第38話【敵艦、単独撃破】
「行ってしまったな」
「ですね」
「ま、あいつらなら大丈夫だろー」
雲間からかすかに差す光の中、残留組の小隊長三人と共に皇国に戻る船を見送るなか、先ほどのマロウとスズさんのやりとりを思い出していた。
……
『第八小隊の隊長は、あの庶子はなぜいないのですか』
『作戦行動中です』
『今どの国に?』
『重要機密事項につきお答え出来ません』
……
マロウは頑ななスズさんの態度に鼻をならして追求をやめたけど、あれはどういう事だったんだろう。
第八小隊についてはほぼスズさんが指揮していたのでなんだかうやむやにしてしまっていたけど、庶子? 状況からして、リュオネのミツハ家の庶子という事か?
「ガンナー様。戦列に加わる皇国艦隊がこちらに向かっています。以前決めた海戦のセオリー通り、戦艦には船上砲を扱うのに長けた団員を各艦に一個小隊ずつ乗船させます」
スズさんの報告で我に返り、頭を切り替える。
遠見の魔道具でみると、洋上にはもう味方と敵の船をはっきりと見る事ができる。
それをみているうちに一つ試してみたい事ができた。
「ロジーナさん。皇国艦の出撃準備が出来ても、少し待機していてもらえませんか」
「理由をうかがっても?」
「視察ですよ」
マロウから艦隊司令官として派遣されたロジーナ少佐は疑わしい目でこちらをみている。
これはお互いの信頼関係の構築が必要だな。
「ボルジオ! 偵察に行くならついでに僕とロジーナ少佐を前線に連れて行ってくれないか!」
ちょうど通りがかった冷静沈着な竜使いに声をかけると、彼は黙ってうなずいた。
ロジーナさんと僕をコズウェイ伯爵の船に降ろしたボルジオのキビラはすぐに上昇を始めた。
「では、バシルとオルミナには黄色いワイバーンを引き離すように言ってきます」
そういって飛び立つボルジオ達を艦の上で見送った。
後を振りかえると、コズウェイ伯爵とロジーナさんが敬礼をかわしていた。
「ガンナー卿、このじり貧の戦況で卿が戻ってきてくれたのは有り難いが、皇国艦隊の司令官まで連れてきたのはどういうわけなのだ?」
航海士に指示をだしながらコズウェイ伯爵が訊ねてくる。
先ほど僕とロジーナさんが降りたった旗艦は今風上をとるべく迂回しながら再び五隻のアルドヴィン艦隊に向かおうとしている。
敵の質の悪い船上砲が届く距離ではないけど、安全な場所というわけでもない。
「司令官の現地視察は大事ですよ。そうですよね少佐」
「その通りです。ブラディア軍の現状を知っておいた方が良いとガンナー閣下に命じられ同行いたしました」
狼獣人よりはすこし小さく丸みを帯びた耳を立てつつ暗赤色の髪をしたロジーナさんが無表情に答える。
「ではまず上をみてください」
「ワイバーンによる空中戦ですね」
「手前の青緑色の見づらい方が真竜、奥で変則的な動きをしている緑のが、巨体ですがワイバーンで、どちらもガンナー伯軍に所属している空中戦力です」
「真竜はさすがに強いですね……先ほど我々を運んだのも閣下の軍のワイバーンでしたね。一体どれだけの竜が所属しているのですか?」
遠見の魔道具をつかむ手に力を込めながらロジーナさんがきいてくる。
「後一体、全部で四体ですね。一度に戦線に投入できるのは二体が限界です」
「失礼ですが、王国の竜使い達は応援にかけつけないのですか? ロターにはいませんでしたが」
「新兵器になれていないのでまだ魔鉱銃をともなう実戦投入は無理なんです。下手すれば自分の竜の翼幕に穴を開けてしまう」
その点アルドヴィンの竜達はよく訓練されている。
銃の性能は低いけど、数と素早さを武器に、上手く追い込んだ後に弾幕を浴びせる戦法をとり、倒せないとわかれば被害がでないように一撃離脱に切り替えている。
「そろそろ攻撃が始まります。これが新しい海戦の形ですよ」
次は船上砲だ。
