第62話【皇帝からの許し】


 これまでの経緯を話し、なんとか皆の誤解をといた頃にはミコト様はすっかり皆となじんでしまった。

 もしかしたらさっきの悪戯は皆の緊張をほぐすためだったのかも知れない。


「この子がアルンの妹、ユミガネのおじさんの二番目の子なんやねぇ。おじさんの事は残念やったけど、こないなまっすぐな子に育ってウチも嬉しいわぁ」


 年齢に不釣り合いなくらい慈しみ深いまなざしに、ソファでとなりに座っているリュオネも笑顔でうなずく。


「じゃあリュオネにもウチのおまじないをあげんとねぇ」


 微笑んだミコト様はそのまま少し背伸びをしてリュオネの頭に手の平を乗せた。

 一瞬の淡い光がリュオネを包み、すっと消えていく。


「ミコト様、今のはなんですか?」


「ザート君がシャスカから受けてる加護と同じよ。あ、でもごめんなぁ? 皇族みんなで分けているからその分弱いんよ」


「そんな、いただけるだけでも十分光栄ですから!」


 慌てて手を振るリュオネを見ながら自分の身体を確かめる。

 僕、シャスカの使徒になってから何か変わったか?

 帰ったら聞いてみるか。


「それにしてもティルク神様が皇帝であらせられたとは……しかしそれなら歴代の皇帝を名前だけ変えて務めてこられたということか?」


「どうなんだろう? それを言うならなんで皇帝になっているのか、という所から疑問が出てくるんだけど」


 ジャンヌと僕が小声でそんなやりとりをしていると、ミコト様と目があった。


「ところで、リュオネとアルンと、あとザート君、ちょっと別室にきてくれへん?」


 急にすっと席を立ったミコト様の後を二人が着いていく。

 


「ほら、呼ばれたなら行ってきなさいな」


 わけがわからず戸惑っているとエヴァが背中を叩いてきた。

 皆をみても頷くだけだ。

 理由は知らないけど、主上の言葉には従えということらしい。

 仕方なく僕もリュオネ達がむかった部屋に入る。


「三人とも、そっちに座ってな」


 リュオネと僕は戸惑いつつソファに座る。


「さて、話の前に、ザート君」


「はい」


 何の話かはわからないけど、先ほどまでのふわっとした様子では無いミコト様の真面目な表情に、背筋を伸ばして答える。


「リュオネに求婚したのは本気なん?」


「……ええ。本気です」


 冗談でそんなことしません。

 神さまでも怒りますよ?


「で、リュオネも求婚を受けた、ということでええの?」


「は、はいっ、喜んで受けました!」


 慌てすぎて嬉しい事まで答えてくれたリュオネに、それまで厳しい顔をしていたミコト様がクスリと表情を崩した。

 横で聞いていてどんな顔をしていいのかわからなくなる。


「ん。なら、これからする話を二人、それにまだ相手はいないけどアルンにも聞いてもらおか」


 他の二人とともに居住まいを正す。


「まず、ザート君はシャスカの使徒やからしっとるかもしれんけど、ふつう、神の身体に寿命はないんよ」


 それは聞いていた。シャスカは異界門事変の時と比べて幼くなっているけど、それまでは何百年とアルドヴィンに同じ姿で軟禁されていたらしい。


「けどな、ウチには寿命があるんよ。しかも数十年しかなくて、再生するには人から生まれてくるしかあれへん」


「それは、なぜですか?」


 シャスカが神像の右眼に入っていたから分かるけど、神さまは魂魄ではない、解析できない何かでできている。

 それなのに、人から生まれてくるなら、少なくとも身体である魄は人のものなんじゃないだろうか。


「多分ザート君は見当がついとるんと違う? 神にも人でいう魂魄があるけど、ウチの場合は魂しかないんよ。この身体はエンデの家の父様と母様の子として生まれててん。人の魄やから寿命があるし、本来のあり方では無いから数十年しかいきられへん」


