第60話【おかえりを言うまで】

 現在戦艦の上では帝国の軍警察とムツ大使とでヒラフを一時的に引き渡す手続きが進められている。

 僕はスズさん達とは反対の船縁近くで眺めている。

 あくまで今回の件の主役はバーゼル帝国とホウライ皇国であって僕は協力した外部の人間でしかないので形式的なものだ。


 マロウとの戦いが終わった後、鎮圧されたヨウメイ王国一番艦、二番艦、そして遅れて到着した三番艦の乗組員達はヒラフが指示するとあっさりと、後からやってきたロジーナさんの指揮下に入った。

 普段の指揮はヒラフが執っていたらしい。


 今は一番艦と二番艦にバスコ達が分乗して帝国の他の船と一緒に白牛湾の出口に向かっている。

 理由はビーコのブレスがつくった氷山の移動だ。

 なんというか、やらせておいてなんだけど、申し訳ない。

 それくらい空気が冷え込んでいる。

 目の前の手続きが終わったら手伝いにいかなきゃな。


「ではサティを護衛に付けるから、帝国の軍警察に今回の事件についてつまびらかに話してきたまえ」


「護衛ではなく監視でしょう?」


 アルンが声をかけると、サティに拘束されたヒラフが皮肉を返す。


「当然。取調には皇国側も立ち会いをせねばな。ここが戦闘区域でないだけで、帝国と皇国は戦争中だ。だからこそ情報は共有していた方が良い。戦後の停戦条約締結の際に争点を増やしたくないからな。それに皇国側でまた同じ事をされたくないだろう?」


 アルンの言葉にヒラフは肩をすくめて、自分から板にのり帝国の軍警察の船へと歩いて行った。


「なあ、ヒラフはなんで鍵束をリュオネに投げたんだ?」


 地上の冷たさと太陽の日差しの暖かさに違和感を感じながら、僕は隣で暇そうに立っているエヴァに向かって訊ねた。


「知らぬは本人ばかりなりですねぇ。ビーコが来た時に賭けをしていたんですよ。団長が愛しい人の危機にみずから駆けつける人物なのか」


「愛しい人って、当然だろう」


 言いながら首を回し、湾が塞がれたことで大騒ぎになっているビザーニャの港をながめる。

 風がつめたいぶん顔が熱いのがわかる。

 僕って敵方にすらそういう目で見られていたのか。


「くふっ! そしたら、予想以上でした。団長ってば服も中身もボロボロだし、なぜか法具も持っていないのに駆け付けてきたんですもの、無茶すぎですよぉ!」


 僕の様子を含み笑いをしながらうかがっていたエヴァが、とうとうこらえきれない様子で笑い出してしまった。

 今重要な手続きしてるんだから。

 何もしないからって雑談したら駄目なところだから!


