第29話【殺意を向けられるということ】
腹に向けられた切っ先をかろうじてかわし、伸びた腕に大太刀をたたき付けるも切りあげにより軌道をそらされる。
脛を切りつけるも円を描きもどってきた直刀によりおさえられ、左肩による体当たりで切っ先を封じられる。
これでは大太刀は使えない。
右腰のダガーに手を伸ばす。押さえようとする手が伸びてくる。
ダガーから手を離し逆に捕らえようとするが手の甲ではじかれる。
懐での一瞬の攻防の後にお互い身を離してふたたび遠間から互いに打ち合い、絡め、体勢を崩し、転がって逃れて互いに向かいあった。
「なるほど、初見殺しは通じないか」
鞘のない、抜き身の直刀を掲げてオクタヴィアさんは楽しそうに笑った。
オクタヴィアさんの杖刀の刀身は鞘の三分の二しかなかった。
残りは空、しかも鞘自体、打ち合えば簡単に二つに割れる仕組みになっていた。
重心がおかしいという刹那の違和感がなければ鞘の物打ちを受けとめた瞬間に間合いを狂わされ、割れた鞘から現れた刃で胴を貫かれていただろう。
悪寒を感じながら、重ねの厚い直刀を片手に立つオクタヴィアさんを見た。
彼女の微笑みと澄んだ明るい赤色の瞳は先ほどと変わらず喜びを表している。
それなのに、根本が違っている。
——喜びは、敵を殺した後に味わうもの
——怒りは、己が正義にたてつく敵に向けるもの
——哀れみは、最期まで自らの罪に気づけずにいた敗者へと向けるもの
——楽しみは、殺害の瞬間におこる陶酔のなかにある
学院時代の教官が単純な例を挙げ、戦場の中で感情を”再定義”した人間の殺意は感じ取りにくいといっていた。
高みに至った者の殺意は感情と融合し消えるだろう、とも。
「どうした、こないのか?」
視界の中でオクタヴィアさんが朗らかな笑顔で両手を広げているけど、隙をみせないようにするだけで精一杯だ。
今オクタヴィアさんが放っているのは僕を殺す事を前提とした一切の感情だ。
これが彼女の”作りだした”殺意なのか、あるいは”素の感情”なのか、判断するのが難しいほど自然な事に驚嘆する。
戦場を駆け抜けてきた彼女の殺意は今どこまで至っているのだろうか。
頭では彼女が殺意を”あえてつくりだしている”事がわかっているのに、背筋の悪寒がとまらない。
法具による現象かとも疑ったけど、浄眼にはなにもうつっていない。
彼女が己の身一つで練り上げた一切の意識で僕は動きを抑え付けられているのだ。
——殺し殺されの世界をなめてくれるなよ?
先ほどから槍衾のようにオクタヴィアさんから向けられる感情のなかでもひときわ深く突き込んできた大身槍のような感情に、僕の心身は反射的に動いた。
『ヴェント・ヴィギント!』
身体強化にさらに”加速”を二重掛けし、彼女にむけて袈裟切りを放つけど、苦も無くさばかれる。
動き出すおこりを悟られればどれだけ早くても意味が無い。
それにまだ殺意に当てられて身体が上手く動かない。
切りつけた直後、直刀から離れた左手が僕の右腕にせまる。
無詠唱で放たれたファイアボルトからのがれつつ、僕の左こめかみにせまった直刀の柄を大太刀のつかではねあげる。
距離を取ろうとしてもダンスを踊るようにつかず離れず距離を保ってくる。
どうやらオクタヴィアさんは自分の長大な直刀に対抗しようと長物を持ちだしてきた相手の懐で戦うのを得意としているらしい。
「ファイアボルト!」
「ロックウォール!」
どの種類の魔法で距離を取ろうとしても向こうがつめてくる。
こちらが殺気にあてられている内に押し込むつもりだろう。
仕切り直しはさせてもらえない。この状態から巻き返すしかない。
僕が今押されているのは、なまじ実力があったから、殺意に対して鈍感になっていたからだろう。
いざとなれば力でねじ伏せれば良いなんて甘い考えが僕には残っていた。
さっきの鞘を割ることによる不意打ちなんて相手にとっては児戯の内だ。
コストさえかければ、単純な強さという盾をくぐり抜ける攻撃手段はいくらでもある。
そして僕はコストをかける価値がある人間だ。
戦いの中、オクタヴィアさんから向けられる殺意でそれが理解できた。
理解はできたので、この授業も終えなくちゃいけない。
「ロックウォールだと? それは背水の陣か?」
直刀で切りつけながら器用に問いかけるオクタヴィアさんを無視し、僕はベルトポーチから粒をとりだし、魔力操作で魔素を抜いた。
直後、ワイバーンの身体すら吹き飛ばす爆風がオクタヴィアさんを吹き飛ばした。
周囲で観戦していた団員達からも悲鳴があがる中、僕は大太刀を空に突き立てるように切っ先を上にむけ、ロックウォールを足場にする。
『
地を蹴り衝撃を逃しながら止まったオクタヴィアさんの目がおおきく見開かれ、迎え撃つべく洗練された動作で直刀をかまえようとしている。
このまま振り下ろせば大太刀は受けとめられ、先ほどと同じ事になる。
打開するには、もう一手。
『
コトダマを言い終わった時にはもう、目の前で事は終わっていた。
急停止により左足の裏から切っ先まで、一本の大太刀と変え、身体の勢いをすべて切っ先にのせて直刀にたたき付けたのだ。
結果、直刀は真っ二つになり、肩で息をしているオクタヴィアさんの横に転がっている。
自分の知覚限界を優に超える速さで動く大太刀を寸止めすることなんてできない。
僕は殺意をもって刀を振るった。
殺意には殺意を。まずはここからはじめよう。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
ぜひ★評価、フォロー、♥をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます