誰なのか決まっていなかったから、家伝の品は全てマザーが管理していた。
その後僕が追放されたから家伝の品はすべて妹にいったはずだ。
仕方が無いこととはいえ、やっぱりリュオネには母が付けていたものを贈りたかった。
場がしずんでいた所で、それまで黙っていたジョアン叔父が部屋付きの従業員からもらってきた酒瓶を手に戻ってきた。
北方の蒸留酒か。カウンターの中にないからって宿の人に無理言ったな。
「それなら安心しろ。ヴェーゲン家の品なら預かったままだから早く取りにこいって、ロターで会ったマザーから伝言を預かってるぜ」
「え?」
戸惑いつつ、差し伸べられたジョアン叔父の手に氷の入ったグラスを渡す。
うけとったジョアン叔父は何でも無いことのように水割りを作り始めた。
「マザーと二人で会った時に言ってたろ? ”戻りたいないら戻れる”って。あれは追放が本心じゃ無かったんだから家伝の物もまだ預かっているって意味だったんだと。マザーもそういう所は不器用だよな」
妹の結婚の時は、マザーが母親代わりとして父方の遺産から必要なものを持たせたので問題ないらしい。
わかりづらいよな、と笑いながらジョアン叔父はグラスを傾けた。
「マザーがお前のために預かっていて、お前に渡すって事実が大事なんだ。わかんだろ?」
「わかるよ。物が問題じゃないって事でしょ?」
落ちていた財宝を拾ってもその家を継いだことにはならない。
だれかが認めてはじめて一族と認められる。
家伝のものはその象徴にすぎない。
「だからまあ、リュオネの嬢ちゃんにはちゃんと渡せるもんがある。シルバーウルフっていう姓の一族を作るっつっても、俺らとの繋がりこみでアシハラの一族とお前は付き合っていけるって事だ」
なんと言ったらいいか分からず、僕はただ頷くしかない。
ちょっとこの気持ちを言葉にするには時間がかかるみたいだ。
向こうの扉から一際大きな歓声が聞こえてきた。
その中に混じるリュオネの声をきいて、さっきまで感じていた後ろめたさが消えていた事に気付いた。
――◆ 後書き ◆――
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