第56話【白牛湾、封鎖】
もうすぐ正午になる。
僕たちは以前にも来た酒場の二階でマロウの船を訪れるタイミングを計っている。
視線の先にあるのは帝国軍人が乗っている偽装商船だ。
あの船の出港準備が整うまで僕らは待つ必要がある。
「今更ですけど、ミコト様もいることですし、問答無用でマロウを捕まえてしまえばよくないですか? アルンの調べで帝国製魔人がガセって事はわかった訳ですしリュオネも納得するんじゃないです?」
クローリスが窓から景色を眺めるのに飽きたのか、お茶に添えられた香草をいじりながらぼやき始めた。
「皇国側は最悪それでもいいんだけどね」
「我々の都合でお付き合いいただいて申し訳ありません」
テーブルに頭をつけるクローリスを見てアルンが苦笑する横でタチアナさんが身を小さくして謝ってくる。
「クローリス、この件は皇国の要人誘拐で戦争を長引かせようという”帝国軍人の犯行”の現場を押さえる意味があるんだ。犯行が行われる前にマロウを捕まえてしまえば、帝国東部方面軍の軍人の作戦行動は未遂でうやむやにされてしまう。帝国製魔人の件で協力してくれたタチアナさんに、今度は僕たちが協力するんだよ」
「もうすでに近衛直下の軍警察も呼んでいますし、後には引けないのです」
「おお、つまりおとり捜査だったんですか!」
さっきまでぐたっとしていたクローリスが俄然やる気になった。なぜおとり捜査でそこまで喜べるのか。
「団長、そろそろ帝国の武装商船が動きます」
「よし、じゃあ行こうか」
マロウの所に行くのは僕とスズさんとクローリス、そしてアルンとケワイの髪飾りで変装したタチアナさんだ。
マロウの船はロター港で見ていたのですぐにわかった。
完全に停船していて、すぐに出港できる様子ではない。
入り口に立っていた皇国軍人に取り次ぎを頼むと此方の顔を知っていたのか慌てて同僚に報せに行かせた。
僕たちが船員があまり来ない船首楼で待っていると、少し早足でマロウが部下を連れてやってきた。
「おどろきましたな。ガンナー伯爵が直々に参られるとは、なにか私どもが粗相でもいたしましたかな?」
顔だけを見ればマロウはまったく動じた様子はない。
さすがに若くして殿上会議にでるようになった傑物なだけはあるな。
「いやいや、カスガ王、それはまったくの取り越し苦労です。ビザーニャにはまったくの別件で来たんですよ」
「別件、と言いますと?」
「先の海戦は皇国艦隊の活躍で勝利したのですが、私の采配で予想以上に魔鉱を消費してしまいまして、ビザーニャに備蓄してある分を急ぎ取りに来たんです。そこでカスガ王の戦艦を見つけたので勝利をお知らせしようと伺ったのです」
「そうでしたか。さっそく我らの艦隊がお役に立ったのならよかった。ところでリュオネ殿下と元【白狼の聖域】の者達にはお会いになりますか?」
まったく自然に此方の様子をうかがってくるマロウに対して静かに考えるそぶりをみせる。
「彼らはこのふ頭に泊まっているのですか?」
「いいえ、少し船の具合を確かめるため、白牛湾の沖合で錨を降ろしていますよ」
マロウが視線を向けた先にはここに来る前に確認していた皇国戦艦が泊まっていた。
そしてそのすぐ近くを酒場の二階から確認していた帝国の偽装商船が追い抜くように近づいているのが見えた。
船足は段々速くなっている。
なにか風力以外の動力を使っているのかもしれない。
「それならよかった。ロター港で再会を誓って別れたのです。今更顔を合わせてしまうのも気まずいですからね」
「ははは! 確かに、お気持ちはわかります」
肩をすくめて笑うと、マロウも快活な様子でわらった。
これで頭の中では予想外の観客の登場で焦っているのだろうから恐れ入る。
でも、その顔をいつまで続けていられるかな?
「マロウ様! 二番艦が!」
慌てた様子の船員の声に振り向くと、ちょうど偽装商船から鎖を打ち込まれた皇国戦艦が引きずられる所だった。
なるほど、ああやって追っ手を振り切れる所まで曳航していくつもりか。
「なんだあれは! とにかく救出に向かうぞ!」
「総員、急ぎ出港準備! 三番艦にも知らせるんだ、海兵隊は快速艇を使い先行しろ!」
船上は戦場のごとき騒ぎになった。
僕たちも示し合わせた通り一通り狼狽した芝居をする。
クローリスはとりあえずしゃがんで顔を隠させている。
アルンとサティから失格をくらったからだ。
けど、クローリスほどじゃなくてもこのまま芝居をし続けるのもつらい。
「緊急です。賊が湾の外にでるのを僕たちで防ぎます!」
「は……?」
指示を飛ばしていたマロウが一瞬呆けた隙に、僕はマントのしたから魔鉱拳銃を取り出し、空中に向かって立て続けに三発、信号弾を放った。
「ガンナー伯爵、一体何をするのですか?」
じっと空を見つめているとたまらずマロウが訊ねてきたけど、此方が答える前にさっと一瞬船に影が差した。
「あれは……【白狼の聖域】の真竜⁉」
あっという間に湾の入り口である砂州の際にまで飛んでいったビーコが空中でホバリングを始めた。
「港に被害がでますが、仕方ありません。被害は賊に払わせればいい」
ニヤリとマロウに笑いかけた直後、ビーコが海面にむけてブレスを吐きながら白牛湾の出口を横切った。
ここからは見えないけど、武装商船の船足が鈍った。
無事湾は塞げた、ということだ。
もう一度マロウをみると、先ほどまでキレイによくできていた仮面が剥がれおちているのが見て取れた。
――◆ 後書き ◆――
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