「おいこらやめろって、スズさんがすごい目で見てる」


 ムツ大使の隣に立っているスズさんが首まで回してこちらを見ている。

 スズさんからのお叱りから逃れるのは秒で諦めたけど、なぜか隣のリュオネにもにらまれていた。

 と思っていたら反対側をむかれてしまった。


「ほらぁ、団長が肝心な所で飛び出さないからそっぽ向かれちゃいましたよ?」


「エヴァが大笑いしたせいだ。それに飛び出すのは、あれだ、タチアナさんが一番に乗り込んで行ったからタイミングを逃したんだ。これが終わったら……抱きしめにいくさ」


 スズさんに聞こえないように小声で答える。

 エヴァは笑うのをやめ、涙をぬぐっている。泣くほど笑うことか。


「ま、そんなボロボロな状態でマロウと真っ向勝負して倒したんですから、あたしも認めざるを得ないんですよ」


「認めるって何をだ?」


 意外そうな顔をすると、さっきまで笑顔だったエヴァの目が急に細められた。

 人を縛り上げるほどの嗜虐的な殺気が僕に向かって放たれる。

 そうだ、最近見てなかったけど、エヴァの本来の雰囲気はこっちだった。


「え? 団長まさか私の許しなく殿下と結婚なさろうとしていたんですか? それとも私一人なんてどうとでもなるとお思いで?」


 腰の鞘から身じろぎ一つで魔鉱拳銃を抜くエヴァ。

 このままいったら突きつけるまで行きそうだ。


「そんな事思ってない! いや、エヴァに認めてもらえて嬉しいよ。最初はずいぶん毛嫌いされていたからな」


 一瞬だまっていたエヴァが一拍おいて抜きかけた拳銃を戻し、ふぅとため息を一ついた。


「そりゃあ、毛嫌いも警戒もしますよ。飛び出していった殿下がいつの間にかどこぞの食い詰め者とパーティを組んだりしてるんですから。遠くから第八が監視していたはずですけど、アルンの事ですから面白半分でスズに報告しなかったんでしょう。ま、その分報告を聞いた時のスズの顔はすごかったけど」


 ふたたび笑い始めるエヴァの隣でそう遠くない昔を思い出す。

 なるほど、僕と違って強引に飛び出してきたリュオネなら密かに護衛をつけられていてもおかしくないか。

 だから初めて会ったときのスズさんはあんなに怖かったんだな。


「あなた達、もう立ち合いは終わりましたけど」


 そう、今でも怖いんだけどね。

 目の前にはヒラフ引き渡しの手続きを終えたスズさんが立っていた。

 その表情は記憶にある初対面の表情にちょっと近い、いや、だいぶ近い。

 つまりは、かなり怒ってらっしゃる。


「そうか。それなら横で笑っているこいつを引っ張っていてくれ。僕には大事な用事がある」


 スズさんの後ろではリュオネが耳を前に傾けてこちらを睨んでいた。

 事は急を要している。


「わかりました。預かります。それと、あと少ししたら私たちも氷を溶かしに行きます。船員が動き回りますのでご注意ください」


「ご配慮いたみいります」


 エヴァの肘をきめて船室へと連れて行くスズさんから視線をもどすと、リュオネがそわそわと、色々な顔をしながらこちらを見ていた。

 ロターで別れた時の事を思い出してむずむずするけど、それを押し殺し、顔を引き締め静かに口を開く。


「助けに来た。帝国に魔人兵器がいるなんて、リュオネを帝国に売り渡して皇国に戦争を続けさせたかったマロウの嘘だったんだ」


「全部知ってるし、全部終わってるよ!」


 大きな声で叫んだリュオネはうぅとうなりながら下を向いてしまう。

 ごもっともです。

 話のきっかけのつもりでした。

 

「そうだな。無事で良かった。リュオネが帝国に連れて行かれていたら僕たちクランは帝国まで相手に戦わなくちゃいけない所だった」


 リュオネの耳がピクリと動く。

 半分は冗談だ。

 たかだか二個大隊程度で帝国に喧嘩を売るなんて現実味がない。


「それは、私も無事で良かったよ。皆に迷惑かけるのは嫌だし……でも本当に戦うつもりだった、の?」


 こちらを伺うようにみるリュオネ。


「ああ。本気だった。僕と【白狼の聖域】ならなんとか出来るだろうから」


 半分は本気だ。

 帝国全部は無理でも東部軍の一派閥ぐらいは救出後、報復も兼ねて壊滅させるくらいはできると思っている。 


「とにかく、本当に無事でよかった」


 もういいだろう。口にしても伝わらなくてもどかしい。

 こちらから歩みよって一気にリュオネを抱きよせると一瞬はいった力はすぐに抜け、後ろに寝た耳がうずめた僕の頬をくすぐる。

 良かった。本当に、リュオネが皇国より遠くに行ってしまわずに。

 もっと強くと掻き抱くけど、リュオネはされるがままでいてくれた。


「うん、助けてくれてありがとうザート、ただいま」


「ああ、おかえり」


 しっかりと抱きしめ返してくるリュオネの腕が心地良い。

 後ろが騒がしいけれど、もう少しこうしていたい。

 大丈夫、たぶんスズさんが雰囲気を読んで、なんとかしてくれるだろう。



 





    ――◆ 後書き ◆――


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