第30話【オクタヴィアからの申し入れ】



 見張り台をかねた無骨なベランダから見えるレミア海は、冬の間白いしぶきを上げていた海棲魔獣ケートスの群れも去り、ゆったりとうねっている。

 北岬砦は建国式以来、名目上はジョージさん、グランドル伯爵の居館になっているけれど、本人がホウライ皇国から戻っていないため、女王直属の行政官に管理され、南方諸侯など外国の要人との交流の場として使われている。


 なぜ僕が今そんな場所にいるかというと、竜の巣で休暇を楽しんでいる所をオクタヴィアさんに呼び出されたからだ。

 さきほどまでダイニングで食事をしていたけれど、質問攻めで疲れたのでこうして風に当たっていたわけだ。

 そろそろもどるか。春先でもやっぱり海の崖の風は強い。


「おお、ガンナー卿戻ったか。今からまた先日の訓練の話をしようとしていたのだ」


 暖炉近くにいたオクタヴィアさんに手を振られたのでそちらへと向かう。

 サロンにはオクタヴィアさんが使徒として治めている国であるジュゴス候国の大臣に他の候国の子息令嬢がちらほら。


 皆今日は武器や具足もつけず平服だ。

 身分を示す宝飾品も控えめだけど、皆王族だけあって上質なものをまとっている。

 竜の巣から一緒に来たリュオネも全体に暗めのグリーンでまとめているけれど、彼女の銀髪とリナルグリーンの瞳が引き立っていて初春の今にふさわしい。

 スズさんも濃紺の男装に身を包み、従者のように控えている。


「それでさっきの話の続きだが、最後のあの斬撃はやはりスキルではないのか?」


 すすめられるままに座ると、髪をアップにしてうなじと肩を出したドレスのオクタヴィアさんが赤い瞳を烱々と輝かせて話しかけてきた。

 この人、背はリュオネよりは低いけれどボディラインの主張が激しいんだよな。

 戦場の荒々しい甲冑姿とのギャップもあって、すこし目のやり場に困る。


「記銘により再現性を持たせた動き、という意味でのスキルではないですね。基礎スキルの身体強化をその都度調整しているので、極論を言えばどの体勢からでも放てます」


 僕の言葉にオクタヴィアさんはため息をついた。

 オクタヴィアさんは戦いでカウンターを取るためにスキルマニアと呼ばれるほどスキルの特徴を学んできたそうだ。

 直刀を残して避けるほかなかった僕の攻撃を未知のスキルと考え、こうして何度も聞いているのだ。


「自分の最高の動きを再現するスキルは、コトダマは無詠唱で隠せても体勢や間合いである程度先読みができる。それを見きって反撃するが私の強みだったのだがな。最後までスキルなしで相手をされるとは思わなかったぞ」


「それに君は戦いでアルバ神の使徒の証である神器も使わなかっただろう? こんな強者がブラディアにいるとは、やはりアーヴル候の話をうけていて正解だった」


 右手の中指にはめられたリングを指さされ、思わず手元を見る。

 神器は法具の中でも別格の存在らしい。


「こんなこと言ってはなんですが、アーヴル候が亡命するなんて話をよく信じましたね?」


 城に呼び寄せられて閉じ込められ殺されるなどとよくある話だ。


「最初は半信半疑だったぞ。けれど側近が何の攻撃も受けずにアーヴル城に入城し、アルドヴィンの戦線を崩壊させたと連絡を受けては信じざるをえなかった。ソフィス家とアーヴル家がアルバ神を信奉する教団の幹部だという話もな」


 確かに、領地を明け渡すなどと、金銭や国家を超えた結びつきがなければ説明がつかない。


「その後、ブラディアと同盟を結びアルドヴィンを挟撃するというアーヴル候の提案に諸侯連合が同意し、亡命するアーヴル候を護衛がてらバフォス海峡を通ってきた、というわけだ」


 そのついでにアルドヴィンの艦隊に一撃いれてきたというのだから剛毅な話だ。


「ところで、アルバ様の使徒であるガンナー卿にうかがうが、戦争が終わった暁には神界におわす我が神ジュゴスをはじめ、諸侯の仰ぐ神々の再臨がかなうというのは本当だろうか?」


 オクタヴィアさんが一瞬、剣を交えていた時のような鋭い目でこちらを見据えた。

 周囲の王族の意識が一気にこちらに集まるのがわかる。


 諸侯が信仰する神々は、かつてはティルクやバーゼル帝国と同じくそれぞれの世界の神で、勢力の盛衰はあってもおおむね平和に共存していたらしい。


 けれど、バーバル神は彼らの存在を認めず、一方的に攻め滅ぼした。

 使徒である諸侯は連合して勢力を保っているものの、すでに神々は顕界する力を失っており、アルバ神、つまりシャスカを除いて皆神界に戻っている。

 彼らにとって、それぞれの神々が再びこの地に再臨するというのは悲願なのだ。


「アルバ神いわく、自分が力を取り戻し、神界の旧神が自らに従うと同意するならばかなう、という話でしたよ」


 この部屋で聞き逃す人が居ないよう、丁寧に、はっきりと口にした。

 機会があれば諸侯に伝えておけ、とシャスカにあらかじめ言われていた内容だ。

 シャスカも何の見返りもなく旧神達を呼び戻す事はしない。

 自らに従う神が多ければ世界をより富ませることができる。

 世界を富ませ、神格を高めるのは神としての行動原理だ。


「あくまで己が主、他が従でなくてはならない、というわけだな」


 ふむ、と顎に指をあてオクタヴィアさんは長考する姿勢をとった。

 こう言ってはなんだけど、すでに協力関係にある今、なにか悩む余地はあるんだろうか?


「そうだガンナー卿、神の使徒同士の結婚はそれぞれの神の結びつきを強くする。ジュゴス神の使徒である私と結婚してはくれないか?」


 場の空気どころか、時間さえ固まってしまったかのような緊張感が部屋を一気に満たした。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


オクタヴィアさんがとんでもない提案をぶっ込んできました。

次回、さらに混沌な状況になります。


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