第70話【七章エピローグ……?】

——(結婚式五日前。ブラディア王国、王城)



「狩人伯……ですか?」


 結婚式の準備をしつつゾフィさんとスズさんから戦争の処理について報告という名の教育を受けているなか、突然リザさんから呼び出しを受けた。

 最上階の部屋でリュオネを中央にして、なぜか一緒に呼ばれたクローリスと待っていると、やってきたリザさんから開口一番、新しい爵位の名を告げられた。


「そう。戦後の報奨について父様や引退した重鎮の人達とも相談したんだけど、今回の戦争でザート君の働きはとても大きかったわ。でもどれだけ武勲をあげても、敵前逃亡は帳消しにはできない。たとえリュオネちゃんを助けにいくためでもね。だからごめんなさい、領地を与える事はできないの」


 自分のせいだと思っているのか、隣でリュオネが肩をすぼめているけれど、僕は静かに語るリザさんの話に黙って頷く。

 領地が得られない事はあの戦いの時に覚悟していた事だった。

 けれど最悪、爵位も剥奪されると思っていたのにどういう事だろう?


「順番に話すと、まずアルドヴィンとの休戦が確定したわ。私たちと同盟を結んだ南方諸侯連合軍が南部アルドヴィンへの侵攻を強めたから。海軍をほぼ失い、陸の兵力も二正面に割けないアルドヴィンは不利な条件でも休戦せざるをえなかったの」


 なるほど、アルドヴィンはそれだけあの海戦にかけていたということか。


「休戦協定のなかには、バフォス海域におけるアルドヴィンの拠点の明け渡しも含まれているわ」


 リザさんが手に持った扇子でテーブルに広げられた地図の上をなぞる。

 つまりバフォス海峡は実質、南方諸侯連合とブラディアの連絡水路になったのか。これならもうレミア海側で侵攻を受ける事はないな。


「そうなると、海軍にだいぶ余裕が生まれますね?」


 右手に持った扇子を左手に乗せたリザさんの目が怪しく光った。


「我々ブラディアは、今レミア海が空白海域になっているのを奇貨として制海権を掌握します。既存の都市国家とは同盟を組みますが、彼らを監視する意味でも軍艦が入れる港をもった海上要塞を作り、帝国に備えると同時に本土が陥落した時の逃亡先を確保します」


 僕達三人は一瞬息を呑んだ。

 まさか女王陛下という立場にもかかわらず、リザさんが敗戦の場合を口にするとは思わなかったからだ。


 同盟というけれど実質属州化だ。

 ティランジアのレミア海沿岸にある都市国家でブラディアと敵対する兵力はない。

 それどころか、彼らは交易を断つだけで干し上がってしまうだろう。


「ところで【白狼の聖域】はティランジアにシリウス・ノヴァという拠点を長城の法具で建設したわね? しかも自活できるほどの農地もつけて」


「ええ、作りました」


 やっぱり僕らが海外に拠点をつくったのは知られていたか。

 話の流れからおおよその予想はついていたけど、名前と方法まで知られているとは。

 リュオネの向こうにいる第一容疑者に顔を向けると露骨に顔を逸らされた。

 とにかく、これで僕の役割が理解出来た。


「つまり、僕らに狩人として、最前線に拠点をつくるための橋頭堡をつくれ、というわけですね」


 ご明察とばかりに扇子を開いて微笑むリザさんに乾いた笑いを返す。

 ティランジアの魔獣は基本的に内陸部にしかいないけれど、その代わり強い。

 僕はティランジアのメドゥーサヘッドを始めとした強力な魔物・魔獣を思い出してため息をついた。


「あ、あのですね……これって私も行かなきゃだめです?」


 既存の資材でどれくらい拠点を維持できるか、地図を見ながら考えていると、隣でクローリスがおずおずとリザさんに話しかけていた。


 けれどリザさんは和やかに笑った後、無言で視線を僕にむける。なるほど、僕から話せと。

 けど、僕はだまってついてこい、とかいう柄じゃない。

 僕が目配せすると、リュオネは心得たとばかりにうなずいてくれた。


「クローリス、この”依頼”は私達【プラント・ハンター】が受けたんだから、ティランジアには三人で行こうよ」


「リュオネ、それで良いんです? 新婚旅行には絶好の機会じゃないですか」


 なぜだか泣きそうになっているクローリスの頭をなでながらリュオネは首をかしげた。


「久しぶりに三人で冒険が出来るんだよ、クローリスは嫌?」


 グランベイを拠点にした夏の日を思い出す。

 今が嫌というわけじゃないけど、しばらくあの日々の続きをすると考えると、自然と顔がゆるんだ。


「嫌じゃない! 嬉しいです!」


 抱き合う二人の様子を慈しむようにしばらく笑っていたリザさんがおもむろに背筋を伸ばしてこちらを見据えてきた。

 自然と僕ら三人の表情も引き締まる。


「王家が持つ長城の法具は、同盟の見返りとして都市国家に長城を建設するために使います。その間に【プラント・ハンター】には新規に海上要塞を建設する事を依頼します」


 依頼というけれど、実質伯爵への王命だ。

 でも僕はギルベルトさんのような完全な家臣じゃない。

 今回の海戦で報奨がないのはわかるけど、部下のためにも、今回の王命もただ働きというわけにはいかない。

 僕がだまって次の言葉を待っていると、リザさんはふっと目を和らげた。


「建設した要塞都市とその周辺は狩人伯の領地と認めます。それが対価では足りませんか?」


「いえ、十分です」


 リザさんの問いかけに今度は違う意味で沈黙した。新しい都市国家すべてを領地とするなんて十分すぎる。

 今回の報奨を与えられない分の補填だとしてもまだ多い。


「貴方たちはそれだけの力を持っているという事よ。魔獣を駆逐し、新たなブラディアの拠点を作って頂戴」


 こうして僕は国家となったブラディアにおいて、狩人伯と名を変えた新たな辺境伯となった。





    ――◆ 後書き ◆――


エピローグまでお読いただきありがとうございます。

結婚式前にこういうやりとりがあり、ザート達は新たな土地で冒険者を続ける事になりました。

むしろここからは新しい作品といっていいかもしれませんね。


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