第32話【もう一つの手紙】
空は春先だけ見える
そんな中、皇国の艦隊がぽつぽつと見えている。
風景だけならのんびりしているのに、地上は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
デボラさんの一報から僕らは休む間もなく動き続けた。
南方諸侯の人々には北岬砦の別館にて休んでもらい、グランベイ駐留軍と行政庁によりいそいで儀仗隊が組織された。
ブラディア王国にとってホウライ皇国は軍事同盟を結んでもらえるかどうか瀬戸際にある、嫌われてはならない国だ。
コズウェイに戦艦があるとはいえ、ブラディア単独ではアルドヴィンの海軍には対抗できない。
南方諸侯連合の戦艦が味方についてくれたけど、それでようやく対等になったくらいだ。
バーゼル帝国の戦艦がレミア海にでてくればブラディアになすすべはない。
「だからといって、叙爵して間もない元平民を代表に据えるってやっぱり無理がありませんか?」
建国式典でも身につけたけどいまだ着慣れない、アイスブルーを基調としたジュストコールをみながらおもわず愚痴をこぼした。
「無理でもやってもらわなくては困ります。今のブラディアにとってホウライ皇国は最恵国待遇をしなければならない相手なんです。爵位をもっているザート君が対応しなければ、ブラディア王国の沽券に関わります、ああ、そこで風にあたっていたら整えた髪が乱れます。室内に入りましょう」
去年の夏に使っていた作業室を臨時の待機所とし、気ぜわしく用意していた式典の行程表をめくりながらギルド職員、もといブラディア行政庁職員に指示をだしている行政官はレーマさんだ。
グランベイ男爵事件の後に行政官になってから忙しい日々を送っているらしい。
アンジェラさん、そろそろレーマさんにテイを補給してあげて。
「それに、先ほどの先触れによれば皇国の要人としてアーネスト・ムツ全権大使の他にマロウ・カスガ=ヨウメイというホウライ皇国の上級貴族がのっているそうです」
「ヨウメイ?」
それまで淡々とリュオネと一緒に準備をしていたスズさんが明らかに不審そうな表情をした。
リュオネも怪訝な顔をしている。
「なにかあるんですかスズさん?」
訊ねると、ホウライ皇国軍の礼装に身を包んだスズさんははめかけていたケワイの髪飾りをはずした。
「カスガ家はヨウメイという一族の嫡流です。マロウ・カスガは壮年にしてすでに殿上会議という、ホウライの重鎮が集まる会議に出席する事を許されています。こちらの爵位制度でいうならば、カスガ家は大侯爵といった所でしょう」
ホウライ皇国は話によれば土地も人もアルドヴィン以上の規模を持つ大国だ。
そこの大侯爵本人がわざわざ来るなんてどういう事だ?
「なんですか皆で怖い顔して? グランドル伯がお土産に送って下さったテイを用意したので、座って一休みしてください」
さっきの思いが通じたのだろうか。
受付嬢をまとめるアンジェラさんが四角い箱を手に持ち部屋に入ってきた。
ずんぐりした壺と細長い壺、小さなカップにハシなどが入っているテイをいれるための道具一式だ。
テーブルにつき、テイの香ばしい香りを嗅いでいるとスズさんとリュオネもリラックスしたように上げていた尻尾をおろしていく。
「ホウライ皇国は狼獣人のアシハラの一族が皇族として皇帝を輩出していますが、ホウライ皇国は複数の王国が連合してできた国です。ヨウメイの王国はホウライ皇国の海の玄関口がある東部にあって豊かなのです」
言葉を切って、スズさんが説明をしてからテイの入ったカップに口を付けた。
なるほどリュオネが微妙な顔をしているのもわかる。
富を持ち、人口も多い種族の長が皇国全体の長になる野心をもつのも自然な事だ。
まえにリュオネと皇族の勇ましい行事について話をしたとき、強くある事が皇族の存在理由だともいっていた。
今にして思えば、アシハラの行事はヨウメイを牽制する意味もあったのかもしれない。
ただ、二つの一族に確執があるのはわかったけど、やはりマロウという個人がなんのためにきたのか、理由が気になる。
「レーマさん、ムツ大使やグランドル伯からの手紙は無かったのですか?」
アシハラとヨウメイの確執について理解し、アシハラ側の人間であるムツ大使なら、僕らになにかメッセージを送ってきていてもおかしくはない。
「うーん、先触れの竜使いがもってきたのはこのテーブルにあるもの全部だけど、手紙らしきものはないなあ」
潮風にも耐えられるようにした皮の包装、先触れであるので実用一点張りの書簡、本文に暗号がないかと調べたけど何もない。
浄眼で魔力を捜しても見当たらない。
「まあ、ないものはしかたない。僕たちにできるのは集中するためにテイを飲む事だけさ」
レーマさんが手慣れた様子で古い茶葉を取り出し、魔法で手早く熱湯をつくり洗う。
今度はもう一つの細長い壺の茶葉を使うようだ。
トングのような道具を使って茶葉がこわれないように平皿の上にのせていく。
「ん……?」
茶葉とはちがう、ガサリという音がした。
直後、レーマさんがおもむろに茶葉をひっくり返し、茶葉が壊れるのも気にせずにかき出し始めた。
「あの、何を……?」
レーマさんは何も言わずにこちらを見てメガネを光らせている。
壺から出たトングは一片の紙をつまんでいた。
――◆ 後書き ◆――
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