第17話【式典前の雑談】


 広間にもかかわらず、石組みが向きだしになった古式の城で、鮮やかな色の絨毯とタペストリが部屋を彩っており、その広間に六爵を含めた爵位持ちやティランジアの賓客が左右に並んで立っている。


 ここはブラディア城謁見の間。

 当然、僕がここに入ったのは初めてだ。


 にもかかわらず、僕は今六爵というブラディアの重要人物達に囲まれている。

 ちょっとあいさつしたら後ろにさがろうと思ったのに逃がしてくれないんだもの。

 僕が彼らの仲間に入るのを皆知っているんだろう。

 ちなみにグランベイの代官だったファストプレーン男爵は出席していない。

 彼が闇に葬られたのも皆わかっているんだろう。


「それにしても、なぜアーヴル伯爵は亡命なんてしたんだ?」


 僕の隣に並んだ子爵代理のエンツォさんがつぶやく。


「それは、壇上の来賓を見て下さい」


 広間の最上段には王座があり、中段の向かって右手には王国の文官武官が並んでいる。

 そして左手には主要な外国の来賓が立っている。


「あやつら、南部諸侯連盟の王族達か」


 後ろから声をかけたのは丸顔に厳ついヒゲを生やしたコズウェイ男爵だ。

 ブラディアの海軍を束ねているので外国の貴族にも詳しいらしい。

 男爵のいうとおり、壇上にいるのはアルドヴィン王国と長らく紛争を繰り返してきた南部諸侯連盟の王族達だ。グランベイに出現した国籍不明の艦隊は彼らの船だった。


「はい。許しを受けているの話しますが、アーヴル伯は飛び地を含む自らの所領すべてを密かに南部諸侯連盟に明け渡しました。アルドヴィン南部の防衛の要に敵が入ったため、付近の領主は皆降伏したそうです。アルドヴィン王直属の南方軍は戦線の立て直しに必死ですが、南部諸侯連盟の軍勢は内陸深くまで食い込むでしょう」


 周りからうなり声が聞こえてくる。


「自らの領土を投げうつ事で南部諸侯を仲間に引き込み、アルドヴィン王国を南北から挟撃する構図をつくるとは……アーヴル伯、傑物だな」


 細長い顔から伸びる白いあごひげをなで、壇上に厳しい視線を向けるのはニコラウス子爵だ。

 第五長城壁外に出る事も多い精強な領軍を持っている。


「領民が無体な扱いを受けていなければよいのじゃが……」


 心配そうにため息をつくのはバーベン伯爵だ。

 六爵の中で一番クローリスと仲が良い。

 方々に紹介状を書いてくれたからな。


「その辺りもぬかりはないようです。略奪の禁止を無血開城の条件にしております。戦闘らしい戦闘も行われず、むしろアルドヴィン王国海軍が残るパトラとペリエール港前を通過する際の戦闘で受けた被害の方が大きいという話でした」


「確かに、ロター港の前を通過した船には手ひどくやられたものもありましたよ。あれはアルドヴィン海軍と戦闘をした南方諸侯連合の船だったんですね」


 温厚な顔立ちをしたロター領主のホフマン子爵がしきりにうなずいている。


「おや、この腹に響く音はケイゴンの鐘ですな。そろそろ式典が始まるようです」


 ざわめきと入れ替わるように地鳴りのような音が広間い広がっていく。

 出席者の沈黙と同時に重く響く鐘の音もやんでいき、沈黙が残った。


 先触れの後、家臣団が頭を深く下げる。

 それに併せて中段、下段にいる皆が視線を外す程度に軽く顔を伏せる。

 ゆっくりと一人の男性が入ってきたのが衣擦れの音と足取りでわかった。


「皆の者、記念すべき今日、この場所に集まってくれた事に礼をいう。面をあげよ」


 かかとを戻す音がさざなみのように広がる中、僕はブラディア辺境伯を初めて見た。

 漆黒の毛皮に身をつつむ姿は威厳にあふれているけど、オットーのような重戦士ではなく、どちらかといえばバスコのような体格に近い。

 後ろになでつけた明青色の髪が半分ほど白髪になっている所をみると、意外と年かさなのかもしれないな。


「皆も知っている通り、アルドヴィン王国宰相は初代カール・ソフィス=ブラディア以来ソフィス家が開拓してきたブラディアの地を、帝国との戦争を理由に明け渡すように”命令”してきた」


 辺境伯は王の臣下ではない。

 命令されるがまま動かねばならない義務などもってはいないのだ。


「見当違いな王国宰相の報せを私は無視してきたが、昨年、アルドヴィン王国軍の一部が南方戦線を離れ、諸侯の領軍を吸収しながら北上し王都に入り、ブラディア討伐軍という名をアルドヴィン王より与えられた。我々に向けられたこの示威行為を知り、私はここに至っては戦はまぬがれぬと考え、ブラディアの王国からの独立と、皆への独立戦争への参加を呼びかけたのだ」


 皆が王の力強い演説に聴き入っている。

 諸侯の覇気も次第に高まり、熱を帯びてきた。

 

「だが私の力は衰え、戦の先陣を切るほどの力を持っていない。そこで、これを機にソフィス家の家督を次代へと譲ろうと思う」


 は?

 突然の退位宣言に広間内は一気にざわつく。

 僕はもちろん、隣の六爵達も互いに顔を見合っている。

 完全に不意打ち、寝耳に水だ。


「私、ジュリアス・ソフィス=ブラディアは今日をもってアルドヴィン王国辺境伯の冠を地に捨て、ソフィス家の家督を我が長女、エリザベス・ソフィス=ブラディアに譲る事を決めた」


 再びケイゴンの鐘が鳴らされ、混乱のざわめきがおさまると、今度は華々しいトロンフォルンのファンファーレが鳴り響く。


 右手の家臣団が再び頭を下げるので、慌てて皆頭を下げた。

 静謐の中、床をならすヒールの音が響き、玉座の前で止まる。


「皆、面をあげなさい」


 その声を聞き、僕は出そうになった驚愕の声を慌てて飲み込んだ。

 僕が冒険者になった時から何度も聞いてきた声がしたからだ。


「うそだろ……ちょっとエンツォさん」


 隣をみると、エンツォさんが今までで一番得意げな顔をしていた。

 わかってたな、この人今までずっとだましてたのか!


「私、エリザベス・ソフィス=ブラディアはソフィス家の家督を継ぐと同時に、本日をもって、ブラディア王エリザベス一世を名乗ります。アルドヴィン王国軍撃退という共通目標のため、皆で力を合わせましょう!」


 玉座の前に立つのは、シニョンにまとめた暗青色の髪に王冠を戴く見慣れた女性。

 ギルドの受付嬢のリザさんだった。



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


今までちょこちょこ登場していた受付嬢リザさん、まさかの令嬢でした。

そういえば主人公を強引に昇格させてたな、とか思い出していただけると有り難いです!

ヒロインとかぶってるというツッコミは……受け付けません!


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