どこか得意げなコズウェイ伯爵の号令とともに、直進する敵艦に対して横腹を向けた皇国艦隊から、人の腕ほどもある船上魔弾がつぎつぎと撃ち出されていった。
銃製造の技術に差があるせいか、相手の砲撃はこちらに届かない。
ブラディアの砲撃が一方的に相手に着弾している。
けれど貫通力のある中級土弾や中級火弾による煙から出てきたのは無傷の敵艦だった。
相手は自分達の多重障壁に自信があるのか、進路を変えることなく進んでいく。
激しい砲撃によりささくれだった障壁も次々と回復していくのが遠見の魔道具で確認できた。
「ガンナー卿、こちらの攻撃はきいていないようです」
「単純に火力が足りないんです。やっぱり僕の軍が乗った皇国艦隊が加わらないと撤退させるのはむずかしいかもしれません」
「ならばなぜ待機命令をなされたのですか?」
さっそく自分が活躍できる場面が来ていたのに待機をさせられている事に気付いたロジーナさんがムッとした顔をして訊ねてくる。
かすかに敵意を感じる視線に対して僕は少し嗜虐的な気持ちで口調を変えた。
「皇国の古の海戦では戦いの前に遠間から的を射てやる気をだしたっていうじゃないか。僕もそれに挑戦してみようと思ってね」
舳先に立ってレナトゥスの刃を取り出し、右手にもった柄を右頬に当て、左手を添えた切っ先を先頭の敵艦に向け、狙いを付ける。
細く長く呼吸をし、体内の魔素とレナトゥスの刃をつなぎ、淡く青色に光る神像の右眼の排出口である大楯を切っ先の直前に開いていく。
まだ未完成だけど、これで収納した魔弾の飛距離、精度、威力を上げる予定だ。
レナトゥスの刃で精度をあげたけど、本来の射程から遠く離れたこの砲弾を飛ばすにはもう一工夫必要だ。
「なんですか、この音は?」
空中で鳴る岩がぶつかり合う鈍い音、鉄塊がたたき付けられる耳障りな高音にロジーナさんが耳を押さえる。
隠蔽する余裕がないせいで、右眼の状態変化の音が外に漏れている。
強力な攻撃力を持つ魔法や魔弾は神像の右眼に入れておくだけで体内魔素を消費する。限界を見極めないとな。
拍動するこめかみの痛みに耐えながら準備のできた砲弾を大楯から射出していく。
さらに体内魔素の消費が激しくなるけれど、砲弾は城門の落とし戸がせり上がる程度の速さでしか出て行かない。
視線の先にはアルドヴィンの戦艦がある。
僕が全力をだせばこの固い船の五隻も沈められるかもしれない。
リザさんが同盟を結ぶ理由は消えたかも知れない。
でもそれは交渉を長引かせ、牙狩りとして皇国にもどらなくてはならない、と密かに決意していたリュオネを苦しませることになってしまう。
それが正しいのか杞憂なのか、様々な考えがよぎった。いまでも答えなんて出ていない。
だから、これから僕がすることは打算的に行動するという信念にもとづかない、いわば八つ当たりだ。
「同胞からの手土産だ、受け取れ‼」
一際輝いた大楯から放たれた特大の魔弾は海を切り裂きながら敵艦めがけて進んでいった。
三秒ほどたった後、赤い破片が爆風にあおられ空に昇っていくのが見え、一瞬後に轟音が海上に響き渡った。
硬直していた身体を動かし、ため息とともにレナトゥスの刃を収納し、遠見の魔道具で成果を見た。
わかっていたけれど、敵艦は真っ二つというより舳先が消し飛んでまもなく沈もうとしている。
他の敵艦も航路を変え始めた。さすがに撤退してくれるだろう。
「先に帰っていてください。僕はこれから沈没船を回収に行きます。敵の法具を鹵獲できるかもしれませんので」
茫然としているコズウェイ伯爵とロジーナさんを置いて僕はブラディアの旗艦を後にした。
「やっぱり、スッとはしないな」
空を走りながら、どこか虚無感を感じながら僕は水中に潜るための装備を確認した。
――◆ 後書き ◆――
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