 ミコト様は少し寂しげな顔をして微笑む。


「そして考えてみて? 自分の子どもが産まれたら神さまでしたなんて、簡単に受け入れる親なんてそうそうおらんと思わん?」


 確かに、それは難しいかも知れない。

 自分の子どもが畏敬の対象だったなら、それはとてもやりづらいだろう。


「そこを一族で受け入れてくれたんがアシハラの一族なんよ。皆が皇族として受け入れてくれるおかげで皇国を、ティルクを安定して治める事ができとる」


 ありがとうと言うミコト様に二人が恐縮して頭を下げる。


「で、ここからが本題なんやけど、もしウチの身体がこの先死んでしまったら、アシハラの夫婦の誰かの子として生まれてくる。つまり二人から産まれてくる可能性、そしてザート君がウチの父親になる可能性が出てくるんよ。三人にはそれをわかっとって欲しい」


 うん、結婚したら当然子どもの事も考える。

 けど皇帝陛下のミコト様の親になる、なんて、普通に子どもを持つ事以上に重責のある話だ。

 となりの二人もことの重大さに固まってしまっている。

 それに、男から見れば光栄に思えるかもしれないけれど、母になる女性から見れば複雑な思いだろう。


「あ、もちろん避ける方法もあるんよ? ウチが生まれ変わるまでの間子作りを控えてくれたらそれで避けれるから」


「こ、子作りって……」


 ミコト様が回避する選択肢も提示してくれる。

 重くなった場の空気を変えるために言ってくれたんだろうけど、おかげでリアルな想像をしてしまった。

 リュオネが赤面して両手を頬に当てる隣でアルンが髪をいじっている。

 僕も気まずいことこの上ない。


「ええと、ミコト様、ここに呼ばれたのはお願いしていた例の件とばかり思っていたのですが?」


「今ザート君にしとる話がその件なんよ? 二人ともまだみたいやったから今聞く事になってしまったけど」


「アルン姉さん、お願いしていた件ってどういうこと?」


 リュオネのどことなく険の混じった声に、アルンがきまずそうに目を逸らす。


「あー、皇族の結婚には主上の許しが必要なのは知っているだろう? だからその、可愛い妹のためにだな……」


「もしかしてそのためにミコト様に無理を言ったの? もう信じられない!」


「リュオネ、ちがうんよ、ウチが復活したシャスカに会いに来たのも大事な理由なんやから」


 怒りかけたリュオネだったけど、ミコト様に諭されて再びソファに腰を下ろした。


「そう、話が途中やってんな。許しなんて大仰な事にしとるけど、反対する事なんてほとんど無いんよ。この約束はティルクとアシハラの関係を知ってもろて、その上で結婚してもらわな申し訳ないというウチの我がままなんよ」


 微笑みうつむく顔と伏せたまつげが、アシハラという一族に守られなければ育つこともままならないティルク神のはかなさを表しているように見えた。

 この神さまを責めたり、避けたりはしたくない。

 僕はリュオネに目を向けると、リュオネはうつむいて恥じらいを見せつつも、目をしっかりと見て頷いてくれた。


「その話を聞いても、僕のリュオネと結婚したいという気持ちは変わりません」


「もしミコト様のお母さんになったらしっかりお世話します」


「わ、私も、予定はないけど同じ気持ちだ」


 僕の気持ちは揺らがないし、リュオネもしっかり覚悟を決めた目でミコト様の告白に応える。

 僕達の顔を順番に見たミコト様は堅いつぼみがほころぶように笑った。


「ほんなら、その時はよろしゅうに」


 子が親に向ける顔は、こんな感じなんだろうか。

 余りに幼く見えるミコト様の笑顔に、気が早いと思いつつそんな事を考えてしまった。


    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


皇帝の許し、というハードルはただの儀式にはしたくなかったのでこういう形にしました。

皇帝が生まれる可能性がある一族、という意味で皇族としました。



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