第20話【法具回収部隊、撃退】
「ガンナー? 知ってるかルーカス?」
「いいや、でも指揮官を人質にできたんだ。関係ないだろ? それに俺たち十人にたった一人で勝てる奴なんてブラディアにはいないだろう」
ギルベルトさんの上に乗っている、ヒルダと呼ばれた豊かな金髪を編み込んだ剣士が隣の青年にに問いかけると、青年は肩をすくめた。
八人のおなじ防具をまとった男女が彼らの後ろに立ちこちらを見ている。
以前聞いた、シルトの里を襲った奴等も十人だったな。
彼らがおなじ集団なら、シルト以上の敵が十人……ギルベルトさんも捕まっているし、厄介だな。
急いで法具を守っている兵士にさがってもらう。
応援がくるまで時間をかせぐか。
「冒険者か? ま、いいか。見ての通りだ。後ろの兵士と一緒にその場をあけな」
青年が口を開くのに合わせて金髪の女剣士がギルベルトさんを引き起こして剣を突きつける。
「お前達はアルドヴィン王国の法具回収隊か?」
「いう必要あるか? いいからどいとけって。殺すよ?」
一理ある。圧倒的優位でも情報を出す必要はない。
「違うのか? 回収隊なら良い取引ができると思ったんだがな」
そういってリッカ=レプリカを装備すると、十人全員の目の色が変わり、武器をかまえた。
「六花の具足はやっぱりそっちにあったのね。ルーカスの馬鹿が逃がすから」
二人の後ろにいた、部分的に金が入った明青髪の女魔術士がつぶやいた。
それと同時に彼女が放ってきたファイアジャベリンを、僕はあえて胸元で受けとめる。
今の言葉、こいつらがシルトの仇というのは確定だな。
「……複製品でも、魔力吸収能力は高いか。ユリア、さがってろ。次は身体強化能力をためそう」
筋骨隆々といった感じの銀の入った暗青髪の男が槍をかまえて突進し、旋風が起こるほどの勢いで槍を突き込んできた。
こちらもミンシェンの短槍を取り出し、素早い突きをはじく。
はじいた槍は弧を描くと、そのまま鞭の様に頭上にせまってきた。
猪突猛進に素早く突くだけではなく、突く、打つ、払う……雑兵とは違う一流の槍使いの動きだ。
それでも、異次元というほどではない——!
敵の槍の動きを見切り、あえてがむしゃらに高速の突きを放ち敵を圧倒してみせる。
信じられないといった顔で跳びさがる相手を見て、僕は勝ちほこったように口の端を大きく引きあげてみせる。
「へえ、おどろいた。僕は銀級上位の冒険者なんだけど、この量産品があればアルドヴィン王国精鋭のあんたらとも渡り合えるんだな」
当然うそである。今のは僕の力だ。
せいぜい帰還したらリッカ=レプリカを過大評価してくれ。
さて、そろそろか。このままたたみかけてしまおう。
「人質を帰せば、この六花の具足の量産品を渡す。そちらの戦力を引き上げる事はしたくないけれど、どうだ?」
「ハッ、話にならないね。俺たちのミッションは長城の法具の回収だ。お前みたいな冒険者風情とちがって目的はブレさせないんだよ」
紫髪のルーカスが交渉を打ち切った。
「ああ、これか——」
相手が何かいう前に、僕は目線を向けるだけでファイアジャベリンを放った。
「この法具をお前らに渡すくらいなら破壊しろといわれてるんだ。だから取引材料にはならない。で? ミッションが絶対に達成不能になった時、あんたらは上官に手土産無しで帰るのか?」
燃え上がり、車輪近く破壊されかたむいた長城の法具に集まる。
壊してしまったのだからこちらに譲歩の余地なんかない。
交渉の前提自体を強引に切り替えると相手が固まったということは、戦略的な意志決定ができるリーダーはこの集団にいないということだな。
「チッ、最初から人質なんて取らずに皆殺しにすればよかった。モンスと互角だろうが、敵は一人だ!」
全員の敵意が僕に向けられる。
瞬間、ギルベルトさんを人質にとっていたヒルダの意識も僕に向いた。
——この時を待っていた。
黒い疾風がヒルダを真上から襲い、ナイフを持った右手が黒い逆鉾で弾き飛ばされた。
「離脱しろスズ! ストーンウォール!」
僕より少し遅れる程度でスズさんも既にこの場に潜んでいた。
