第63話【祭りの後】
ミコト様からの話が終わり、豪華な晩餐とともに一同が大いに湧いた一夜が明けた。
レギア=アルブムの最高の寝具の中で目覚め、バルコニーから朝焼けを望み、ミコト様の部屋に皆で集まって食べる朝食は格別だった。
そして僕達はふたたび湾の入り口で労働に励んでいる。
「うぉぉ、朝だと一際さみぃなぁ」
「竜使いの耐寒装備を付けていてもこごえるぞ」
アルバトロスの二人と震えながら氷の上に鉄のくさびを打ち込んでいく。
昨日以上に足元の氷がまぶしい。
「ザート、まだ人が増えてるんですけどほっといて良いんですー?」
クローリスが指さす先には旧市街地側から出てきた見物人がパラパラと見える。
こっちはあまり人がいない新市街側だし、ジャンヌやエヴァが睨みを聞かせているから人は入ってきていない。
氷原の上を進む帆船は珍しいから近くで見たがるのも無理はないけど、危ないからやめて欲しい。
冷たい水って最悪落ちた瞬間死んだりするんだよ?
僕のせいで人死にが出るなんて勘弁してほしい。
「対岸で作業しているタチアナさんに知らせてあげてー」
両手で丸を作ってかけていくクローリスを見送る。
あいつが氷の隙間に落ちたりしないだろうな。
「おーい、鎖巻き終わったぞ!」
バスコの声に手を振り、手元の鎖に魔力を通す。
「皆、外側に避難してくれ!」
鎖にそって扇状に広がったメンバーが鎖の外側に出た事を確認し、始まりの合図をする。
リッカ=レプリカのシリンダーから取り出した血殻柱を片手に持ちながら小さく万法詠唱を唱える。
発現させた魔法が手元の鎖を通じてくさびへと伝わっていく。
熱せられたくさびは次第に氷に沈んでいき、頭も見えなくなった。
竜の墓場でミズチを倒した時のように、氷の中に鉄の茨を広げていく。
『イーロン・スリザス』
最後に発熱させるけど、目の前のくさびはなかなか赤熱しない。
熱した側から氷が冷やしていくからだ。
それでも段々とくさびの周りが水に変わり始めた。
ここまでくれば十分だ。
「ハンナ!」
「おう!」
——ゴ。
身体強化をして赤い光を帯びたハンナが、新しくさした大きなくさびの上に巨大な鎚を振り下ろすと、ちょうど鎖に沿う形で氷がきれいに割れた。
「ビーコ、引っ張ってー」
オルミナさんの指示に従い氷を離れた海岸に運ぶビーコの背中を見てため息をついた。
さて、一息つくか。
「ザート、進み具合はどう?」
陸地組が用意してくれた暖かいマルド・ミルクで冷えた身体を温めていると隣に座っているリュオネが進捗を訊いてきた。
「昨日よりは早いかな。海水が温かいからどんどん氷が薄くなっていくし。ただそろそろ氷がもろくなりすぎてビーコが運ぶのが大変になるかも知れない」
「ワイバーンのブレスで一気に溶かせないかな」
カップに息を吹きかけ氷原を眺めながら、結構過激な事をつぶやいている。
リュオネさん、たまに力業で物事を解決したがるよね。
「ワイバーンの火球は調整がきかないから氷を突き抜けるんじゃないかな。そうなった場合、海水が一気にお湯になってはじけるからちょっと、いやだいぶ危ないな」
「うーん、それじゃ帝国の人達みたいに魔法で溶かしていくしかないかぁ」
「神像の右眼があれば話は早いんだけど、ジョンさんに渡したままだしな」
僕はビザーニャに来る際、敵の増援が来た時のためにジョアン叔父に神像の右眼を渡したままで来ている。
それを押してもリュオネを助けに来たかった。
その事を知ってか知らずか、リュオネがパタンと尻尾を振った。
この休憩が終わったらハンナと交代するのが嫌なのかもしれない。
こんなに暖かい尻尾をしてるのに寒いのは苦手なんだな。
「団長?」
「なんですスズさん」
ゆっくりと近づいてきたスズさんの顔がなにか怖いんだけど。
いや、怖いのはいつも通りか。
「近いです」
真顔になってドスのきいた声で事実を指摘してきた。
確かに僕とリュオネはほぼ隣でミルクをすすっている。
さらに言えば僕は以前は触らせてもくれなかった白銀の尻尾に巻き付かれている。
もっとも、リュオネが寒いからと言ってどんどん近づいてきたんだけど。
「近いですけど?」
気恥ずかしい気がしないでもないけど開き直って聞き返すと、スズさんは上を向いて、彼女には珍しくあーと唸りだした。
「確かに私も認めましたけど、ミコト様から許しも得たかもしれませんけど、それでも少し周りを見て下さい」
最後は諦めたのか投げ槍気味に嘆いて首を廻らせた。
……うん、確かに皆見てるね。
晩餐で僕がリュオネに求婚して恋人になった事を知らせた時、男性達からは今更かよ、という言葉を、女性達からは詳しく話せ! という言葉を浴びせられ、さらにミコト様の許しも受けていると告げると、晩餐は大騒ぎの祝宴に変わった。
調子にのって高い酒を宿に勝手に注文して飲みまくっていたけど、二日酔いの様子もないのはさすがというべきだろうか。
「というわけだから、リュオネ、ちょっと離れようか?」
さすがに周りのニヨニヨとした視線を感じながら休憩するわけにもいかない。
——クルリ
僕の腰を包んでいた白銀の尻尾がサラリとひかえめな音をたて、僕の身体に巻き付いてくる。
「あの、リュオネさん?」
至近距離でリュオネに顔を向けると頬をゆるませた無垢な笑顔で首をかしげられた。
……だめだ、かなわない。
今まで態度に出せなかった分を取り返すかのように恥じらいつつしっかりと近づいてくるリュオネを振り切れるだろうか無理。
「というわけだから、エヴァ、ちょっと駄目っぽい」
「駄目っぽいのは団長達です!」
はい、ごもっともです。
その後、キレたスズさんを前にさすがに反省したのか、リュオネもおとなしく離れてくれた。
離されて冷静になると、恥ずかしさが待ちかねていたかのようにどんどんこみあげてくる。
ちょっとリュオネの誘惑に対しては、策を練らなくてはいけないな。
まだ高鳴る胸を鎮めつつ、温くなったマルドミルクの残りをあおった。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
主人公達がこうなるのもある意味時間の問題だったというべきかもしれません。
控えめな甘さを感じていただけたなら幸いです。
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