第64話【もう一人の神さま、到着】

 マルドミルクの入ったカップをあおった拍子に見えた空にワイバーンの影が見えた。

 あれは……カレンさんのチャトラかな?

 降りる場所を探しているみたいだ。

 ワイバーンは……氷とは相性が悪そうだからこちら側の陸地に誘導するか。

 信号弾を撃つと、気付いたのか、チャトラが翼を一つはためかせた。


「我が来たぞ!」


 神さま、先に降りたフリージアさんに抱き下ろされての名乗りである。

 こうしてみるとやはり姉妹か親子にみえるな。


「シャスカ、出発前のロターはどういう状況だった?」


 とりあえず心配している事を第一に訊く。


「むぅ、我を歓迎する気持ちがみあたらないのじゃが?」


 口をとがらせて抗議する神さまの明るい表情を見れば、ロターでの戦闘が上手く収束したとわかるけど、直接聞くまでは安心できない。


「心配すんな。陸は敵の大将も捕虜に出来たし、海の連合艦隊も無事だ。完全勝利で沸き立ってるぜ」


 ジョアン叔父がはしごを降りながら答えると、右手を突き出してきた。

 差し出した手の平に、ポトリと青い石の指輪が落ちる。


「久しぶりに使ったが、よくもまあそんな物やら魔法やら溜め込んだまま戦えるもんだ。こっちはしんどくて腕もあがらねぇよ」


「空っぽに比べれば体内の魔素を多く使うけど、腕は関係ないでしょ」


 再会を喜ぶシャスカとリュオネ達を見ながら指輪をはめる。

 ん? 少しだけだるい。それこそなにか腕が重くなっている気がする。

 もう経路は十分に回復しているはずなんだけどな。


「ジョンさん、これすごく中身が増えてない?」


 僕の言葉にしてやったりとばかりに笑うジョアン叔父。


「土産を詰めておいたぜ。ここに来る前に、連合艦隊の一部が生き残ったアルド兵の救助に行ったのさ。それを手伝った時についでに海底をさらってきた。余計なものは取り除いてあるから安心しろ」


 最後の言葉はジョアン叔父の笑顔をかすかに曇らせた。

 その様子を見て僕も目を伏せて黙祷する。

 願わくば死後の魂が転生まで一時の安らぎを得ることを願う。

 目の前の神さまはそういう事はしないらしいからただ願うだけだけど。


 さて、アルドヴィンの戦艦の残骸なら砲弾とかが期待できるな。

 雑な造りでも素材として使えるだろう。

 けれど、そんな楽観は浄眼にうつった項目を見て吹き飛んでしまった。


 ……

 アルドヴィン艦隊の残骸×二十八

 アルドヴィン船上砲砲弾×一万五千

 法具用凝血石×五万ディルム

 神器「八天蓋」(破損)

 神器「阿天」(対剣「炮帝」欠損)

 ……


「五万ディルム……」


 おもわず口の中でつぶやいた。

 皆の前なので平静を装ったけど、総毛立つとはこのことか。

 ジョアン叔父を復活させる時に僕達【白狼の聖域】が備蓄も含め、必死にかき集めた全凝血石が一万ディルムだ。

 それなのに、海軍の一作戦行動に持ってきた凝血石の量がその五倍。

 軍港に行けばその何倍の物資があるのか。

 そして主力である陸軍にはその何倍の物資があるのか。


「これは、大戦果だね」


「おう。逆にいえばこんだけの相手に完勝したんだ。誇って良いと思うぜ」


 投げやりなため息をつくこっちの内心を知ってか、ジョアン叔父は破顔して強く肯いた。

 確かに、叔父の言葉は励ましの言葉ではあるけれど、一面の真実でもある。

 これだけの物資を持つ相手にも勝てると証明できたのは大きい。


「これ、ザート! ティルクがこの街に来ているなら言わぬか! すぐに会いに行くぞ!」


 二人で真剣に話していると、空気の読めない子その2が笑顔でこちらに駆けてきた。

 よほど嬉しいのか僕の腕を振り回してくる。その様子を見ていると文句を言う気も失せてくる。 


「神像の右眼も使えるようになったし、手早く片付けるか」


 休憩している皆より一足先に氷の上に立ち、レナトゥスの刃を出した盾剣を氷に突き立てる。

 レナトゥスの刃から石を氷の中に排出しながら横に引くと、その跡に石と氷の混じり合ったものができた。


「よし、思った通りだ」


 収納、排出は神像の右眼という異界とこの世界の物質の行き来だ。

 収納はともかく、排出に関してはこの世界の物質がある場所にも出来るんじゃないか、とロターでのジョアン叔父の神器の使い方を見てから考えていたのだ。

 そのまましばらく刃を氷の中に走らせて、氷に格子状の模様を描いていった。


 出来た模様に沿って皆で氷を叩いていき、出来たきれいな四角形の氷をできた側から収納していく。

 これだけきれいな氷の板だ。何かに使えないだろうか。


「これ、ザート! 氷なぞ拾っておる場合か! 早う行くぞ!」 


 使い道についてあれこれ考えていると、再び空気の読めない子その2が駆けてきて僕を引っ張り始めた。

 今度はリュオネも一緒だ。


「ザート、シャスカも待ちきれないみたいだし、早く行こう?」


 そういってシャスカとは反対の側に立ったかと思うとするりと腕をからめてきた。


「む? お主ら以前より仲良くなっておらぬか?」


 僕をはさんでのぞき込んだシャスカがいぶかしむように僕らを見てくる。

 ん? 皆シャスカに教えていないのか?


「僕ら、婚約したんだけど、聞いてなかったか?」


 その瞬間シャスカは驚愕の表情のまま凍り付いてしまった。



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


空気の読めない子その1はおわかりですね?


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