第59話【マロウとの対決の終わり】
「私の部下の調べによれば」
青空の下、ビーコのブレスが生んだ氷原の冷気で産まれた強風がマロウの青い髪をはためかせる。
連刃刀を両手で構えたマロウが顔に獰猛な笑みをうかべ口を開いた。
「ガンナー卿の元の名はヘルザート・ウェーゲン=シルバーグラス。スキルを一つも持てなかったためアルドヴィンの学府に入るのを拒否され、一族を追放された元神童。法具を手に入れたために凡百の食い詰め者から抜きん出た。リュオネ殿下に取り入りクランの団長からブラディアの貴族にまで登りつめた幸運で計算高い野心家、らしいが、あっているかな?」
「リュオネに取り入ったつもりはないけど、概ねあっている」
過去も、幸運な野心家という点も別に否定はしない。
もっとも、こちらがいちいち訂正をしてもまったく意味がない。
マロウは答え合わせをしたいわけではないのだから。
それでも会話は続ける。
会話を続けている間も経路の回復のために魔素を必死に流し続け、最適な魔素の通し方を探しているからだ。
時間は引き延ばせすにこしたことはない。
僕が挑発に乗らないでいると、スッと表情を無くしたマロウが数歩進んだ後に突進して切り込んできた。
斜め後ろに避けて回避する。追撃の袈裟斬りをさらに避ける。
連刃刀はいくつもの刃を固定した武器だ。
斬り結べば、ささくれだった刃が此方の刃を削りに来る。
回復途中の経路では大した身体強化はできない。
多少反撃はするけど、マロウを相手に受けにまわらざるをえない。
十合にとどきそうなほど打ち合った後、間合いをとったマロウが不思議そうにこちらを見る。
「なにやら自信がある様子だったが、やはり平凡だな。分をわきまえずに勝負にでるなど、美しい候主にいれこんで損得勘定が狂ったのか?」
「候主に入れ込んでいるのは認める」
だろうな、とマロウは笑う。リュオネの美しさについては同意するらしい。
「けど損得勘定は狂ってはいない。こちらも聞きたいけど、今回みたいな大規模な事件をなぜ起こす必要があった? それこそまともな損得勘定とは思えない」
僕の言葉にマロウが呵々と大笑いをはじめた。
「若いガンナー卿には今回の件が特別大規模に見えたのだろうが、私にとってはこれは大商いではあっても日常だ。特別ではないし、勝ちもすれば、負けもする。しかし負けた分はかならず取り返してきた」
「なるほど、さすがは皇国の大商人といったところか」
皮肉で褒めたけど、マロウは賞賛が当然であるかのように誇らしげな笑みをうかべた。
今まで負けても罪の追及を逃れ、復讐し、挽回してきたのだろう。
今回の大商いの失敗も、生きて帰れば、将来ブラディアで取り返すつもりなのに違いない。
「もうそれなりの権力を持っているガンナー卿ならわかるだろう。権力を持ち続けるには富が必要だ。その富でまた富を生み、その富でまた富を生む」
「そんなに金を集めてどこまで権力が欲しいんだ?」
そう問いかけると、マロウはそれまでの余裕のある笑みが止まった。
「富は盾であり矛だ。自分の守りたいものを守る力だ。権力も結局は富から派生した力に過ぎない。商人の家に生まれたガンナー卿も同じ考えではないか?」
下の甲板では今も剣戟の音が激しく鳴り響いているというのに、マロウの声がやけにはっきりと聞こえた。
マロウは僕と同じく、守るための力を求めている。
そして力をえるために今回の件のように他人を平気で虐げてきた。
明確な悪だ。
僕は? 僕はこれまでマロウと同じじゃなかったか、これから先同じにならないという保証はあるのか?
地下祭壇の魔人が脳裏に浮かぶ。
視界が閉ざされていく。
「ザート!」
僕を呼ぶ声がした瞬間、僕を間合いに入れていたマロウの身体が風弾により吹き飛ぶのをみて我に返った。
「そのおっさんは金の他になにもかも捨てちゃったかわいそうな奴です! ザートが持っているものはお金以外にもたくさんあります! そいつとは一緒じゃありません!」
僕と反対の階段から上ってきたクローリスが魔鉱銃に次の魔弾を込めながら叫んでいた。
言い切ってくれるじゃないか。
たしかに僕はマロウと一緒じゃない。
こんなに良い仲間を持っているんだから。
「ありがとうクローリス! もう大丈夫だ!」
確認すべきは自分の善悪じゃない。今、自分に敵を倒す力があるか、だ。
体内の経路に魔素を巡らせて確認する。
身体強化はまだヴェントを使えるほどじゃないけど、もうすぐ回復する。いける。
床に連刃刀をひっかけて海に落ちるの逃れたマロウが体勢を整えてこちらに刀を構え直していた。
「カスガ王、最後に聞いておきたい。守りたいものは何だ?」
一瞬虚を突かれた顔をしたマロウの口の端が急激につり上がった。
「そんなものはないに決まっているだろう? 戦いで隙をつくるのは金の話をするのが一番いい。だれしも金に関しては心に傷をもっているからな」
マロウが偽悪的に眉をハの字にして此方を嘲るように片頬を上げる。
「……そうか。じゃあやっぱり僕たちは違うな」
青銀のマントをはらい、腰に付けていた大ぶりの棒を抜く。
「皇国の十手?」
お前に使えるのかという顔をされたけれど、そんなことはどうでもいい。
手を交差させ、右手のホウライ刀は左腰に、左手の十手は右肩前にして構える。
「ここに来て、捕り物道具だと!」
マロウのスキルを織り交ぜた激しい打ち込みを十手で左右に受け流す。
十手は丸い棒なので、刃を破壊される心配がない。
強くたたき付ければむしろ連刃刀の刃が欠けるため、次第にマロウの打ち込みが軽くなっていく。
反対に、僕は回復しつつある経路を使い身体強化を徐々に強めていく。
同時に逆羽返しや三角打ちといったスキル名で呼ばれる動きを混ぜていく。
攻防は逆転し、マロウの表情が驚愕とあせりにかわっていく。
「身体強化の練度……、それにスキルが使えないのではなかったのか?」
「僕のは偶然できた過去の
「常人がスキル獲得の時に放つ会心の一撃を、生身で再現しているだと……」
悪態をつくマロウに左腰のホウライ刀を一薙ぎして間合いを取る。
一呼吸で身体強化を現状の最大限に引き揚げ、構えを変える。
左前に突き出した十手のカギの上にホウライ刀の棟を差し込む。
刀の柄は右腰の上。
上から見ると、十字槍にも似た構えを取ると、僕は右足を一歩踏み込んだ。
『ヴェント!』
それまでほとんど使っていなかったヴェントによる突撃に目を見張ったマロウが、反射的にスキル”真一刀”を放つ。
けれど、両手剣同士であればほぼ確実に勝利を収められる最上位スキルは僕の十手とカギに乗せられたホウライ刀の切っ先に挟まれ止まった。
マロウの連刃刀を捨てるように、十手を右に回しながら、もう一度構えを戻す。
体勢を元に戻そうとしたマロウがなにか言おうとしたけど、聞くつもりはない。
『ヴェント!』
至近距離から加速したぼくの左半身はマロウの胸骨を装備ごと砕き、その上から右手のホウライ刀がマロウの心臓を貫いた。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
十手の鍵の使い方はでっちあげです。
古流にも知る限りこういった使い方はありません。
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