第58話【マロウとの交渉】


 船倉からリュオネが【白狼の聖域】の団員を引き連れて再び出てきたのと帝国兵が渡した甲板を踏みならして乗り移ってきたのは同時だった。

 先頭のリュオネが逆鉾を使って敵を切り伏せた所をジャンヌとバスコが魔鉱銃で甲板の上を一掃すると、ハンナを先頭とした団員達が偽装商船へとなだれ込んでいった。


「ロープを引け! 接舷して援護する!」


 目の前の光景に手を止めていた船員にマロウが怒鳴る。

 ロープを引く船員の後ろでは武装した手練れにみえる犬獣人が待機している。

 今二番艦にはリュオネ達しかいない。

 後ろから不意打ちをすればリュオネを確保できる。

 多少の問答はあるだろうが、結局は皇国内の内紛ということで帝国の軍警察も介入しないだろう。

 

「援護なんて要らないわよぉ」


 唐突に二番艦の方から声がすると同時に、赤い影が目の前に飛び込んできた。


「エヴァ⁉」


「あは、来ちゃった!」


 こっちにクルリと振り向いたエヴァが笑顔で銃身に刃をつけた二丁拳銃を掲げて見せた。

 なんだかやけにテンションが高い。


「来ちゃった、じゃない。どういうつもりだ?」


「あら冷たい。団長が殿下の危機に駆けつけてくれたから興奮してるのにぃ。これからこいつらを殺すんでしょう? さすがに五人じゃ疲れるんじゃないかしらぁ?」


 エヴァが拳銃を持つ右手で手招きした瞬間、船べりに五月雨式に風魔法のゲイルが発現し、カギ縄を引いていた船員が吹きとばされた。

 同時にエヴァと同じ二丁拳銃を持った第六の団員たちが次々と甲板に降り立つ。


「どういう、ことですかな?」


 右舷に展開した第六と一番艦の海兵隊がにらみ合う中、マロウが鼻にしわを寄せこちらをにらんでいた。


「しらばっくれてもむだよぉ。あたし達をまるごと帝国に売るつもりだったんでしょう? ヒラフちゃんが全部話してくれたわぁ。まさに飼い犬に手を噛まれたってやつねぇ」


 憤怒の表情を深くするマロウの前でケラケラと笑うエヴァ。

 あんまり刺激して欲しくないんだけど。


「赫髪が調子に乗るな! こいつらを海にたたき込め!」


 マロウの叫びと共に、第六とマロウの手勢がぶつかりあった。

 マロウの手勢が重厚なカトラスを素早く振り回す。

 第六は軽量であるのに加え、敵の隊列に正面から当たるのは得意ではない。

 と、そこでマロウの手勢から悲鳴があがった。

 彼らの背後から血に染まった水しぶきがあがる。


「加勢する! 崩れた所につっこめ!」


 側面の階段に登っていたクローリスとスズさんが魔鉱銃と拳銃で敵の背後に水弾や風弾を放っていく。


「というわけで、雑魚はあたし達にまかせて、団長はマロウの首だけ持ってきてくださぁい。命がくっついてると色々邪魔なので」


 勝手な事を言ってエヴァは乱戦の中に身を躍らせていった。

 身分が高いからこそ、捕まえて皇国に持ちかえっても政治的判断で罪が不問に付される可能性がある。

 それならば異国で殺してしまった方が良い、というわけか。


 考えにひたっていると、マロウが味方の上を、巨体からは考えられない身軽さで跳び越えこちらにむかってくる。

 遮蔽が少ない上で戦うのがいいか。

 船尾楼までつづく階段を一気に駆け上がると、手すりの上を跳んできたのか、マロウが先回りして待ち受けていた。


「逃げられると思いましたか?」


 マロウがなにか余裕の表情をうかべている。

 どういう事かと首をかしげているとマロウが手に持った連刃刀を振るった。


「ガンナー卿、あなたには人質となってもらいます」


「人質? 皇国にとって僕とリュオネが釣り合うと思うか?」


 僕を人質にとってもリュオネは手に入らないだろう。

 万が一リュオネが僕を助けようと前にでても、周りが絶対に止める。


「殿下じゃありません。ヒラフですよ。あの裏切り者を引き渡してもらいます」


 マロウの後ろにはこちらに近づいてくる三番艦が見える。

 なるほど、向こうの手勢はまだいる。

 生きて帰りさえすれば、殿上会議で糾弾されたとしても、裏切ったヒラフという腹心のせいにすればいいわけだ。


「それとも、どうですかな? 戦わずとも今から向こうに呼びかけていただけないでしょうか。痛い思いはしたくないでしょう」


 笑顔で、ゆっくりと低い声で言いきかせるように僕に言いきかせるマロウの眼には明らかな侮りが見て取れる。


「僕はブラディアでは金級冒険者で、実力は相応にあるつもりだけど、カスガ王は自身が僕より強いと思っているのか?」


 僕の疑問に、今度はマロウが首をかしげた。


「当然でしょう? 本来なら飛び回れるはずなのに、殿下の姿が見えたときもまっさきに飛んでいかなかった。ならば法具を持っていないと考えるのが自然でしょう。おそらく右手にしていた指輪が法具だったのでは? 法具で金級冒険者になった貴方にヨウメイの中で一、二を争う私が勝てない理由がない」


 言い終わるとともにマロウがため息をついた。

 いや、ため息をつきたいのはこっちの方だ。

 逃げたと思われた事も、人質といわれた事も理由がわかった。

 僕が戦えないから逃げ回っていると考えていたのか。


「カスガ王。リュオネを敵に売り渡そうとしたあなたを許すという選択肢は、僕の中にはない」


 スラリと刀を抜いた僕に、カスガ王が目をひそめた。


「ふむ、では交渉は決裂ですな。腕の一、二本も失って自身の力を見誤った事を悔やむのが良いでしょう」


 そういうとマロウは連刃刀をかまえて見せた。

 恵まれた体格に天賦の才、それに重ねた研鑽。

 全てそろわなければこの威風はだせないだろう。

 なるほど、いうだけのことはある。


 殺伐とした判断にため息がでるけど、今回はエヴァの意見が正しそうだ。

 殺さざるを得ないという意味で。




    ――◆ 後書き ◆――


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