第34話【新ブラディアに向かう車中にて】

 歓迎式典が終わったので、皇国の交渉団を新ブラディアまで案内する。


「ではカスガ王、この馬車で女王陛下の待つ新ブラディアまでむかいます。どうぞお乗り下さいませ」


「ふむ、いささか私には狭いようです。何か壊してしまったら失礼」


 ムツ大使に促されたカスガ王ことマロウ・カスガ=ヨウメイが犬獣人としては破格の身体を賓客用の六車輪馬車に押し込んでくる。

 ホウライ皇国は連合王国なので、貴族を呼ぶ時は尊称のかわりに王をつけるらしい。

 暗紫のヒゲと髪をもつ壮年のカスガの口調は丁寧だけど、言葉のはしばしに傲慢さが滲み出ている。

 新ブラディアまでずっと隣だと思うと憂鬱だけど、最初にごねられたようにリュオネを座らせるよりマシだ。


 コの字型の座席は最後部に賓客とホスト、この場合僕がすわり、それぞれの前に護衛、その向こうに各々の秘書や事務官が座る。

 城や館でもてなすのと同じ座り方なので、車中で歓談がしやすいようになっている。


「それでは、参りましょう」


 最後に前方から馬車に乗り込んできたムツ大使が着席した後、ゆっくりと馬車は移動を始めた。

 乗っているのはカスガと護衛の犬獣人の男女、僕、リュオネ、スズさんにムツ大使だ。


「皇国の海軍についてどこまで話したか……そうそう、陸軍との違いについてでしたね。ホウライ皇国は大陸の沿岸にある国ですが、狼獣人が多い陸軍は国境の接する内陸でバーゼル帝国と常に戦っています。対して、我々犬獣人が受け持つ海軍は直接外敵と戦う事はありません。かわりに普段は貿易船として活動しています。いわば金銭面で陸軍を支援しているわけです」


 艦隊を送る事で本来得られるはずだった金がある。それを含めての貸しだ、とカスガは言いたいのだろう。

 海軍に影響力を持つヨウメイの一族にとっては軍艦の派遣は大きな痛手だ。


 けれど疑問がのこる。

 痛手にもかかわらずそれを承諾し、しかも予定よりも二隻も多く派遣してきた。

 ということは今回の件で彼はなにか大きな利益を得るはず。

 それが今だにつかめないことがとても歯がゆい。


 先ほどみたグランベイ沖に浮かぶ八隻の皇国艦隊。

 たしかに、あれだけの船と人がいればブラディアに制海権をとられる事はなくなるだろう。

 皇国組が皇国に帰還すればバーゼル帝国との戦いは有利になるだろうが、それは国の利益であってヨウメイ一族の利益ではない。


「そう、貿易といえば、あの画期的な魔鉱銃、あれがあれば我が国はバーゼル帝国を早々に撃退することもできるでしょう。魔鉱銃は卿と殿下の【白狼の聖域】が作っているのですよね? 両国のためにも是非輸出をしていただきたい」


「はは、アレは我が国でもまだ配備が十分ではありません。女王陛下の御心しだいとしか私どもは答えられませんね」


 軽くうけながしつつ、内心は冷や汗をかいている。

 皇国組が手持ちの魔鉱銃を持っていくだけならいい。

 けれど、貿易品となれば、銃をどこに配分するか、という決定権は実質海軍が持つことになる。

 戦いにおいて、今まで身体能力で勝っていた狼獣人の優位性が、銃をもった多数の犬獣人によって覆されてしまうのだ。

 そうして勢力が拮抗すればホウライ皇国が割れる可能性だって出てくる。

 今更ながら、魔鉱銃の負の側面を突きつけられた気がする。


 僕から魔鉱銃を直接手に入れられないと判断したのか、一瞬鼻白んだカスガだったけど、すぐに取り繕った笑顔をうかべた。


「そうそう、今回の同盟にあたってはリュオネ殿下の帰国も条件にあるが、ムツ、殿下につたえたか?」


「……いえ、これからお伝えする所でした」


 ムツ大使は無表情に頭を下げる。


「そうか。陛下の全権をまかされたムツがいうのではればそうなのだろう。条件が通るかどうかはエリザベス女王陛下とムツの交渉しだいだ。だが同盟には皇族の派遣が重要な意味を持つ。今回の艦隊には誰も乗っていなかった以上、私の帰国はまだ先になるのだろう?」


 すこし気色ばんでカスガに向き直るリュオネに対して、カスガは面白そうに手の平にある玉を転がした。


「いいえ、協議に時間がかかっているだけで、近日中にいずれかの皇族がこちらに派遣される事はきまっております」


 リュオネへのゆさぶりに手応えを感じたらしいカスガが笑みを深くして身を乗り出した。


「私にはクランを設立した責任がある。ティルク人がこの地にいる以上、責任は放棄しない」


 リュオネはすぐに意識を冷静にし、カスガとの対話を打ち切った。 

 全権はあくまでムツ大使にある。

 カスガを論破する事に意味はないのだ。


 二人の間に剣呑な雰囲気が流れている。

 しばらくリュオネを見つめていたカスガが唐突に身体を引き、背面にもたれ足をくんだ。

 口元には先ほどとは質の違う、勝ちを確信した者の余裕とおごりをともなう笑みが浮かんでいた。

 嫌な予感がする。


「リュオネ殿下はご自身が牙狩りである自覚がおありではない……いや、ムツ、もしかしてこれは話していないのか? バーゼル帝国が皇国との戦争に魔人を兵器として投入している話は」



     ――◆ 後書き ◆――


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