第45話【リュオネの危機】


「申し訳ございません!」


 サティさんは軍人の顔になり、キッと音がするような勢いで腰を折り曲げた。

 何か重大な事が起きただろう事に胸をざわめかせながら続きを促す。


「何が起きたか、話してくれるか」


「ビザーニャで、マロウがリュオネ殿下一行を軟禁しております」


 一瞬視界が揺れてなにかがのしかかるような感覚があった。


 みればクローリスとフリージアさんが僕の肩を押さえていた。

 無意識に飛び出そうとした僕をとめてくれたらしい。

 おかげで冷静になれた。

 情報は正確にきかなければならない。感情的になってはならない。

 まずは黙って報告を聞こう。


 こうしてサティさんから話を聞き、おおよその事情がつかめた。


 まずビザーニャに皇国の艦隊がやってきた。

 ビザーニャで起きた事を伝える伝令役である”耳”からそのことを知ったサティさんは、母国の軍艦であるため、状況を確認がてら見に行った。

 すると、密偵としての経験から一隻だけ人の動きに違和感のある戦艦があったのがわかったらしい。

 サティさんは夜を待って潜入、窓から士官室でにらみ合う海軍士官とリュオネ一行を発見したという事だった。


「女性冒険者が人質に取られていましたので、殿下は動けなかったのだと思います。離れてはいましたが、双方共に椅子に座っていたため、急に事が動く様子ではありませんでした。一般団員達も船倉に押し込められているだけで武器は取られていましたが殺されてはいませんでした」


「そうか……それで、マロウのいる旗艦にも行ったんだろう? なにがわかったんだ?」


 首謀者がマロウなのは明らかだ。

 そしてその状況ならサティがマロウを探っていないはずが無い。


「マロウのいる船長室には、帝国士官がいました」


 帝国士官……?

 もう一度情報を確認する。

 マロウ達犬獣人は海軍に派閥を持っている。

 平時は貿易船として軍艦を使っている彼らにとって船は富を生む道具であり、失いかねない戦争には出したくない。

 それでもブラディアとの同盟のために艦隊派遣を認めた。 

 代わりに新兵器を扱う大隊を、正確にはリュオネを求めてきた。


 なぜリュオネなのかずっと気にかかっていた。

 そして今、マロウは帝国軍とつながっている事がわかった。


 リュオネは軟禁されているだけだ。敵の目的はリュオネの暗殺ではない。

 殺さないのであれば人質として利用される可能性が高い。

 帝国に人質として差し出せば、皇国と有利な条件で休戦できるのかもしれない。


「ムツさん、皇国の殿上会議は戦争継続に積極的ですか、消極的ですか?」


 テーブルについた皆の注目がムツ大使に集まる。


「防衛戦争ですから消極的です。今回の皇国ー帝国間戦争は帝国の中でアルドヴィン攻略を後にまわした方が有利、との判断からなされました。私が臨席した殿上会議でも、皇国の多くの王族は可能であれば休戦を望んでおりました」


 それなら皇国は皆、休戦するきっかけを探していた?

 リュオネを人質にとられれば休戦に応じざるを得ないという名目が立つ。

 帝国にとっても有利な条件で休戦できるのなら悪い話ではない。


「帝国がマロウに引き渡されたリュオネを人質にすれば休戦になるんですか?」


 今までの経緯とともにムツ大使に訊ねる。

 けれどムツ大使は口を開きかけ、ためらった。


「ガンナー様、身内のエゴを伝えるのはためらわれるのですが、逆です。リュオネ殿下を帝国が人質にした場合、皇国は、戦争を継続します」


 確信的に言い切ったのは隣にいたスズさんだった。

 コリーもだまってうなずいている。


「なんでです? 皆休戦を望んでいるのに、どうして逆になるんですか?」


 小首をかしげて疑問を口にするクローリスにスズさんが答える。


「正確には主上、狼獣人を束ねるアシハラの一族が休戦を拒否するからです。身内を人質に取られたから休戦したとあっては他の国に示しが付かない。そうすれば皇族としての求心力は下がります。内心はどうであれ、最終決定権をもつ皇帝陛下は休戦できなくなります」


 ムツ大使は見た所、少なくとも狼獣人ではない。

 だから言い辛かったのだろう。

 

 けれど、それならマロウはなぜ帝国にリュオネを差し出そうとしている?