事前に打ち合わせはしていなかったけど、隙をつくった所でうまく対処してくれたからいうことは無い。
炎上している蛇神の祭壇を回収しつつ、ギルベルトさんを抱えたスズさんと長城の上に移動し、月を背に敵を見下ろした。
「ザート!」
リュオネが応援の一隊と共に駆けつけて横に並ぶ。
「白銀の狼獣人⁉ なら、あいつが【白狼の聖域】の団長か⁉」
ユリアと呼ばれた魔術士が目をみはる。
他の敵も同様に緊張した様子で武器をかまえている。
「……撤退だ」
リーダーらしき銀の入った赤髪の中年が撤退を口にした。
「はぁ? ラーシュ、【白狼の聖域】の団長と副団長が単独でいるんだぞ? 今が倒すチャンスだろうが!」
紫髪のルーカスが食ってかかるが、赤髪のラーシュは苦い顔をして僕らの隣をにらみつけている。
「……白狼姫もやっかいだが、後にいるふたりは狩人の『一重』と……信じられないが『蛮勇』のジョンだ」
名前を呼ばれたジョアン叔父が気安げに片手をあげた。
「ようラーシュ、四精霊機関をぶっ潰した時以来か? しばらく見ない間に老けたんじゃねぇのか?」
ジョアン叔父がリーダーを挑発するけれど、相手は表情を変えず沈黙している。
挑発に反応する余裕もないか。叔父さん、シャスカを助け出した時一体どんな無茶をしたんだ……
まあいいか、とにかく早々にお帰りいただこう。
戦うのは、まだ先だ。
中庭の茂みの向こうに大楯を展開し、重装備の金髪の剣士に向けて中位火弾を射出する。
魔弾は金髪の女剣士に襲いかかる直前にファイアジャベリンに姿を変える。
けれどさすがというべきか、彼女は手持ちのカイトシールドですべて防いでみせた。
「さっき学習しなかったのか? 時間が経つごとに選択肢は減るぞ?」
女剣士が後にさがると共に、再度赤髪のラーシュに率いられた他の敵もさがっていった。
魔力吸収能力はさすがに以前鹵獲した防具よりも高いみたいだな。
「よし、撃退したな」
敵の気配が完全に消えた所でため息をつくと、なぜか誰も一言も発さず、僕に注目していた。
「うん? 撃退、したよね? ギルベルトさん達生存者も救出できたし」
当のギルベルトさんに顔を向けると、かなり硬い笑みをうかべている。
すると、応援の隊が割れて、後ろからリザさん、エリザベス一世陛下が額に青筋を立てて微笑みながら歩んでこられた。
「ガンナー卿。先ほど王家伝来の法具が炎上していたように見えたのですが? 長城をつくる法具は時を経る事に数が減っていき、ここにあったものが最後の一台だったのですが?」
なるほど。怒ってらっしゃる。
……ヤバイヤバイヤバイ! 今現在進行形で僕の評価が下がっている!
蛇神の祭壇を僕が二台もっていて、しかもさっき破壊した王国のも核を避けてこわしたからミンシェンが余裕で修理できるとか、ゴタゴタしていてまだ陛下に報告していないから!
——ドンッ!
「先ほどみせたのは万法詠唱による幻影です。本物は、この通り無事です」
出発前にミンシェンから受け取った二台目の蛇神の祭壇を中庭に出してみせる。
おおぉというどよめきが兵士達から巻き起こり、先ほど救出した工兵隊が法具を起動させると、歓声にかわった。
その様子をしばらく見ていた陛下が表情の無い顔をこちらに向ける。
大丈夫だよね? 叙爵からいきなり爵位取り上げとかならないよね?
「貴族になっても鮮やかな手並みは変わりませんね。伯爵としての初仕事、ご苦労様でした」
微笑む陛下に僕は壊れた法具のようにギギギと腰を折ってお辞儀をした。
皆の手前納得したようでいるけど、あの目はぜったい感づいてる。
このイベントが終わったらすぐに報告しなくちゃな。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
回収隊がかませみたいになっていますけど、かませではありません。
戦争が始まれば十二分に主人公達を苦しめる存在になります。
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