第15話【王都入り】


「これが、ブラディアか……」


 ブラディア王国建国式典に出席するために王都にやってきた僕たちはしばし言葉を失ったまま、寂れた大通りを前にして呆然としていた。


「ね、実際見てみると驚くでしょ?」


 中庭でビーコの鞍を外し終えてきたオルミナさんが隣に立って言った。

 彼女らに言われるまでもなく、避難民が簡易出城に移動するのを毎日見ていたのだから王都に人はいないだろうと思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。


「こんな状態で記念式典なんてできるのか?」


「さすがに王城には人がいるでしょう」


 頭をかきながらつぶやくエンツォさんにゾフィさんが答える。

 ゾフィさんは【白狼の聖域】の団長補佐という事で列席する。


 一方エンツォさんはというと、ジョージさんの代理だ。

 知り合いとはいえ平気なのかときくと、騎士爵位をもっているので代理として問題ない、とビーコの上できいた。

 初耳なんですけど。


「じゃ、俺たちはクランハウスにみんなの荷物を運んだら休ませてもらうぜ」


「うん、僕たちはギルド本部、王都行政府に到着した事を知らせたら少し王都を見て回るつもりだから、ショーン達は休んでて」


 アルバトロスの三人がクランハウスに戻っていく。

 何度も報告などで来ている竜騎兵にとって王都を見て回るのは退屈だろう。


「では団長、我々も向かいましょうか」


 スズさんに促され、ギルド本部に向けて歩き出す。

 スズさんは【ホウライ皇国軍】の代表補佐という立場で式典に臨む。


 【白狼の聖域】は普段はただのクランだけど、メンバーの核を担っている皇国軍出身の団員は軍人を辞めたわけではないので、冒険者と軍人の二つの身分を持っている。

 皇国軍のトップは当然リュオネだ。

 だから、こういった改まった場では僕とリュオネは別々の団体のトップという立場になる。

 いわばクランの二重統治だ。


 今まで問題は起きていないけど、もうすぐムツ大使やジョージさんも帰ってくる。

 最悪クランと皇国軍が分裂しても、マーサさんが竜騎兵を核とした非皇国軍の冒険者達を組織しつつあるので、クランの体裁は保てる。

 もちろん今まで苦楽をともにしてきたみんなと別々になるなんてない方がいいけど。


「数年ぶりの王都だが、あまり変わってはいないな」


「いやいや変わってんだろ? あそこに前は商会があったはず……ん? 数年ぶり?」


 前を歩いていたジョアン叔父が隣を歩いていたフリージアさんに振り向くと、フリージアさんの細いうなじがしだいに赤くなっていく。


「私は異界門事変が終わってから一度も第五長城壁を離れなかった。だからここに来たのは数年ぶり、だ」


 正規のウジャト教団信者ではなかったフリージアさんの所には現状を伝えるウジャトの信者が現れなかったらしい。

 フリージアさんは誰にもその意図を告げずにライ山から下りてくる魔獣や魔人を倒し続けていたのだ。ジョアン叔父を待ち続けて。

 予想外の発言にジョアン叔父も少し反応に困っている。


「フリージア、我への愛はありがたいが、重い。一度も羽根を伸ばさずに数年を過ごしたと聞くと、すこし引くぞ?」


 ちょっと神様言い方! 僕も若干思ってたけども! そして愛の対象はあんたじゃないだろ!


「え、ちが……いや、それより重い……のか?」


 フリージアさんがうっすらと涙目になっている。

 言葉を額面通りに受け取る人っぽいからなあ。


「もっと余裕をもて。これから先はジョアンと二人、我の護衛をしてくれるのじゃろ?」


 少しいじわるそうなシャスカの笑顔にフリージアさんがはっきりと答えた。


「あ、ああ! そのつもりだ!」


 迷子のように頼りなげだったフリージアさんにむけ、シャスカが女神のような慈愛を込めた微笑みを向ける。


 いや、本当に女神だったな。

 そんな感動的なやりとりが隣でなされているのに、一切入らずにエンツォさんと話しているジョアン叔父。

 ぜったい聞こえてる。聞こえている上で逃げているよあの人。


「団長はあの様にはならないでくださいね」


 後ろからスズさんのとげとげしい声がささってくる。

 スズさんもどちらかと言えばフリージアさん側だからなあ。

 大丈夫、そんな釘をささなくても大丈夫だから。



「下からみると、やっぱり高いねー」


 ギルド本部と王都行政府が入っている双子の塔をリュオネと見上げる。

 最後に二人で見たのは銅級冒険者になった時だったか。

 あの時はまだ警備隊隊長だったトレヴィル少将にお世話になったな。


 階段をあがって左の塔にはいると、受付窓口の数も減っているし、並んでいる人もほとんどいなかった。


「失礼します。王都に到着したらこれを見せるように言われたのですが」


 暇そうにしていた受付嬢のところに行き、ギルベルトさんから渡された書状を見せると、半目で書状を見ていた受付嬢の目が一気に見開かれた。


「し、失礼しました! ただいま本部長を呼んで参りますのでおまちください!」


 慌ただしくバックヤードに受付嬢が駆け込んだ後、ほどなくやせぎすの男性が早足で近づいてきた。


「お初にお目にかかります。私は行政府のドメニコと申します。【白狼の聖域】、【ホウライ皇国軍】、【アルバの聖女】の皆様、ご到着をお待ちしておりました」


 優雅に一礼した男性はそのままギルドの貴賓室まで僕らを案内した。 

 如才ない立ち居振る舞いや部署を言わなかった所から、多分トップに近い人なんだろうな。

 ちなみに、アルバの聖女、というのはシャスカ達三人の事らしい。

 神様というわけにも行かないから、当日もそれで押し通すようだ。


 それにしてもギルドではなくて行政府の人なのか。

 そういえば最近見ないけど、リザさんもギルドマスターと行政府の代官を兼任していたし、人材もかぶってるのかもな。

 

「……以上が概要です、詳細な式典の進行はこの紙に記してあります。当日は馬車をしたてますので、それに乗り王城におこし下さい」


 簡単に式典の打ち合わせをした後に席を立とうとすると、それまで大人の余裕を見せていた男性の目がわずかに見開いた。

 

「一件失念しておりました。ザート様にご伝言をおあずかりしております」


 僕に? なんだろう。

 だまって職員がさし出してくる封筒を受け取って封を切る。

 そして内容をみる。


「ザート、どうしたの」


「あ、ああ、式典の前に会いたいという人がいてね。到着したら自分が滞在している所を訊ねて欲しいって」


 なんでこのタイミング、いや、式典前だからなのか。

 回らない頭をめぐらすと、ジョアン叔父が目に入った。


「……マザーからか」


「うん、ジャンさんと僕と二人で来いってさ」


 


     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます


クールに見えてじゃっかん重い女、フリージアです。

ジョアンも若干持て余し気味ですが、シャスカの取りなしでヤンデレになる事は回避されそうです。


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