第61話【アルンとミコトの悪戯】



 船上で慌ただしく再会を喜んだ後、白牛湾の出口の氷原を取り除く作業を風が凪ぐ夕方まで続けた。


 今回の件がマロウと帝国東部方面軍の企みで、補償は彼らが行う。

 とはいえ、湾をふさいだ僕たちが何もせず放っておくわけにも行かない。

 船が出せないせいで莫大な損失と信用を失う商人だっているかもしれない。

 お金は補償されても、その時恨まれるのは氷原をつくった僕たち【ブラディア軍】だ。 


「ぎりぎりだったねぇ」


「うーん、出来れば二隻が通れる所まで行ければ良かったんだけどな」


「湾の外に急ぎの船と帝国軍の船を出せただけでもよしとしようよ」


 何も知らない船が夜中に湾に入ろうとして座礁するのを避けるため、今夜は帝国の船が湾の外でかがり火をたいて警らをしてくれる。


 リュオネと今日の首尾を話しながら、明かりがともり始めたビザーニャの岸が近づいてくるのを眺めていると、ふ頭の上で先に戻っていたアルンやショーン達が手を振っていた。


「皆ーおつかれさまー」


 接岸して上陸すると、オルミナさんが笑顔でやってきた。

 旧い知り合いがやっている竜種が泊まれる宿にビーコ達を休ませてから迎えに来てくれたみたいだ。


「ビーコは海の中を泳いでもらいましたけど、疲れていませんでした?」


「大丈夫。氷原で竜の肉をもらったからそれで満足しているみたい」


「どっちかと言えば人間の方が疲れてるからな。早く夕飯に行こうぜ」


 ショーンとデニスはだいぶ空腹みたいだな。

 大人数で泊まれる宿を確かアルンが手配してくれるって話だけど。


「アルン、今夜の宿はどうなってる?」


「うむ、万端だ。他の者は先について待っているから急ぐとしようか。バスコ、後はまかせるぞ」


 兵種長の中では一番船に詳しいバスコに後を任せ、僕たちはアルンが予約した宿へと向かう。



「それにしたって【レギア=アルブム】かよ。ビザーニャ最高の宿だなんてちょっと俺たちには敷居が高くねぇか?」


 ビザーニャの湾を一望できる、まるで小型の出城のような威圧感のある建物の中を僕たちはアルンに先導されて進んでいる。


「何を言う。我々が泊まらずに誰が泊まるというのだ」


「そりゃそうだけどよ……」


 ショーンのぼやきにアルンがニヤリと人の悪い笑みを返す。

 たしかに、皇国皇帝であるミコト様が泊まるのであれば最高の宿でなくてはならないだろう。

 これから行う事も考えれば舞台としては最高だ。

 皆にミコト様の事は黙っていろだなんてアルンも趣味が悪い。

 だましている事に罪悪感を覚えつつ進んでいると、衛士隊が二人両側に立つ木製の黒い大きな扉が見えてきた。


「食事を取るのはあの部屋だ。サティ達が待っているぞ」


 足取りが一段と軽くなったアルンを見ながら、リュオネが少し嫌そうな、初めて見る顔をしている。


「ねぇザート、どうせ口止めされてるだろうけど、アルン姉さん絶対なにか企んでるでしょ」


 さすが姉妹というべきだろうか。

 姉が仕掛けている事に気付いたみたいだ。


「そうですね。何かあるとみるべきでしょう」


「ですね」


「アタシはこの建物に入った時点で気付いちゃったぁ」


「まーなにかあんだろうな」


「えっ? 何があるんです?」


 姉妹という問題じゃなかったですよアルンさん。

 多少でもアルンの人となりを知っている者にとっては当然の流れらしい。

 知らないにしても空気が読めない奴が一人いるけど。


「さ、入りたまえ」


 わざとらしく開けた扉の横に立つアルンを皆でうさんくさく見ながら部屋に入ると、そこはビザーニャの海の蒼を集めて描いたような美しい模様の壁や天井をもつ大部屋で、湾に面して大きく切られた窓には美しい港の夕暮れが見える。 

 窓のそばには下界のざわめきを断った静寂の中にあって一層きわだつ深い銀髪の女性がホウライの服と思われる装束を身にまとって微笑んでいた。


 事情を知っている僕たちは無表情でいるけれど、リュオネ達知らない側は、自分達の予想が合っているか確かめたいけど、どうにも出来ずに固まっている。

 そんな僕たちを颯爽と追い越してきたアルンがミコト様の側に立つと、今日一番の笑顔を見せた。


「皆。この方こそホウライ皇国皇帝にしてティルクの主神、ミコト=ティルクであらせられる」


 端的に事実を伝えたのは、次に皆がすべきことが余りに当然のことだからだ。


——ザッ


 あぐらの右膝を起こしたような姿勢で皆が一斉に座り、そのままゆっくりと頭を下げていく。

 僕やアルバトロスの皆もあらかじめ教えてもらった通りに真似をする。


「ふふ、いたずらは成功やなぁ、ザート」


 え⁉ ちょ、そこ僕にふるのか⁉

 それだと僕がいたずらの首謀者みたいじゃないか!

 顔を思わず上げるとミコト様がクスクスと僕を見て笑っていた。


「いたずらが一つとはいうてへんよ?」


 実はアルンよりよほどこの神さまの方が悪戯好きなんじゃないだろうか。

 さっきから突き刺さってくる皆からの視線がいたい。

 ネタばらしをするなら早くして下さい、本当。


 

    ――◆ 後書き ◆――


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