第26話【夜のガールズトーク】
〈クローリス視点〉
「入ってー」
「う、うん」
ジェシカにうながされ、敷居をまたいで部屋にはいる。
来るたびに思うけど、かすかにミントのような香りが漂うジェシカの部屋は意外なほど片づいている。
違和感があるとすれば、土魔法を使うのにつかう石があるくらい。
東区のここに来る途中に買い込んだ屋台の食べ物をテーブルに置いたジェシカが椅子の背を引くのでだまってうなずき腰を下ろす。
私が無口なのは口を動かす元気がないからだけど、ジェシカもそれに合わせるかのように必要最低限のことしか口にしない。
ジェシカはふだんうるさいけど、こういう気遣いをしてくれる所は好きです。
「とりあえずシチューを暖かいうちに食べるぞー」
真ん中に置いた屋台で買った素焼きの壺のフタを開けると、湯気が一気に立ち上る。
うん、香りは屋台で買った時のまま。
食べる直前に、と一緒に渡された冬の香草をちぎって鍋の中にいれると食慾を刺激される香りが部屋の中にひろがっていいですね。あ、お腹鳴った。
「はい取り皿ー」
壁ぎわでクレイをつかって器をつくっていたジェシカがもどってきたので、一番大きなプレートの上に主食の平パンや他に買ってきたものを並べて両手を合わせて、いただきます。
「「いただきます」」
料理の味についてあれこれ話したりするとあっという間に料理が無くなっていきます。
王都が名実ともに消滅した今、ブラディアで一番食が充実しているのはここ第三新ブラディアでしょう。
にしてもジェシカはよく食べますね。
「ジェシカ太りますよ? ウィールド工廠でも甘いものもらってませんでした?」
「ウチあそこでそんな食べてないよー? 食べてたのは男達だけー」
あ、しまった。
からかうつもりで口にした言葉のせいでさっきのことを思い出してしまった。
面倒くさくて書類の束に紛れ込ませておいた精算書を自分で引き当ててしまった気分ですよ。
うぅ、思いだしたせいでご飯の味がしない……
「ごちそうさまでした」
先に食事を終えてソファの上でお腹をさすっていたジェシカが首だけ向けてきた。
「おー、これから帰るなら腹ごなしにドームまで送るぞー」
ジェシカの申し出に思わず眼をしばたかせた。
「え? ジェシカ、何か話すために食事にさそったんじゃ?」
「ん? ウチは夕食に付き合ってもらおうと思ってただけー。でもクローリスが何かききたそうにしてるのはわかってるから質問があるならきくぞー」
ごろんと寝返りをうってジェシカが金色の瞳でこちらを見つめてくる。
ちょっとそれはずるくないですかね?
でも言われてみればジェシカに説明する義務があるわけじゃない。
知りたいのは私の側の都合だ。
寝そべるジェシカの隣に座る。
「じゃあ、あの……、防音室に集まってた人達ってザートとこっそり会ってたんですか?」
私だってこの世界に来て長いのだ。
男性がプロポーズする前に年上の同性に相談して段取りを付ける、という話は知っている。
「それは性的な意味で?」
ジェシカがいつもの半目に口元をつり上げて笑っている。
性的な意味? 性的な意味でこっそり会って?
「違いますよ!」
しかもエンツォさん既婚者じゃないですか!
ジェシカのすぐからかう所は良くないと思う。
はぁ、やっぱり直接的な言葉で言うしかないでしょうね。
「ザート、もうすぐリュオネにプロポーズするんです?」
なんて聞きづらい質問なんだろう。
第一私は【プラントハンター】というパーティの一員だ。
なんで私が知らなくてジェシカやエンツォさん達が知ってるのだ。
自分できいておいてなんだけど、ちょっと情けなくなってくる。
「んー、そうっぽいよー。あ、これ秘密ねー」
秘密っていうのに内容を即答するってどうなんですか?
こっちは散々心をもやもやさせながら訊いてるのに、こっちの人はやっぱり結婚についてドライな気がします。
「なんだよほらー。つっこめー、いつもみたいにー」
黙っていると黒い尻尾が私の背中を叩いてきた。
普段だったら気持ちいいのに、今日はなんだか無性に憎たらしいです。
「つっこめないです。なんだかもやもやします……」
ジェシカに背を向けてちょっと気持ちの整理をする。
ジェシカが憎たらしいという気持ちは、こちらのなんだかわからない気持ちをわかって欲しい、なんていう子供みたいな不満なんだと思う。
背中をぴったりと合わせてきたジェシカの体温を感じつつ、まず自分の気持ちを確認する。
とはいえカマトトぶるつもりはなく、私の気持ちはいわゆる失恋というやつだろう。
初めてだからどれくらいつらいのか、自分でもまだわかっていないけど。
異世界に来てから能力の低さのせいで嫌な思いも色々してきたけど、中でも嫌だったのが、過保護にされる事だった。
こんな世界じゃ一人で生きていけないでしょう? といわんばかりに何の仕事もさせず、一人で生産系の依頼を受けても金にならないからと馬鹿にされた。
でもザートとリュオネは私を甘やかすことはなかった。
二人の実力からすれば大きく劣る私にも戦闘の機会を、成長する機会を与えてくれた。
……いや、途中から書類仕事ばかり押しつけられてたかも? いやいや、少なくとも仕事はさせてくれたのだ。
二人には恩を今でも感じている。
そんな二人は出会った時からただのパートナーという感じではなかった。
だから二人は好き合っていて、時期がくればオルミナさん達みたいに公然と恋人関係になる。だから私はデニスみたいに二人を支えるような立場になるんだろうと、そう思っていたのだ。
「なのに、なんで後悔の気持ちが襲ってくるんでしょうね……」
まわりからはやし立てられても、女子校育ちだったせいか私は自分の気持ちに気付くのがおそかった。
しかも、居てくれてありがたい、なんて恋愛小説なら伏線にもならない何気ない言葉で自分の気持ちをはっきり自覚したなんて恥ずかしくて誰にも言えない。
でも、この後悔は好きにならなければよかった、というものじゃなくて……
「クローリス、持て余している自分の感情は他人に渡すのが一番っていうぞー。楽になっちまえよー」
ジェシカの尻尾が背中越しに頬をつついてくる。
ふふ、しっぽで伝わる気持ちもあるものですね。
いたずら心でしっぽを捕まえるとニッと小さな悲鳴があがった。
「じゃあ今晩とめてください。十六歳達に置いていかれるのが怖い十八歳の苦しみをきいてもらいますから」
結局私はあの二人が大好きで、このままだと置いていかれるんじゃないか、なんて根拠のない不安に押しつぶされそうになっているのだ。
「泊めるけどさー、たったの二歳違いじゃんかー。ウチら大人から見たら大してかわらんよー」
若干嫌そうな声をあげているジェシカだけど、後悔したってもう遅いのだ。
明日は寝不足覚悟できいてもらおう……って。
「ジェシカ? いま自分のこと大人って言いませんでした?」
「……言ってないぞー、ウチ十五だしー」
振りかえると、いつも通り、感情の見えない半分隠れた金色の瞳が見返してきた。
けれど、さっきからつかんでいる黒い尻尾は私の腕から逃れようとしきりにもがいている。
なるほど。やっぱり、しっぽで伝わる気持ちってあるみたいですね。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
地味にクローリスはザートに恋してました。地味に。
そしてジェシカは年齢をごまかしていました。さらっと。
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