第33話【伯爵からの忠告】(12/24改稿)
「これは……グランドル伯爵の封蝋だね。ザート君宛てだ」
茶葉の中から出てきた細くたたんである紙には、たしかに紫色の封蝋がされていた。
指で押すとパリという音とともに封蝋が剥がれた。
巻かれた紙を開いて読んでいく。
「レーマさん、少しの間、僕たち三人きりにしてもらえませんか?」
「わかりました。部屋の外にいるので終わったら呼んで下さい」
リュオネとスズさんの座るテーブルの上に手紙を置いた。
「……マロウ・カスガ=ヨウメイがくる。これをグランドル伯爵は知らせたかったんですね」
スズさんが口元に指をあてうめく。
眉間を少し狭めたリュオネも耳をピクピクと動かしている。
手紙の内容は、レーマさんに、【白狼の聖域】とブラディア王に手紙の内容を伝えること、それにくわえて皇国とブラディアの軍事同盟を結ぶに当たって条件が付けられた事が書かれていた。
「厄介、というか僕らにとっては大問題な条件だな。この手紙を先にもらっておいて良かった。交渉の席でいきなり言われたら飲めません、って反射的に席を立っていたかも知れない」
「艦隊を送る代わりに、私と皇国駐留軍一個大隊全員を皇国に呼び戻す、か……」
リュオネの冷静に内容を読み解こうとする姿をみて僕も少し冷静になってきた。
リュオネの横に椅子をもってきて座り、条件を出すに至った経緯に改めて目を通していく。
ジョージさんからの手紙によると、魔鉱銃をもった【白狼の聖域】の働きと牙狩りとなったリュオネの活躍が連合王国の重鎮が集まる殿上会議で話題にのぼったらしい。
ホウライ皇国とバーゼル帝国との間で既に小競り合いは始まる中、強力な新兵器をもつ大隊とそれを率いる牙狩りとなった候主を”外国に貸し与えておくなどもってのほか”であり帰国させ戦線に赴いてもらうべきとヨウメイの一族の代表が主張したという。
「我々とは別行動を取っていたヨウメイの諜報員が情報を持ちかえったのでしょうけれど、情報に抜けがみられたようですね。命令に従う義務を持つのは純粋な皇国軍のみで、そこに銃や魔弾をつくる鍛冶は含まれていない」
「主張に説得力を持たせるためにあえてふれなかったのかもしれないよ。実際、彼らの主張が会議の意志としてきまってしまったんだから」
「確かに……このヨウメイの一族っていうのは?」
「皇国軍人は陸軍を中心として狼獣人がほとんどだけど、各種族の人口で言えば、多数派なのは犬獣人なんだよ。だからヨウメイの一族には皇国の代表は自分達だ、っていう自負があるらしいよ。目の敵にされているアシハラの私がいうのもなんだけどね」
口調こそ穏やかなリュオネだけど、目元は引き締まり口の端は酷薄に軽く引き揚げられている。
さすがは勇敢さで知られる狼獣人の姫様だ。
「それじゃあ、その一族のマロウ・カスガ=ヨウメイという人はムツ大使が交渉の席で強く出るか監視のために来た、と考えるべきかな」
「まずそう考えるのが妥当かと。彼は一族でも嫡流に近く、若くして殿上会議に登ることを許されるほど有能な人物です。会っても言質をとられないように、リザ女王陛下にも早くお伝えすべきです」
スズさんの説明を聞きながら僕はテーブルに肘をつき考えをまとめる。
「ザート、どうしたの?」
リュオネとスズさんの視線にめをあわせ口を開いた。
「それほど有能な人物が監視のためだけに海を渡ってくるのか疑問に思ってね。さっきから気になっているのは、リュオネを名指しで帰国させようとしている所だ。牙狩りはバーゼル帝国との戦いで重要な戦力になるか?」
「ううん、自分でいうのもなんだけど、普通の人間相手なら牙狩りはただの軍人といって変わりないよ」
「あえていうなら象徴として、でしょうか」
ふむ、リュオネの父であるミツハ少佐が同盟の象徴としてアルドヴィンに来たようなものか。
それならなおさらリュオネはブラディアには残すべきだろうに。
「マロウという人がなにを企んでいるか、今はわからないけど、とにかくこの手紙はリザさんに急いで届けてもらおう」
手紙を巻き直し、僕自身の封蝋を紙に垂らして作ったばかりのシグネットリングの面を押し当てた。
クローリスの作った通信道具でショーンを呼ぶ。
『ザートか、どうした?』
『急いで新ブラディアに運ぶものができた。磯のヤトマリで待ってるから来てくれ』
手短にショーンに用件を伝え、部屋の外にでると、レーマさん達が立ち上がった。
「ジョージさん達と一緒に厄介な客が来るようです」
「そうですか。それなら監視もつけて十分に注意しましょう」
真面目な顔をして返すレーマさんにふと思いだした事を付け加えた。
「手紙でジョージさんが、レーマさんがお茶狂いで助かったって書いてましたよ。もっと良い茶葉を本物の土産にするので許してくれ、だそうです」
――◆ 後書き ◆――
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