第18話【建国式典・叙爵】
ブラディア辺境伯がそのまま王になると思っていたため困惑したものの、僕以外の皆はリザさんが辺境伯の息女ということを承知していたらしく、歓声をもって迎えられた。
今思えば、ギルドや行政庁での仕事ぶりも、為政者となるための修行のようなものだったのかもしれない。
予想外の一幕をはさんだものの、建国式典は厳粛さを取り戻し、今は諸侯に叙爵する儀式が執り行われている。
「ルメー・バーベン=ウォルストフ、貴公をブラディア王国伯爵位に叙爵する」
片膝をついたバーベン伯の肩にソフィス家伝来の長剣がそえ、リザさん——エリザベス一世陛下が叙爵の宣言を朗々と響かせる。
王国の体制を定める重要な叙爵の儀式において、余計な声を出す者など一人もいない。
「謹んで、お受けいたします。老骨なれど、新しき王のため身を尽くす事を誓います」
静かにバーベン伯が歓声と共に僕たちの元に戻ってくる。
「クロイター・ニコラウス=ゲーゼ、王の御前にいでませい」
ブラディアの宰相にあたるヘルツ大臣がニコラウス伯を呼び出し、再び女王が叙爵の言葉をつげる。
「謹んでお受けいたします。此度の戦にあれば十全の戦働きをご覧にいれましょうぞ!」
ニコラウス伯が叙爵の証である短剣を高らかに掲げると、後ろにいる伯爵の陪臣達が雄叫びを上げた。
さすが武闘派、家臣達も勇ましい人達が多い。
さらに王に直接封ぜられる貴族の名前が続いていく。
……
リチャード・コズウェイ=パトリック
ジョージ・グランドル=ウルヴァストン(代理:エンツォ=バラッティ)
ヘンリー・ロター=ホフマン
……
辺境伯の寄子だった六爵はみんな伯爵になったわけだ。
ブラディア辺境伯が王となったことでアルドヴィンの貴族とは関係ない、新たな序列が生まれる事になるだろう。
鐘が鳴らされ、ざわめいていた広間にふたたび静寂が戻る。
「皆も知っている通り、ソフィス家では代々ブラディアに多大な貢献をした者に爵位を与えています。多大な貢献をした二名に、この建国の式典にあわせ、その功績を明らかにした上で爵位をおくります」
女王の言葉は沈黙をもって迎えられる。
誰もが答えをまっているのだ。
これまでなんの説明もなかった壇上の黒衣の来賓達の意味を。
「エレナ・アーヴル=シルバーグラス」
呼びかけに応じ、来賓であったマザーが黒衣の裾をひらめかせ、若き女王の正面にひざまづいた。
「リュオネ様のホウライ皇国を筆頭に、我らがアルドヴィン王国と対決する上で、他国との同盟は欠かせません。貴公はアルドヴィンの自領をなげうち、参列されている南部諸侯と我らの同盟を実現してくれました。その功に報い、エレナ・アーヴル=シルバーグラス、貴公に我が国の侯爵位を授けます」
「もったいないお言葉にございます」
言葉の抑揚、所作の緩急。
優雅さを体現するマザーの叙爵の儀式は一幅の絵画の主題にもなるような時間だった。
儀式の終わりと共に、出席者達の拍手が鳴り響き、一つの劇が終わったかのようだ。
けれど、功労者は二名と女王は口にした。
劇はまだもう一幕残っている。
「【白狼の聖域】団長、金級冒険者ザート。王の御前に」
一つ息をつくと、隣のエンツォさんに背中を叩かれながら中央の敷物の上に歩みでた。
「貴公はアルドヴィン王国で虐げられてきたティルクの民を救うため、皇国のリュオネ様とともにクラン【白狼の聖域】を立ち上げ、数々の功績をもたらしました。我がブラディア王国軍でも配備が進んでいる魔鉱銃の開発、ブラディア各地の詳細な地図作成等、どれも我らブラディアがアルドヴィン王国と戦う上で欠かせないものばかりです」
先ほどのマザーの時より長い、女王による功績の列挙が一度区切られた。
ひざまづいて頭を下げているので声しかきこえないけど、次第に後ろからざわめきと、熱気が伝わってくる。
魔鉱銃の有効性、第三十字街の発展、地図で領内の治安の回復。
断片的に聞こえてくる声の多くは肯定的なものだ。
本音を言えば冒険者になってから今まで不安だった。
アルドヴィン王都の貴族達は己が理解できない僕を否定してきた。
勝つことのできない教官は僕をいないものとみなし、僕の万法詠唱を既存の四精霊理論では説明できない研究者は扉を閉ざした。
同年齢の同窓は得体の知れないものとして僕を恐れさげすんだ。
だから僕も恐れられたくないと力を隠していた。
けれど、ブラディアではそんな考えは不要だった。
そう思えるきっかけを与えてくれたのはリュオネと——
「顔をあげて、ザート君」
見上げた先には、この街に来てすぐ、冒険者ギルドの窓口で対応してくれた時と変わらない、瑠璃色の瞳を光らせるリザさんの微笑みがあった。
「聞こえる? あなたをたたえる声が。ここにいる人達全員をあなたは知らないでしょうけど、彼らはあなたがしてきた事に感謝しているわ。彼らが許すから私は王としてあなたを叙爵できるの。忘れないでね」
息をしぼりだすように、はい、と呟き、口を引き結んだ。
儀式の定型文以上に貴族の自覚をうながす女王の言葉は、僕の心にしっかりと刻み込まれた。
リザさんはふたたび女王の仮面をつけ、儀式を再開する。
「さらに、貴公は異界門事変以来、行方不明であった異界門封印の鍵、アルバの聖女を救い出しました。これらの功に報い、貴公には我が国の伯爵位を授けます。家名はガンナー、氏はシルバーウルフを名乗りなさい。これより貴方は”ヘルザート・ガンナー=シルバーウルフ”です」
「謹んで……お受けいたします」
短剣を受け取ると共にどっという歓声と拍手が全方位からわきおこった。
首をめぐらせてわかるのは、知る人も、それ以外も皆祝ってくれている事だ。
何かが報われた。
僕は自分の中に溜まっていたよどみが流れていくのを感じている。
ひとしきり見回し手を振った後、僕は最初に目を向けた、いつもとは違うドレス姿で拍手をしている女性を目でさがした。
(ザート、やったね!)
来賓の中で微笑んでくれているリュオネに、僕は今できる精一杯の笑顔を向けた。
彼女から受けた祝福の幾分かでも返せたなら、嬉しく思う。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
やっとザートが貴族の地位を手に入れたことで、物語はあらたな展開を迎えます。
次回はさらなるサプライズが!
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