第25話【技術士官と魔鉱銃】
「じ、自分は、メリッサ=ルッテです。【白狼の聖域】のぎじっ、技術部門の皆様との交流を女王陛下より仰せつかり参上した次第です!」
かみかみである。
しかも自己紹介の後の事を考えていなかったのか、直立不動のまま所在なげに目を泳がせている。
女王陛下と技術士官を装備の開発に関わらせるとは約束していたけど、こんなに急にくるとは予想できなかった。
「初めまして、【白狼の聖域】のザートで」
「えぇ! 伯爵閣下⁉ し、失礼しました!」
明黄色のウェーブがかった長い髪を後で三つ編みにしたメリッサさんは、メガネの奥の目を見開き、平身低頭といった体で小さな身体をなんども折り曲げる。
そうか、伯爵として名乗らなきゃいけなかったか。
でもまだ伯爵って名乗るのに慣れないんだよな。
領地もないから地名であいさつする訳にもいかないし。
などと頭をかいて考えている間にも、メリッサさんは箱に足をぶつけ書類をちらかしている。
これは相当な人材が来てしまったな。
防音室の中の人を見られるのもまずいし、ちょっと落ち着かせる意味でも場所を変えた方が良いか。
「ごめんオットー、工廠のミーティングルームで待ってるからシリウスまでいってリュオネとクローリスを呼んできてもらえるかな?」
戦略的な話をするならスズさんにもいて欲しいけど、あいにく今は元王都であるブラディア要塞に出張にいっている。
魔鉱銃など装備の話をするなら技術部と僕らがいれば良いだろう。
メリッサさんにお茶を出して落ち着かせているうちに、ミーティングルームに技術部の面々を中心に十人ほどが集まった。
「それじゃ改めて。こちらメリッサ=ルッテさんです」
「メリッサです! 階級は、しょ、少尉です。よろしくお願いします!」
拍手に対して綺麗に左、右、中央とお辞儀をするメリッサさん。
「ウチは国軍を始めとしたブラディア勢が使う銃器の開発を一手に引き受けている。現場の声を素早く製品にフィードバックできるように、国軍で技術士官をされているメリッサ少尉に技術交流という形で来てもらった。質問があれば今のうちにして欲しい、はいクローリス」
せめて言い終わる前に手を上げて欲しい。
「メリッサさんはもしかしてギルベルトさんの妹さんですか?」
そうか、そういえば家名が一緒だな。
信用できる人を、と頼んでおいたけど、ギルベルトさんの妹なら安心だ。
「いえ、あの……姉、です。小さくてすいません」
よもやの姉!
「いえいえとんでもないです! ギルベルトさんにはいつもウチの団長がご迷惑をおかけしております!」
しばらく続きそうなお辞儀のやりとりを黙って見守る。
姉かー。小柄なので、僕もてっきり妹だと思った。
これはクローリスを怒れないな。
だがクローリス、お前は僕のお母さんか?
「あー、メリッサさんはここか、中央塔で仕事をする事になるだろう。同じ街で仕事をするので、親睦を深めて欲しい。はい次、ウィールドさん」
ん、と手を上げたのはウィールドさんだ。
「少尉殿のご専門は?」
「あ、はい。魔鉱銃に関する魔法陣理論や古代文字についての知識は一通りおさえていますが、私の専門は魔獣の兵器転用に関する研究なんです。具体的にはスタンピードにおける魔獣の行動です。異なる種類の魔獣が同じ行動をとる原因についてはこれまでは過密化した活動圏からの進出や、同種や天敵が常時近くにいることにより引き起こされる集団的恐慌、などの仮説が信じられていました。ですがどれも実証不可能な説であり、魔獣を竜種のように使役するにはいくつものハードルが……」
先ほどまでの挙動不審な態度から一転して、メリッサさんは非常に堂々と話しはじめた。
対して技術部一同はあっけにとられ……ず、なにやら暖かい視線すら送っている。
自分の専門になると急に饒舌になる研究者っているよな。
そういう人に理解があるってことだろう。
「リュオネ、これ、話が進まないからさえぎっていいかな?」
「うーん、なんか議論が始まっちゃったから様子をみようか?」
苦笑するリュオネとそんな事を話しながら様子を見ているとメリッサさんがいきなりこちらに振りかえった。なに?