 マロウは、ヨウメイの一族はリュオネを差し出す事でなんの利益を得る?


——我々犬獣人が受け持つ海軍は直接外敵と戦う事はありません。かわりに普段は貿易船として活動しています——


 マロウが馬車の中でしていた世間話が頭に浮かんだ。

 そして彼が艦隊を派遣するという商人としてあり得ない選択をしたのか合点がいった。


「ああ、戦争が続けば続くほどヨウメイが率いる海軍は強くなれるんだ。それこそ反乱を起こして狼獣人を屈服させられるくらいに」


 残っていた疑問が解け、思わず僕は椅子にもたれかかった。


「む、ティルクの使徒であるアシハラの一族を下すとは聞き捨てならんな。どういう事じゃ?」


 シャスカが話の続きを促してくる。

 ティルク神はシャスカの盟友だから皇族をひいきするのは当然か。

 椅子に座りなおしてシャスカにむけて説明する。


「女王陛下は魔鉱銃の輸出を拒んだけど、戦争が長引けばマロウは同盟関係をたてに、ブラディアに魔鉱銃を要求してくるだろう。それをものとして受け取るのは貿易を担っているヨウメイの国だ。銃は習熟してさえしまえば数で勝る犬獣人は狼獣人に勝てる。ヨウメイの王国が皇国の宗主国になれるんだ」


「となると、帝国が魔人を兵器として投入してきたというのも眉唾になるのう。警戒はせねばなるまいが」


 リュオネの国民を思う気持ちを利用したのか。

 再びぐつぐつと煮えくりかえる自分の腹をなんとか鎮め、僕は立ち上がった。


「ヘルザート・ガンナー=シルバーウルフ伯爵!」


 唐突に呼びかけられ、振り向くとそこには凜とした濃紺の瞳でこちらを見据えるリザさん、エリザベス一世女王陛下の立つ姿があった。


「行っては、なりません。あなたは、ブラディアの伯爵です。我が国の、ために、働くのではないのですか」


 一言一言、かみしめるように話す女王陛下からは威厳が感じられる。

 今はアルドヴィンと交戦している状態。

 しかもさっきまでイエローワイバーンの大編隊をしのいだばかりだ。

 ここで僕がぬければどうなるか、想像もつかない。


 サティさんを見る。

 ここまで急いでワイバーンで来たのだろう。

 彼女だけで助けられないからここまで来たのだ。


 僕じゃない誰かが向かっても助けられるかもしれない。

 けれど、僕が行かない事でリュオネに万が一の事があればどうなるだろう。

 僕の心はどうなるだろう。


「失礼します!」


 蹴破るように開けられたドアから入ってきたのはボリジオだった。

 いつもの冷静さが無く、その頭には大粒の汗が流れている。


「ガンナー様! 重装艦四隻をはじめとしたアルドヴィンの大艦隊がすぐ近くまで迫っています!」


 部屋の中の空気が一気に緊張で膨れ上がった気がした。

 しくじった、なぜワイバーンの大編隊だけが敵の攻撃だとなぜ思いこんだ⁉

 王国軍、各領軍のワイバーン全部が戦闘に加わったから海上の警戒網に穴があいてしまったんだ。


「コリー!」


「新ブラディアのミワ隊、グランベイのアーヴル候軍、全部に救援を求めるって事で良いんだよな!」


「そうだ! 陸戦を前提に準備するぞ!」


 全員がすべき事のために動き出す。

 事態は迷う時間を与えてはくれないみたいだ。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


自らの立場に葛藤する主人公、どのような決断をするのか、ぜひ話を読み進めて下さい。


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