第27話【身分を隠しての実戦訓練】
いまだ寒さの続く中にあって、今日の練兵場はいつにも増して熱気に包まれていた。
普段の練度を上げる事を優先した静かな訓練とは全く違い、激しく舞う土埃の中、金属を打ち合う音が絶え間なく響き、叫び声と回復魔法やポーションが飛び交う。
「休め!」
練兵場にブラディア王国建国式にも臨席していた南部諸侯の一人、オクタヴィアさんの凜々しい声が響く。
それにあわせて僕たち【白狼の聖域】の団員と、現在簡易出城に駐屯しているアーヴル候軍、そして南方諸侯の部隊が一斉に地面に座り、装備の確認を始めた。
僕も普段使い慣れたミンシェンの刀やレナトゥスの刃は封印して一般団員の使うホウライ刀を確認する。
今行っているのは、障壁を張るスタミナを毒で無くした上で行う実戦訓練だ。
障壁が無いため、攻撃は直接身体に届き、回復魔法やポーションを使わないと治らない。
僕は軍人としての訓練を受けてきた訳じゃないから、どうしても痛みにひるんでしまう。
ひるみは死につながる。
今までは深手を負う事は無かったけど、学府との戦闘になれば何が起こるかわからない。
弱点は克服しておきたいので一般団員に交じって訓練をしているのだ。
おかげでひるむ程度はかなりへったけど、代わりに面倒なことも起きつつある。
「お前さぁ、冒険者カードみせないけど、本当に銀級なの? こっちが手加減してやってるのにポーションがねぇと致命傷になる攻撃が結構入ってただろ。いくら実戦の痛みに耐えるための訓練でもお前センスなさすぎ。戦闘しない部隊に回してもらった方が良いんじゃねぇの?」
さっきまで剣を打ち合っていた南方諸侯の若い部隊長の周りに聞こえるような助言に、周囲から失笑が漏れる。
今日の正午にこの訓練をはじめてから何度か人を変えているけど、回を重ねる事に失笑の声は大きくなっている。
当然と言えば当然で、たったいま若い部隊長が言ったように何度も致命傷を高位ポーションで治癒して戦っていたからだ。
「これから先の戦争では弱気なことは言っていられないのでね」
これといった反応もなく淡々と装備の確認をしていると、部隊長は挑発に乗らなかったのが気に食わないのかこちらにじっとりとした敵意を向けながら自分も装備の点検を始めた。
「ポーションの補充に来ましたー。足りない人はこっちに来て下さーい」
カゴにポーションを詰めたミワが歩いてきたので立ち上がりポーションの受け取りにいった。
「団長、もう十分じゃないですか? リュオネ様も心配してますよ。はやくその趣味の悪い訓練を終わらせて下さい」
趣味が悪いとはひどい言い草だ。
一般団員を含めた身内にはだまってもらって一般兵の振りをしているのは、身分を明かせば相手がひるんで、お互い訓練にならなくなるからなのに。
「心配かけて悪い。でも大丈夫だよ。もう少ししたら終えるから」
一般団員とおなじようにポーションを受け取りつつ小声でミワと話す。
不満顔のミワと別れて場所に戻ると部隊長が立ち上がってこちらを見ていた。
ねっとりとした視線でミワの後ろ姿を追っている。
「今の女って白狼姫の親衛隊なんだろう? いいねぇお前等の所は冒険者あがりの女が多くて。俺も親衛隊に入りてえわー」
そういって同意求めてくる視線を投げてくる。お追従でも言えというのか。
「衛士隊に外部の男性は入れないよ」
早くこいつとの会話を切りたい。
次にまともな人に相手になってもらってこの訓練を終えよう。
「んなことわからねーだろが。ガンナー伯爵様も貴族になったばかりで手が足りないだろうし、今が狙い目ってやつ?」
「……どういう意味だ?」
こちらの雰囲気が変わった事で相手は一瞬ひるんだけど、プライドが高いのかひるんだことを隠すようにことさら余裕をみせるかのように高い声をだした。
「親衛隊に入れば白狼姫様も狙えるって意味だよ、お前みてえな平団員には恐れ多いから考えもつかねえか」
ざわりと周囲のクラン団員、とくに皇国組の雰囲気がかわる。
一線を越えたコイツの馬鹿さに呆れるとともに、そのせいで迷惑を被ったので怒りも覚える。
そんな事言われたら俺、立場上お前をたたきのめさなきゃいけなくなるだろうが。
「殿下を愚弄したな」
僕が口を開くとほぼ同時に相手は一瞬で間合いをとった。
さすがに軍人だけあって、此方が刀に手をかける前に殺気に気付いたみたいだ。
「だったらお前はどうするんだ? さっきからお前全力で戦っているのに俺に勝てねぇくせになに粋がってんだよ」
こちらがびくつくと思ったのか、刀をさっと抜いてかまえて見せた。
余裕そうに見せているけど、実際はそうでもないみたいだ。
南方諸侯軍でも侯爵軍でも、皇国組の雰囲気が変わった事に気付いた人達ははやし立てるのをやめている。そのことにこの若い部隊長は気付いていない。
「僕の本気をみせてやる」
一瞬の沈黙の後、僕と部隊長は二人で大笑いをした。
よかった、冗談はすべらなかったみたいだ。
直後僕は刀の柄に手をかけた。
「——ギィァアアア!」
身体強化し、一足飛びに僕の居たところに刀を振り下ろした男はその場で絶叫を上げて倒れ込んだ。
同僚らしい男数人があわてて駆け寄っているけど、首をひねっている。
「イテェ! 早くポーションをくれ!」
「落ち着け! わけがわからんがとにかく傷はないんだ!」
服が切られているだけで怪我がない、それなのに痛みで暴れ回っているのだから同僚がそう考えるのは当然かもしれない。
そうこうしているうちに、けが人の絶叫をもかき消すほどの豪快な笑い声が群衆のむこうから聞こえてきた。
「ハハハ! ガンナー卿! 斬ると同時にポーションを注ぎ込むとは恐れ入った! さすがは【白狼の聖域】の団長だな!」
人垣から現れたのは、朱髪を高く結い上げた女性、今日の訓練を主導した南方諸侯連合のオクタヴィアさんだった。
――◆ 後書き ◆――
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