「ザートさん! クローリスさんから聞いたんですけど、泥にならない魔獣の死体をお持ちだそうですね! 研究のためにいただきたいのですが構いませんよね⁉」
目をキラキラ輝かせている所申し訳ないのですが、あなたの仕事は参謀本部からの要望をウチの技術部に理解できる形に翻訳する事じゃないでしょうか。
「ええ、持ってますけど、ここだと放出される魔素の問題がありますので、また今度、出しますね」
「それには及ばないわ。私の開発したリッカ=レプリカがあれば竜種の死体が出す魔素の中でも活動できるわ」
ミンシェン、自慢したいのはわかるけど今はやめてくれないか。
「——竜種の死体‼ なにここ天国⁉」
もはや奇声すら上げ始めたメリッサさんの興奮はとどまる所をしらない。
最初は暖かい目でみていた技術部の面々も若干ひき気味だ。
どうしよう、これは
「リュオネちょっとここまかせて良いかな。中央塔まで行ってギルベルトさんを呼んでくる」
「あ、それなら私行きますよ! ギルベルトさんを呼んでくれば良いんですね?」
クローリスがこれ幸いとミーティングルームから飛び出していく。
「工廠内では走らない!」
「だいじょぶでーす。ギルベルトさーん——ぎゃぁ!」
進路上に突然現れた扉に、よそ見をしていたクローリスが全力で突っ込んだ。
「ひさびさに痛い……あれ? ギルベルトさん?」
「クローリスさん? いま私の事を呼んでませんでしたか?」
扉の向こうから現れたのはよもやのギルベルトさんだった。
けれどそれより問題なのは、ギルベルトさんが居たのが防音室、つまりさっきまで秘密会議を開いていた場所だということだ。
大丈夫だよな? もうさすがに皆帰ってるよな?
「あれ、皆さんなにして……」
クローリスが扉の向こうを見ている。
帰ってなかったか。
まずい、クローリスが男の集会の意味を知っているかどうかは五分五分だ。
事情を隠して口止めだけしておくか? いや、それだと後でばれた時になおさら気まずいか?
どうするか迷っていると、防音室から出てきたジェシカが自然な動作で扉を閉じた。
「おークローどしたー。菓子なら残念、もうないぞー」
「え……とそうなの? それは残念……」
まずいな、クローリスの奴、僕の方をチラチラ見てくる。
高確率で気付いているぞこれ。
はぁ……きづかせたくない奴にきづかれたな。
「ギルベルトさん、お姉さんがむこうの部屋で荒ぶっています。できれば止めてもらえますか?」
「そ、それは着任早々失礼を!」
ミーティングルームに走り去っていくギルベルトさんから目をうつすと、ジェシカの気まずそうな視線と目が合った。
同じように気まずげに気配を殺している扉の向こうの三人を想像するとなんだかこちらの方が申し訳なくなってくる。
さっきまでのどこか高揚した前向きな気持ちに暗く冷たい影がさす。
いや、別に悪い事をしていた訳じゃ無いんだ。
堂々としていればいい。
「ジェシカ、追加のビスキュイはいるか?」
「いるぞ、まかされたー」
僕は口止め役をジェシカに任せ、ギルベルトさんの後を追った。
これが最善、問題はこじらせないに限る。
そう考えようとするけれど、胸に一段と暗い影がさした。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
よもやよもやのクローリスばれです。
悪い事はしていないものの、ちょっとすれ違い気味ですね。
面白い、続きが気になると思われた方は♥、★評価、フォローを下されば幸いです!
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