第55話【第八兵種長アルンの諜報活動】

 捕らえた帝国兵の監視はアルバトロスに任せ、僕達とアルン一行は少し離れたビーコの前で話をする事にした。

 アルンの事はリュオネの姉なのでさんづけで呼びたかったんだけど、本人の希望で呼び捨てをすることになった。

 ケワイの髪飾りの変装をとったアルンは銀髪の狼獣人であり、瞳の色が金色である点と小柄な点を除けばリュオネと姉妹だといわれても納得できるくらい似ている。


「で、アルン兵種長? こちらの報告ばかりさせておいて、貴女はいったいどこで何をされていたんですか?」


 サティさんが腕を組んで兵種長をにらみつけている。

 日常のまるで養児院の院長のような笑みからはほど遠い迫力だ。

 だというのに、アルンはヘラヘラと笑ってサティさんの追求を受け流している。


「まあ、説教は後にしてくれ。リュオネを助けに来たのならあんまりぼやぼやしとられんぞ?」


 リュオネの名前が出てサティさんも口をつぐんだ。


「まず私はアルドヴィン王国とバーゼル帝国の休戦協定がどれほど深く結ばれているか確かめるために帝国に潜入していた。そこで人脈をつくり情報を集めていたのだ。これについてはスズと団長は把握しているだろう?」


 以前にいっていた協定の裏とりというやつだな。

 だいたい間違いがないから詳しい事情は聞いていなかったけど、アレをしていたのがアルンだったという事か。


「その最中に協力関係になったのがこの帝国軍人だ」


 促され一歩前にでた女性が敬礼をした。


「私はバーゼル帝国西部方面軍のタチアナと申します。今回マロウと東部方面軍の企ては帝国と皇国から休戦の選択肢を奪うものです。戦争の泥沼化は帝国全体の利益にはならないため、所属はあかせませんが、アルンと共闘しております」


 帝国軍部にはホウライ皇国に対する東部方面軍とアルドヴィン王国に対する西部方面軍の二派閥があるらしい。


「自らの富と権力のために候主を敵に売ろうとするなどと大それた事を考えるのはヨウメイの中でもマロウくらいだ。ただマロウが大物であるし、事が事だったので私自ら皇国にもどって主上に報告に上がった。そうしたら、主上が自ら出向くといってきかなくてな。結局つれてきたんだ」


 やれやれと肩をすくめて見せるアルンだけど、今聞き逃せない事を言われた気がする。

 スズさんやサティを見ても青ざめた顔で首を振るだけだ。

 なるほど、私たちは皇国皇帝の顔は知らないからお前が聞け、と。


「アルン? さっきから気になっていたんだけど、隣のお方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「ハハッ、言葉が乱れているぞ団長。今話したとおり、このお方こそ我らが主上だ」


「ミコト=ティルクや、よろしゅうな」


 月の光を鈍く反射させる豊かな銀髪を後ろで緩く束ねた穏やかそうな女性がにっこりと笑った。

 同時にスズさんとサティさんはひざまずいて頭を下げてしまった。


「ティルクって、皇国の皇帝ってティルク神、なの、ですか?」


「まあそうだ。基本的には皇族しか知らん話だがな」


 事もなげに言うアルンに頭がクラクラする。


「アルバ神が復活したとかアルンがいいよるから神界に確認したんやけど、お役所仕事やから確認中としかいわへんの。ほんなら自分の目で見に行こておもったんよ。でも、ほんまみたいやん。ザート君ってシャスカの使徒なんやろ?」


 あ、そういうのも神さまなら分かるのか。


「はいティルク神様。アルバ神が使徒のザートと申します。アルバ様にお会いになりたいという事でしたらただいまこちらに向かっているはずなので、事がおわった後もここでお待ちいただければお会いできるかと思います」


「え、そうなん? ひさびさやから楽しみやわぁ。あと、ザート君、うちの事はミコトって呼んでええよ? どうせシャスカの事呼び捨てにしとるんやろ?」


 ぐいぐい迫ってくるティルク神様が近い。

 神々しいご尊顔が間近に迫っていて、さすがにどうしたものかと思っているとアルンが引き剥がしてくれた。


「ミコト、そういうのは後にしてくれ。今マロウを捕まえて私の妹と同僚を助ける算段をしているんだ」


 ミコトの言葉で急に現実に引き戻された。

 情報過多になりかけていたけど、僕たちの本来の目的はリュオネ達を助けることなんだから話をすすませなきゃ。

 けれど、場を一度仕切り直してアルンが説明を続けようとするのにスズさんがまったをかけた。


「アルン様、先ほど聞きそびれましたが、マロウの企みを事前に知っていたのなら、なぜ私や団長に知らせなかったのですか」


 スズさんの言うことももっともだ。身分はともかく組織としてはスズさんの法が上なのだ。


「これは基本的に皇国の問題だからだ。マロウはアシハラ国のみならずヨウメイ国にとっても取り除かなければならん存在だ。その機会をつくるために奴を泳がせておく必要があったのだ」


 なおも食い下がろうとするスズさんにアルンが諭す。


「スズ、事情を知った人間の行動は変わる。一挙手一投足のような些細な情報であっても、未来予測を狂わせるのだ。だから私は団長にすらこの件を秘密にしていた。本来でであれば背信行為であるが、今の状況をつくるには仕方が無かった」


 秘密にされた身として良い気はしないが、アルンの言い分もわかる。


「スズさん、今回の件は仕方が無い。僕は団長としてアルンの行動を認める」


 もし僕が事前にこの情報を知っていれば、去ろうとするリュオネにこの話を伝えてしまっていたかも知れない。


「ウチからも頼むわ、アルンを許してくれへん?」


 僕に続きミコト様の一言で即座にスズさんがヒザを突いた。主上の権威すごいな。

 それに比べてシャスカはなんなのだろう。本人の性格の問題じゃないよな。


「で、話をもどすが、マロウのシナリオは、明日、外海とつながっている白牛湾に泊まっている帝国の偽装商船がリュオネの船を急襲し逃亡する。マロウは一応追いかけるが逃してしまう、というものだった」


 なるほど、あえて衆人環視の中襲わせて自らの身の潔白を証明する、といったところだろうか。


「だから、我々は偽装商船の船足がにぶるように細工をするつもりだった。そうすればマロウが賊を逃がすというのが成立しなくなるからな。しかし敵に見つかってな。追われているところだったのだ」


 後ろで転がっている東部方面軍の軍人達に見つかって追いかけられていたということか。ようやく現状に納得がいった。

 ……ん? でもサティができた事をアルンは失敗したのか?


「ああ、私の能力を疑っているんだろう。目を見ればわかる。だが誤解だ。失敗をしたのはミコトのせいだ」


「もう、そればらすのやめてや。恥ずかしいやん」


 そういって頬を膨らませるミコト様。

 いや、恥ずかしいどころの問題じゃないですよ? あなたたちが捕まってれば計画全部だめになっていた所ですからね?


「しかし困ったな。先ほど見つかったせいで船の警備は強まっているだろう。船に近づかずに細工する方法をこれから考えねばならんな……」


 悩ましそうに頭を傾けるアルンだけど、僕たちにはちょうどいい手段がある。

 隠し事をしていたアルンに一泡ふかせられるかもしれない。


「アルン、それについては僕たちに任せてくれないか?」

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