第42話【アルドヴィン勢力の動き】

——アルドヴィン王国、ペリエール軍港


 要塞にいくつもの修復痕をもち、摩耗した石畳が敷かれているペリエール港は海をはさんだ向こうの南方諸侯と長い間戦い続けてきたアルドヴィン王国の古くからの軍港である。

 その城門の前で供回りをつれて待つ一人の面長な軍人の前に、一台の馬車が止まり、黒い法衣をまとった太った貴族が下りてきた。


「コーデクス海将か、出迎えごくろう」


 法衣貴族はコーデクスと呼んだ面長の軍人の返事を待たず、重そうな身体を揺すりながら歩き始めた。

 視察がてら要塞まで歩く法衣貴族の隣を海将が黙って歩き、その後ろを供回りと馬車がゆっくりとついていく。


「重装艦とワイバーンの件は要塞内で話すが、その他でブラディア戦について急ぎ申すべきことがあれば申せ」


「は。現在ワイバーン、通常戦艦、重装艦、快速艇にて威力偵察を行い情報収集をした結果、ブラディア諸侯の勢力は陸側に集中している事がわかりました」


 海側に主力がいない、という海軍であれば喜ぶべき内容とは裏腹に海将の顔色は優れない。

 本来であれば、皇国艦隊が到着する前に極秘に準備していた重装艦でブラディア軍を背面から急襲し大森林に追い立てる予定だったのだ。

 しかし現在、ブラディアと軍事同盟を結んだ皇国艦隊がロター港に入港している。そればかりか本来こちらで食い止めておくはずの南方諸侯連盟の艦隊まで同盟軍として加わっている。


「ふん、主力がいないブラディア海軍にお前達はてこずっているのか?」


 ブラディアの船上砲による破損を修理している通常戦艦を眺めながら法衣貴族は嫌味をいったが、巧言令色を嫌う海将は顔をしかめつつ認めた。


「はい、まず艦砲の射程、命中精度、ともに向こうが上です。手練れの砲兵を乗せた皇国艦隊もあの海域での艦隊の展開に習熟しつつあり、今では重装艦もあの海域を突破するのは難しいと言えます。やはりオリジナルを奪われたのが痛かった——」


「コーデクス、それ以上は殉教されたサイモン様への冒涜になる。目を付けられたくなくば慎め」


 失言をとがめるにはいささか静かな言葉で海将をしかり、法衣貴族は再び帆、砲弾、食料、水などが並ぶ港湾の道を歩き始めた。


「失礼をいたしました。次に空中戦力ですが、基本的には我々の方がすぐれています。イエローワイバーンは在来のワイバーンよりも機動力も高く、多対一でかかれば相手をほぼ無力化できるでしょう」


「そんなものは初めからわかっていたことだ。それで【白狼の聖域】の真竜の能力はわかったのか?」


 法衣貴族は要塞の通路を早足で歩きながら、いらだたしげに海将に質問をぶつける。

 重装艦の半身を一発で削り取った攻撃の小隊をアルドヴィン軍の司令部は真竜のブレスとふんでいたけれど、それがすでに知られている【白狼の聖域】の真竜のものか、未知の真竜のものかで議論は紛糾していたのだ。

 

「いえ、【白狼の聖域】の真竜は戦闘をしてもブレスを使おうとしないのでいまだ不明です」


 海将の報告に忌々しそうな顔をした貴族は、法服の裾を乱暴に蹴りながら舌打ちをした。


「くそ、せめて制空権があれば偵察も容易なのだが……、イエローワイバーン隊はきちんと全滅したのだろうな?」


 隊員が全滅したことを望むかのような法衣貴族の物言いに、さすがに海将も眉をひそめる。

 海将も、バルド教の学府が改良し、アルドヴィン王国に下賜したイエローワイバーンが敵の手に渡る事の危険性は理解しているが、部下の死を望む上官はいない。


「あの後ブラディアの竜使いがイエローワイバーンに乗っていたという報告はあがっておりません。問題はないかと」


「初戦で重装艦一隻が操作魔導士ごと沈没、敵艦への直接空爆を狙ったワイバーンの大部隊も全滅……!」


 海将の答えにも反応せず、法衣貴族は不十分な海戦のきっかけを作った人物に怒りを募らせていく。


 初戦に重装艦も一般戦艦もワイバーンも、戦力を最大限投入できていれば例え重装艦を複数失っても制空権を奪った上でコズウェイ艦隊を叩き、ロター周辺に上陸できたはずだ。

それができなかったのは、アルドヴィンの南部深くに食い込んだ南方諸侯連合に対抗するために南方軍を再編し、その後も戦艦を多く裂くようになったからだ。


「くそ、それもこれも全てあの女のせいだ!」


 全て原因はエレナ・アーヴル=シルバーグラスの裏切りにあった。

 アーヴル伯の突然のブラディアへの逃亡と南部諸侯の大攻勢は完全にタイミングがあっていた。


 それに軍艦一隻ではアルドヴィン王国海軍の追跡は逃れられない。

 今もブラディアにとどまる南方諸侯連合の艦隊がアーヴル伯の勢力をブラディアまで届けたのだ。


 南方軍の損害は重装艦十隻どころではない。

 それは偶然の被害ではなく、すべてアーヴル伯の計略によると法衣貴族は確信していた。


 道中に我慢していた鬱憤を晴らすかのように、貴族は要塞内のバルド教教堂の扉を乱暴に開けた。


「コーデクス! あの女の、シルバーグラスの一族の者はまだ見つからないのか!」


 教堂の椅子の一つに座り込み血走った目を向ける法衣貴族は冷静に自分を見下ろす海将に更にまくし立てた。


「腰抜け公爵は早々に王国だけで戦争継続は不可能として大司教に”学府”からの応援を要請した。我々には名誉ばかりか戦争後の利益すらバルド教に捧げなければならないのだ! せめてあの女の血族だけでも血祭りに上げねば気が済まない!」


 激しく肩を上下させる法衣貴族を見下ろし、一つため息をついたコーデクスは骨ばった人差し指をゆっくりと掲げた。


「どこをさがしても一族の者は皆おりませんでした。見事な団結だと思いましたよ。けれど、一人だけアルドヴィンに残っている者がおりました」


「誰だ、それは?」


「カタリナ・ヴェーゲン=シルバーグラス。バルブロ商会に取り込まれたヴェーゲン商会の名ばかり商会長です」





     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


ザートがすごい大事にしていた妹、ここで出てきます。


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