第39話【海中での回収作業】
破壊された船が自壊していく音と、海に投げ出される船員の悲鳴、救助に当たる僚艦から聞こえる怒号を遠方の海上でじっときいている。
リヴァイアサンの砲弾を撃ち込んで僕の八つ当たりは終わった。
この春に近づいてなお冷たい海水のように、リュオネが隣にいない喪失感がこれからじわじわと僕の気力を奪っていくだろう。
けれど、再会する可能性をみずから手放すわけにはいかない。
ここからはいつもどおり、損得勘定をする自分に戻ろう。
自分の攻撃が引き起こした阿鼻叫喚をじっとみつめるのは後悔ゆえではなく、悲劇に慣れるためだ。
身体の痛みと一緒で、悲劇にひるんで動きを止めれば死んでしまう。
船体が沈む事でできた激しい水流を受け流しながら潜るタイミングを計る。
完全に船体が海中に沈み、残骸を僚艦が探し始めたのをみて、僕はエアバレルを口にふくみ海中に潜る。
(がれきが結構邪魔だな)
上から振ってくる船の残骸を収納しながら、浄眼に白くうつる折れた敵艦をめざしていく。
今の僕ならマストを切らなくても収納できるけど、不自然さを隠すため折っておく。
船倉に詰まれた魔石は船上砲の弾丸というには大量すぎる。
あの強力な多重障壁を維持するために必要な魔石だと考えて良いだろう。
だとすれば、障壁を発生させる道具もその近くに固定されているはずだ。
しばらく泳いでようやく敵艦の下までたどり着いた。
浄眼の視界内に収めた船体と自分の間に大楯を展開して船首がなくなった敵艦を収納していく。
けれど、予想以上のはやさで船が沈むせいで悠長に収納している場合じゃなくなってきた。
(しかたない、一気にいくか)
不足した体内魔力を補うためにポーションの中身だけ口の中に出して飲み込む。
強引に法具の出力をあげて大楯を一気に上に押し上げた。
結構死体も取り込んだかもしれないけれど今更だ。
後でアンデッドにならないように魔素の処理をしてどこかに埋めておこう。
(影?)
何も無くなったはずの上を見ると、敵艦を完全に収納したせいで射しこんできた空の光の中に、長い髪とスカートをひらめかせてしずんでくる人影がみえた。
収納が出来なかったということはあの人影は生きているということだ。
沈む船内にいたという事は船長か、重要な人物かもしれない。
捕虜として連れて帰るか。
長い耳と白に近い金髪が光を反射させる。
ハイエルフに近いエルフだけど顔立ちは中つ人に近い。
(どこかでみたような顔だな……)
誰だったかと記憶を探っていると、魔獣の気配が近づいてきた。
人の死体と、船体からこぼれた魔石に釣られてきたか。
戦艦も、ついでに捕虜も確保した。長居は無用だな。
「ザート! おいザート!」
ロター港にもどるため空を駆けていると水色の影に追い越されて声をかけられた。
「ショーン! 黄色いワイバーンはどうだった?」
空中からビーコの上に飛び移り、戦った感想を聞く。
あの素早いワイバーンに対してどう対応したのか、だいたい把握はしていても本人から話をききたい。
「……それよりもザート、なんでそいつを抱えてるんだ?」
女エルフを床に置いていると、ショーンがにらみつけてきた。
ショーンの冷たい声にデニスとオルミナさんも集まってきた。みんな総じて険しい顔をしている。
「沈めた船の残骸を収納していたらまだ生きているこの女をみつけたんだ。船内にいたのと身なりから高位の人物だと思う。情報を聞き出せるし、人質にもできるだろう」
僕の伝えた内容のどこがいけなかったのか、ショーンが眉間をもみほぐしながらいった。
「こいつは【雪原の灯台】のフレイだ。お前も何度かあってるだろう」
ショーンの言葉の意味を理解した瞬間自分のうかつさにとまどったけど、同時に腕が自然に抜き出したナイフがフレイの首に当たって、すんでのところで止まっていた。
よく見ていなかったとはいえ、フリージアさんや第五中央砦の皆を魔人に変えた容疑者の顔を見落としたなんて。
(——えぎ。)
魔人のなりそこないになった商会の丁稚の泣き声が耳に残っている。
魔人になってしまう前に、ついさっきまで笑い合っていた同僚の首を落として回るギルドマスターの絶叫が耳に残っている。
あの殺戮はクラン【重厚な顎門】が仲間を見殺しに出来なかったために起きた。
その場にいた【雪原の灯台】が完全な被害者だという保証はどこにもない。
加害者かも知れない。
そうだ、ほとんどのエルフの冒険者がブラディアを去った後、こいつらは何でブラディアにいた?
容疑だなんて、考えるまでもないじゃないか。
「……で、どうするんだ」
デニスが静かに問いかけてくる。
目をビーコの向かう先、ロターに向けると、艦隊のせいでいつもより多い明かりがみえた。
息を細く長く吐く。
「フレイは捕虜だ。僕がどうこうする相手じゃない。リザさんの判断を仰ぐ」
フレイの首からナイフを離し、ゆっくりと離れて床に座った。
緩慢な動作は乱れた心を整えるためだ。
コズウェイ伯爵の船でリヴァイアサンの砲弾を撃ったときから妙な高揚感が身体を包んでいる。
何も考えず捕虜を殺しかけるなんて、僕はこんなに自分を制御出来ないやつだったか。
「よかった。うちの団長がまともでいてくれて」
鞍の上から振りかえったオルミナさんが軽く笑いかけてきた。
もしかして僕は試されてた?
「団長がまともな判断を下せなかったらやべぇからな。ま、パートナーが急にいなくなったんだ、スズさんには言わないでおいてやるよ」
「ちょっとショーン、デリカシー」
オルミナさんににらまれデニスに小突かれたショーンが平謝りをしてくる。
そうか、そうだな。
これからは一人でやっていく今が日常になるんだ。
水平線をながめるけれど、見えるのは夜のとばりがあいまいに下りようとしている曇り空だけだった。
――◆ 後書き ◆――
新年あけましておめでとうございます!
皆様いかがお過ごしでしょうか。
本年初の投稿となります。
新春の寸時の楽しみとしていただければ幸いです。
今年もよろしくお願いします。
新春のご祝儀に、フォローや★★★評価がいただければ幸いです。
よろしくおねがいします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます